桜Moon


 将臣の部屋から見える桜と月が見事だから、望美は飲み物とおやつを持って、部屋を訪れた。
「ちょうど良い感じだぜ。今日は盛りみたいだからな」
「そうだよね! 部屋をほんのり暗くするために、アロマキャンドルを持ってきたよ!」
 望美の明るい声に、将臣はスッと目を細めて笑う。なんて艶やかなのだろうかと思った。
 本当は桜なんか見に来たわけじゃない。将臣の艶な横顔を見に来たのだ。
 花見はその言い訳にしか過ぎない。
 幼なじみを通り過ぎて恋仲になってから二年と少し。今はひとり暮しをしている将臣のマンションに、望美は様々な理由をつけては遊びに来ていた。
 まだ実家暮らしの望美は、時々、将臣が隣にいないのが寂しくてたまらなくなり、こうしてちょくちょく来る。
 お互いの両親公認なせいか、外泊も煩くは言われない。だが将臣は、なるべく望美を外泊させないようにしてくれ、遅くなっても必ず家まで車で送ってくれる。
 セックスは会えば必ずと言って言いほどするが、それでも旅行以外は、泊まることはない。泊まるのを避けているのかと、不安になることもあった。以前のように同じ高校でお隣りさんといったわけではないから、将臣のパターンを読めない。
 今は大学は同じだが、将臣は離れてひとり暮しをしているのだから。
不安になる。
 将臣はかなりモテるから余計に。不実だと疑ったことは一度もないが、何となく漠然とした不安が胸を過ぎるのは、傍にいないからだろうか。
 不安と最近、少しよそよそしい態度が、望美を余計に沈ませる。
「ビールと適当につまみとか用意しているからな、花見の準備は万端だぜ」
「うん、有り難う。私もおにぎりとから軽いものを持ってきたよ」
 今夜、将臣はビールを飲むということは、車で望美を送れない。
 望美は迷惑がかからないように、9時過ぎにはここを出ようと思った。
 ふたりでまるで高校時代のように騒ぎながら花見準備をし、ベランダに通じる掃き出し窓に腰掛けた。
 ここからは良い枝ぶりの桜が見え、その上には朧月がふんわりと浮かんでいる。まるで現実から切り離され、幻想的な世界に迷い込んだみたいだ。
 望美はひと缶だけだと決めて、最近気に入っている紅茶のお酒を手に取った。
 つまみは、しらす入りの卵や、から揚げ。
 将臣も食べてくれる。
「お前も随分上手くなったよな、料理。まだまだだけどな」
 褒めておきながら、それはないかと思い睨みつけると、将臣はイタズラな笑みを滲ませた視線を向けてくる。
「修行の場は、俺が与えてやるぜ」
 こちらがときめいてドキドキするようなことを、この男はからかうように口にするのだ。いつも。
 少し憤慨しながら卵焼きを食べ、紅茶のお酒を飲む。
「ホントに綺麗な桜だね。今夜は比較的温かいから気持ちが良いし」
「そうだな」
 ほんのりと赤らんだ頬を撫でる風が、とてつもなく気持ちが良い。
 望美は四肢を思い切り伸ばし、ほろ酔いでリラックスするのは最高だと思った。
「ロマンティックだから、電気を消してアロマキャンドルを点そうよ。凄く幻想的だよ」
「そうだな。蛍光灯の光は不粋だからな」
 将臣が電気を消してくれ、アロマキャンドルにライターで火を点けてくれた。
 ぼんやりと燈されたアロマキャンドルは幻影を映し出すようで、桜の美しさを更に引き立てていた。
 月光が真っ直ぐと部屋に入って来るのが解る。
 今夜は本当に素敵な夜だ。
「こんなに綺麗だと、西行法師の気持ちが解るよね。桜の花咲く満月の夜に死にたいって。だからかな、桜の下には死体が埋まっているような気がするのは」
「血が薄められて、どんな絵の具でも表すことが出来ねぇ色だからか?」
「そうかもしれないね。狂うぐらいに綺麗だからかも」
 望美はぼんやりとした明かりに照らされた将臣の横顔を見る。
 先程まで、辛口のビールを飲んでいたが、今は空き缶を灰皿代わりにして、煙草を吸っている。宙に紫煙をはく姿は、本当に絵になっていた。
 日常なのに、まるでそこから切り離された場所にいるひとみたいだ。
「…今年、俺は21に戻るんだよな…」
「…そうだね…」
 その年齢は、ふたりにとってはとても重要で、お互いに再会した年齢であり、運命に翻弄された年齢でもあった。
 将臣は、望美の顎を持ち上げると、自分の顔に近づける。
 重ねられた唇は、お酒と煙草の味が混じっていたのに、やけに甘かった。
 桜なんてそっちのけのように、将臣は望美を抱き寄せ、深い角度に変えてキスを続ける。
 背筋に走るのは心地良い電流。望美が将臣の背中に手を回すと、まるで一対の獣のように深いキスを交わした。
 将臣はそのまま望美を押し倒すと、躰に覆い被さって来た。
「花見が…」
 自分も将臣としたいのに、望美はわざと拒んでみる。「花なんか、お前の肌に咲かせてやるよ」
「寒いし、誰かが見たら…」
「窓とカーテンを閉めたら、文句ねぇだろ?」
「うん」
 将臣は望美の希望通りにしてくれた。望美を抱いて部屋に入れた後、窓とカーテンを閉めてくれる。
 完全に閉ざされたふたりだけの世界になると、望美は将臣に抱き着いた。
「合格?」
「合格」
 将臣はフローリングの上で横になる望美を抱きしめると、キスの雨を降らせてきた。
 冷たい唇が心地良い。熱を帯びた肌にはちょうど良いといった感じだ。
 着ていたアンサンブルを脱がされて、下着姿にされる。夜目に慣れたのか、将臣はくすりと笑った。
「勝負下着?」
「将臣くんといるときはいつもなのっ!」
「期待したか?」
「もうっ! バカっ!」
 将臣はブラジャーを押し上げると、乳房をあらわにする。
 まるで飢えて噛り付くかのように、将臣は望美の乳首を吸い上げた。
「…あっ…!」
 思わず大きな声が漏れ、望美は息と同時に声を飲み込む。
 甘い呻き声を上げながら、鼓動が早くなる余りに、乳房を上下させた。
「…声を聴かせろよ、もっと…」
「…だって…自分の声が恥ずかしいんだもんっ!」
「俺は聴きたいけれどな」
 将臣は望美を追い詰めるかのように、舌を乳房中に這わせていく。大きな手で揉みこまれれば、子宮の奥が将臣を求めて蜜を滴らせる。
「あっ…! んんっ…」
 中途半端に愛撫され、望美はもどかしくなるほどに将臣が欲しくなっていく。
「…ブラを取ってよ」
「折角の勝負下着だろ? 勿体ないじゃねぇか」
 将臣は楽しそうに意地悪な笑みを浮かべると、素早くブラジャーを取り払った。
 今夜は何だか大胆になりたい。
 きっと桜のせい。桜が不思議な夢を見せてくれているせい。
 そしていつもより暗いから。
 闇に目が慣れても、将臣のボディラインはぼやけてしまう。それがまたエロティックに見えた。
 望美は将臣を抱き寄せると、自ら口づける。
 まるでファムファタールのように。

お花見です。
わしはベランダ花見






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