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ホワイトディも菓子屋の陰謀だと思う。去年までは、かなり面倒臭い行事だと思っていたが、今年はひと味違う。 愛おしい、たったひとりの女から、バレンタインに本命チョコレートを受け取ったから。 幼なじみのままならばずっと傍にいられる。気軽にその温もりに触れられると思っていたから。だから今まで言え なかった。好きとこちらから言えば、何かが崩れると思っていたから、恐かった。 だが、幼なじみが戸惑いを消し去ってくれた。もう、何も愁うこともない。 巷はホワイトディフェア真っ盛りで、将臣は何を返せばいいか正直、迷う。 スタンダードに望美の好きな菓子を返せばいいだろうが、それでは何だか物足りないような気がした。 髪を揺らして横を歩く望美を観察しながら、将臣は考えあぐねる。 何をプレゼントすれば、にっこりと笑ってくれるのだろうか。 「どうしたの、将臣くん」 ふわりと顔を上げた望美は、不思議そうに瞳を輝かせていた。 「何でもねぇよ」 「そう?」 「そうだ」 望美は疑うような目を向け、視線だけで将臣の考えていることを、丸裸にしようとしている。 生まれた頃から”幼なじみ”をやっているので、その辺の夫婦よりも空気や考えが読めるところがある。 それが心地良くもあり、厄介でもある。 「マジで何もない?」 「ねぇよ」 ぶっきらぼうに言いながら、将臣は望美の手をしっかりと握り締めた。 その強引さに、望美は少し驚いたようだが、特に何も言わない。 「なぁ、14日、一日空けておけよ」 最大のヒントを口にすると、望美の表情がぱあっと明るくなる。 「うんっ!」 ホワイトディは試験休みの最終日。 望美と将臣は、無事に進級が決まっているので、この日は思う存分に遊べるのだ。 「バイトは大丈夫なの?」 「ああ、休みを取ったから大丈夫だ」 「楽しみだねー」 望美の表情からは疑念が消え、代わって春の陽射しのような明るさが浮かんだ。 「初めてのホワイトディだもんね。デートが楽しみだよ。これが一番のプレゼントだよ」 「なぁ、行きたいところはねぇか?」 「江ノ島!」 望美は考えることなく、地元の観光スポットを元気よく上げる。 「これじゃあ、いつもの通学と変わらねぇじゃねぇか」 将臣は苦笑したが、望美は明るく切望する。 「将臣くんとお出かけなら、どこでも良いけれど、江ノ島はやっぱり特別だから、特別な日に、特別な人と行きたいの」 さりげなく”特別”と言われて、将臣の心臓は大きく跳ね上がる。 幼なじみから出発しても、好きで好きでたまらない相手には、何時までも新鮮な昂揚を感じられるのが、何よりも嬉しかった。 「じゃあ、江ノ島だな」 「うんっ! 楽しみだよっ!」 望美の輝くばかりに眩しい笑顔に、将臣は決意をした。 この笑顔をもっともっと独り占めにしたいから、最高のホワイトディにしたいと。 ホワイトディ前日に、将臣は、望美に内緒でデパートに出掛けた。 ホワイトディフェアに顔を出すためだ。 ふと、アクセサリー売り場で、目を引く指輪を見つけた。 ピンク色のジルコニアが配われた指輪は、将臣に遠い日の記憶を呼び起こした。 花火大会の夜店で、望美に買った玩具の指輪。それにとても似ていた。 もちろんシルバーは本物なので値は張るが、ジルコニアのせいで将臣にも届く範囲のものだった。 指のサイズなら、こっそり計ったから解っている。 将臣は迷わず、ホワイトディのプレゼントを決めた。 ホワイトディ当日は、朝から今にも雨が降りそうな天気だった。 厚い雲に覆われ、すっきりしない。 その上、寒の戻りもあり、バレンタイン時期にタイムスリップしたようだ。 将臣はいつもより少し着込んだが、望美は春らしい花柄のワンピースにホワイトGジャンの装いだった。 