意地悪な甘え方


 休日に風邪を引いてしまい、望美はどんよりとした気分で、ベッドにいた。
 朝から両親は出掛けており、文字通りの切ない留守番だ。
「…今日、将臣くんと映画を見に行くはずだったのに、ついてないな…」
 咳をすると呼吸が苦しくて、望美は哀しくなる。
 蒲団を頭まで着て、望美は現実から遠ざかろうとした。
 ふと、足音が聞こえる。
 耳を澄ますと、優しいリズムのように感じた。
「望美、起きているか?」
 声を聴けば、大好きな響き。
「起ぎでいるよ」
 望美が鼻声で返事をすると、ドアが開き、長い脚が入ってくるのが見えた。
「まざおみぐん」
「すげぇ声してんな。お前は」
 将臣は苦笑すると、望美が眠るベッドの傍らに来てくれた。
 望美の学習机の椅子に腰をかけると、長い脚を持て余し気味に前屈みの姿勢を取ってくれた。
「具合は?」
「映画にいげながっだのが、ぐやじい」
「バーカ、んなもんはいつでも行けるだろ?」
 将臣は苦笑すると、望美の髪を優しく撫でつけてくれた。指先から将臣の温もりが零れ落ちて心地が良い。
 将臣の手が、望美の額を撫でつけてくれる。何でもない仕草なのに、胸の奥が切なく締め付けられた。
「…こんな熱出しているんだ。今日は大人しくしていろよ」
 将臣は怒った風に眉根を寄せると、望美の額を軽く小突いた。
「いだあい」
「今は映画の心配よりは、ぐっすり眠って、風邪を治すことが先決だろ?」
「…うん」
 渋々だが認めざるをえない。望美は泣く泣く諦めることにした。
「何か食ったか?」
「何も…」
「だったらおじやでも作ってやるよ」
 いつも厳しい将臣が、今日に限って考えられないぐらいに優しい。
 ドキドキしてぼんやりとしていると、将臣は少し照れたようにこちらを見た。
「譲みてぇに旨くはねぇからな。覚悟しておけよ」
「覚悟なんがじないもん。だっで将臣くんば器用だから、美味じいのは解っでいるがら」
 望美がはなをすすりながら言うと、将臣に思い切り微笑んでみせた。
「ったく…」
 将臣は呆れたように言うと、キッチンに下りていく。
 頼もしい背中が遠ざかり、切ない気分になってしまい、望美はまた蒲団を頭から被ってしまった。
 うとうとしながら、望美は将臣が再び来るのを待ち侘びた。
「めしが出来た」
 将臣は土鍋にぐつぐつと煮立つじゃこたま雑炊を、お盆に乗せて持ってきてくれた。
「これ食って温まれよ」
「有り難う」
 こんなにいたれりつくせりで世話をしてもらうのが、望美には嬉しくて堪らない。
 ベッドサイドテーブルにそっと雑炊を置いてくれたが、まだまだ熱そうで食べ辛い。
 一口つけるだけで、火傷をしそうだった。
「熱いのか?」
「ちょっと…」
 ふうふうと冷ましていると、その蓮華を将臣に取られてしまう。望美が驚いていると、いつもの優しい将臣の眼差しとぶつかった。
「冷ましてやるよ。ついでに食わせてやる」
 将臣は望美の為に雑炊を冷ましてくれる。ふうふうと息を吹き掛ける姿は、まるで父親みたいで、幸せなような複雑な気分だ。
「おら」
「うん」
 蓮華を差し出してくれたので、望美は大きく口を開ける。まるで親鳥が雛に餌を与えるかのように、将臣が雑炊を食べさせてくれた。
 ふわりと口に広がる優しい味に、望美は目を細める。
 こんなに温まって美味しい味は初めてだ。
「美味しいよ! 将臣くん」
「マジか?」
「うん! お母さんのよりもずっとずっと美味しいよ!」
 将臣の顔が明るいものに変わり、瞳は嬉しそうに輝いている。
「いっぱい食えよ」
「有り難う」
 望美は、雑炊を冷ましてもらうと、それをたっぷりと頂く。
「今日は甘いね」
「だろ? 今日はあまあまデーって決めたからな」
 鼻をすすりながら望美が幸福そうに笑えば、将臣は鼻を軽く摘んできた。
 将臣のさりげない優しさが嬉しい。望美は幸福過ぎて泣きそうになった。
「ごれだっだら、映画にいぐよりうれじいよ」
「早く元気になって映画に行こうぜ」