「寒くねぇのかよ、その恰好」 「だって、今日は特別なデートだから、お洒落をして将臣くんに見せたかったんだよ」 望美が頬を朱く染め上げて可愛いことを言うものだから、将臣のテンションは更に上がる。 「寒かったら言えよ。俺が温めてやるから」 「なんかそれっておやじくさいよ」 望美が恥ずかしがりながらも、鋭い指摘をしてくるものだから、将臣は少しばつが悪い。 「ったく、俺はテカテカしてねぇぜ」 恥ずかしさをごまかすように、望美の頭に手を置くと、拗ねるように口を尖らせるのが可愛いかった。 ふたりで何時もの通学風景と同じように、江ノ電に乗り込む。私服で乗るのはどこか新鮮だ。 海がよく見える側に、ふたり寄り添って立つ。それだけで、曇天でも気分良くいられた。 「通学の時と違って、新鮮で楽しいね」 「そうだな」 望美がはしゃぐように言うと、急ブレーキがかかり、車輌が大きく揺れる。 小さく悲鳴を上げてバランスを失う望美を、将臣は軽く受け取った。 「有り難う」 「気をつけろよ」 それからというものの、将臣は誰の視線も気にすることなく、望美の腰を腕で支える。 はにかむように俯く望美が、可愛いくてしょうがなかった。 江ノ島駅で降り、ぶらぶらと江島神社に向かって歩く。良い散歩だ。 距離が長いほど、手を繋いでいられる時間が長くて、嬉しかった。 弁天橋にさしかかると、雲行きが怪しくなる。流石の将臣も眉をひそめた。 「今日は富士山が綺麗に見られなくてつまらないね」 「そうだな…。マジで早目に引き上げねぇと駄目かもな」 「うん」 ふたりは、天気の不安をひしひしと感じながら、橋を渡り、長くて急な坂を上がる。勿論、猫と戯れるのはお約束だ。 神社でお参りをし、展望台に上がる頃になると、雨の匂いがした。 「本格的に来るな…。早目に鎌倉に戻って、ランチにするか…」 「そうだね。私たち、示し合わせたみたいに傘持ってないし」 「譲ならきっと持っているだろうな」 「言えてる!」 ふたりで顔を見合わせて笑った後、猫みたいにじゃれながら駅に向かった。 鎌倉駅に着いた頃は、既に目が当てられないぐらいに土砂降りになっていた。 「しょうがねぇ…。豊島屋で雨宿りするか…」 「うん」 雨のせいで空気が冷やされたせいか、かなり寒くなり、望美は小刻みに肌を震わせた。 春の装いにこの気温はきついだろう。 「おら、羽織っておけ」 「有り難う…」 望美は頬をほんのりと赤らめると、頭を軽く下げる。優しくて官能的な横顔に、将臣はこの場で、抱きしめたくなった。 ほんのひと時の雨だと思っていたので、ふたりは傘を買わなかった。 駅前の飲食店を覗いてみると、どこも一時しのぎの客で満員御礼状態だった。 少し軒下で待つと、雨は気にならないぐらいに小降りになる。 僅かに震える望美の手をそっと握り締めてやった。 「…うち、来るか?」 「家戻ると同じじゃない。もっと一緒にいたい…」 「だから、うちに来いよ。誰もいねぇからふたりきりでいられるし、昼飯ぐらいは俺が作ってやる」 望美はニッコリと笑うと、しっかりと頷いてくれた。 ふたりで手を繋いで家に帰る。 小雨ぐらいなら、逆に楽しいような気がした。 しかしふたりの家に近付いてくると、今度は雷を伴った雨が降り出す。 「望美、走るぞ!」 「あ、うんっ!」 手をしっかりと握りあって、ふたりは有川家に駆け込んだ。しっとりと髪が湿るぐらいに濡れてしまい、望美は溜め息を吐いた。 髪が濡れた望美は、息を呑むほどに美しく、将臣を狂わせていく。 「凄く濡れちゃったね。家に戻って着替えてくるよ」 望美が踵を返そうとした時、将臣は無意識に腕を掴んでいた。 直ぐに帰ってくるのは解ってはいたが、このまま帰したくはなかった。 綺麗な望美を独り占めしたかった。 「乾かすぐらいうちでも出来る…」 将臣は噛み付くようなキスを望美に降らせる。 理性が音を立てて切れた。 |
| コメント ヴァレンタインのお返しのお話。 |