「うん」
 雑炊と将臣の気持ちが、心と躰をしっかりと温めてくれる。
「あったまっだよ」
「汗をしっかりと出してもらわねぇと、困るからな」
「うん。いっぱい汗出ざないと…」
 そこまで言ったところで、望美は恥ずかしくなる。
 汗をしっかり出してしまったら、臭いは気にならないのだろうかと。
「ね、将臣くん…」
 望美は探るように将臣を見上げる。
「…私、汗くさくない? こんなに近くにいて」
「んなわけねぇだろ? 俺はお前の匂い好きだし」
 気にしていないどころか、将臣はさらりと恥ずかしいことを言ってのける。
 望美は思わず真っ赤になってしまった。
 信じられなくて、思わず将臣の顔を見ると、額をコツンと合わせられた。
「当たり前じゃねぇか。バカ」
「バ、バカじゃないもん」
「バカだろう? お前は俺がとことんまで惚れているのを解ってねぇだろ?」
 将臣は呆れ返るとばかりに眉根を寄せ、望美を不満げに見ている。
「だ、だって」
「だいたいこんなめんどくさいことを、他の女相手じゃ、やってられねぇての」
 将臣がストレートに言うと、望美をぎゅっと抱きしめてきた。
「ま、将臣くん…」
「…飯、食い終わったら、躰を拭いてやるよ」
「さっきシャワーを軽く浴びたからいいよ」
 将臣に躰を拭いて貰うと思うだけで、背中にゾクゾクとした感覚が走る。
 どうしようもないぐらいに感じてしまい、肌が震えた。
「遠慮するなよ。さっき汗をかいたばかりだろ? 飯食って、熱出して汗が出ているんだ、拭いてやる。だいたいお前も匂いを気にしているわけだからな」
 何だか旨く言いくるめられたような気がする。望美は何も答えず、ただ俯いているだけだった。
「ほら、残りの雑炊を食べてしまえ」
「うん」
 何だか恥ずかしい気分になりながら、望美は将臣から食事を与えられた。
 ようやく食べ終えると、将臣が綺麗に後片付けをしてくれる。
「デザート食うか? りんごならあるけれど」
「じゃあ貰うよ」
「剥いてやるよ」
 いつもキッチンは、達人である譲に任せっきりの将臣だが、本当はかなり手先が器用だ。やらないだけで、ひょっとすれば、望美よりもずっと上手いかもしれない。
 将臣は器用な手つきでりんごの皮を剥いていく。それを見ているのが、楽しかった。
「おら、りんご」
「有り難う」
 ひとに剥いて貰ったりんごは、嬉しさが合間って、いつもの倍以上に美味しく感じられた。
「美味しい」
「それを食ったら、薬を飲むぞ」
「うん」
 りんごの美味しさに、元気になっていくような気がしていた。
「風邪薬飲んで、汗を拭いてゆっくりと寝ることだな」
「うん」
 将臣はサイドテーブルに置いてある風邪薬をてに取ると望美を腕に抱き寄せた。
 口移しで飲ませようとする。
「う、移るよっ!」
「移ったら、お前に看病してもらう。汗をたっぷりかかせて貰ってな」
 何を考えているのか、直ぐに理解が出来るぐらいに解りやすい将臣に、望美はぷいっと顔を背けて拗ねてみせた。
「もうっ! えっち!」
「えっちにえっちなことをされて喜んでいるのは誰だよ?」
「むぅーっ!」
 将臣にからかわれて、望美は益々拗ねた。
「おら、こっち向け。薬を飲ませてやるから」
「…うん」
 将臣が得心でそうしてくれるのであれば、これは受けても構わないだろう。
 望美は顔を上げると、将臣に甘えるように目を閉じた。
 将臣は、直ぐにカプセル型の風邪薬をくわえると、水を含む。
 薄目でその様子を見るだけで、ドキドキは頂点に達した。
 将臣は手慣れた雰囲気で、望美の顎を持ち上げると、そのまま唇を重ねてくる。
 冷たい水と同時に、渇いたカプセルが喉を通り抜けた。
 甘い官能が突き抜ける。
 喉をこくりと動かすと、将臣が唇を離した。
「躰を綺麗にしてやるよ」
 将臣はそれだけを言うと、食べた食器を持って一緒に出ていく。
 その後の展開を考えると、熱が更に出てしまいそうな気がした。




top next