*Sleepy Lagoon*


 ダイビングをやろうと決めてから、俺なりに調べてみた。
 今すぐダイビングを始めたいから、ライセンスのいるスキューバは却下だ。
 それに金がかかるのはいらない。
 色々と考えると、やっぱり俺には、スキンダイビングがあっているんじゃないかと思う。
 このあたりは海も近いし、ダイビングをするには最適だ。
 海の美しさを見るには、これ以上のものはないだろう。
 俺はスキンダイビングをやっているサークルで、参加しやすいところはないかと調べ始めた。
 海の美しさをこの目で見たい。
 そしていつか、俺がちゃんと潜れるようになったら、望美と一緒にダイビングが出来れば、なんて、考えていた。

 手頃なダイビングサークルも見つかり、俺は早速スキンダイビングとやらを始めた。
 これが以外に体力がいるし、立派なスポーツだったことを、今更ながらに思い知らされた。
 だが躰を鍛えたりするには、ちょうど良いのかもしれない。
 そして何よりも、海のなかの景色が写真よりも、絵画よりも綺麗なのが感動ものだった。
 これは見たものにしか解らない感動。
 湘南の海でも、意外なぐらいに綺麗だということを知った。
 今までは、表面的にしか見ていなかった呼吸の海。
 灰色でよどんでいて、夏ですらも決して綺麗とは言えない海。
 だが潜って見ると、竜宮城とはいかないまでも、綺麗な風景が広がっているのが嬉しかった。
「海って綺麗だよな…」
 俺がしみじみと呟くと、仲間が当たり前だとばかりに笑う。
「日本だったら、沖縄とか、甘味、小笠原、近場だったら和歌山辺りの海はかなり綺麗だぜ」
「…そうか、行ってみてぇな…」
 その景色が美しいのならば、望美と一緒にダイビングをしてみたい。
 綺麗な景色をシェアをして、ふたりだけの思い出を作ってみたかった。
「バイトしねぇとな…」
「居酒屋とかだと良いんじゃねぇか?」
「そうだよな」
 大学生になれば家を出たいと思っているから、アルバイトは都合が良いかもしれない。
 俺は早速バイト情報を読まないと、なんてぼんやりと考えていた。
 なんか青春しているなあ。俺らしくねぇけれど。
 なんて考えてみる。
 いつもは行き当たりばったりな俺だが、今回だけはちゃんと未来を見据えている。…ような気がしないでもない。
 俺がこんなに先のことを考えるのは初めてじゃないか?
 いや、初めてじゃないかもしれない。
 小さな頃からずっと、望美が隣にいれば良いと、思っていたから。

 家の前で偶然望美と逢い、簡単の声を上げられた。
「将臣くん、焼けたよねぇ!」
「そうか?」
「うん、ちょっと逞しくなった感じかな?」
 一瞬、望美がはにかんだような明るい笑顔を浮かべたので、俺の心臓は痛いぐらいに激しく高まった。
 ずっとガキの頃から変わらないでいると思っていたのに、ふと見せる仕草が色っぽい。
 色っぽいといってもエロを感じる色気ではなくて、何だか胸の奥がキュンと締め付けられるような甘酸っぱいものだ。
 俺はドキドキし過ぎて、望美をまともに見ることが出来なかった。
 見ていると、何だかとんでもねぇ気分になる。
 熱くて、頭がおかしくなってしまいそうな感覚。言葉では上手く表現出来ない。
 何だか緊張とは違ったGがかかり、俺は思わず呻いた。
「…どうしたの? 将臣くん」
 小首を傾げながら、望美は俺の瞳を覗き込んでくる。
 可愛い。マジで可愛い過ぎる仕草に、頭のどっかの部品が飛んで行ってしまいそうだ。
「ねぇ、マジでどうしたの?」
 望美は俺の頬を手で覆い、本当に摩訶不思議そうな顔をしている。
「……!」
 頬から望美の熱を感じて、俺は飛び上がりそうになった。
 心臓がスプリンターの走り終えた後のようにバクバクいって、マジでどうしようもない。
 おい待てよ。
 俺はこんなに純情だったかよ?
 男どもとはエロ話をしても、エロゲーを横目で見ても、AVなんて見たって、全く平気。笑い飛ばせる俺のはずなのに、ことに望美が絡むとそれが上手くいかなくなってしまう。
 こんなに純情じゃねぇはずなのに、望美への純粋な想いは、俺を経験値ゼロの男にしてしまう。
 今、目の前に望美がいるというだけで、俺は既に落ち着きを無くした雄ゴリラみてぇになっている。
 視界に入る、望美の首筋、唇。そして…。
 いつの間にか女らしくなった躰。というか、私服だと望美のスタイルの良さが強調されている。
 胸がこんなにもデカかったかなあなんて考えた途端、また変な熱が躰を突き上げてきた。
 マジで俺ってバカ…。
「ねぇ、将臣くん、聞いてる?」
 望美は少しだけ拗ねたような声で、俺を窘めるように言った。
「…すまねぇ、聴いてなかった」
「もうっ! だったら罰として、望美ちゃんと一緒に犬の散歩!」
「了解。付き合う」
 先ほどまで拗ねた色をしていた望美の瞳が、不意に優しく弛んだ。
 柔らかな優しさに、俺はまた別の意味でドキドキしてしまう。
 色気があったり、無邪気さがあったり、優しい柔らかさがあったり…。
 望美は色々な角度から見れば見るほど、様々な魅力があって、俺を夢中にさせる。
 ずっと一緒にいる俺ですら知らない部分が沢山あるというのに、きっと望美に出会ったばかりのヤツは、多面性になかなか気付かないだろう。
 いや、幼馴染みだからこそ、見えない部分があるのかもしれない。
 俺たちは極楽寺駅の周辺をダラダラと散歩をした。
 特に何もすることなんてないのに、とりとめて話す事なんてないというのに、それでも楽しかった。
 望美のそばにいるだけで、こころは弾んだ。
「その肌の焼け具合を見ていたら、ダイビング楽しんでいるみたいだね」
「ああ。楽しいな。いっつも汚いって思ってた湘南も、満更でもねぇんじゃないかって、思うようになった」
「へぇ…! 湘南の海なんてあんなに濁っているから、私なんか潜るのが怖いなあって思ってたけど、やっぱり潜ると綺麗なんだね」
 望美は感心するように呟くと、ニッコリと笑う。
 チクショー。どうして笑うだけでもこんなに可愛いんだよ。
 だからこそ誰にも渡したくない。
 望美をこのまま俺の腕のなかで閉じ込めてしまいたいだなんて、バカげたことばかりを考えてしまう。
 ダラダラと散歩をしていると、夕陽が反射をしてとても眩しかった。
 望美も同じらしく、目をすがめている。
「小さな頃さ、ふたりして手を繋いで、こうしてよく夕陽を見たよね。将臣くん、夕陽にお願いをすれば願い事が叶うっていつも言っていたから、私も同じようにお願いをしたなあ。懐かしい…」
 自分がガキの頃は、ロマンティックで出来ているのかと思うぐらいのところがあった。だが、いつの間にか、そんな部分を必死になって隠そうとしている。
「俺ってすげぇロマンスの持ち主だったのな」
「私は今でも信じているよ? 夕陽に願うと、願い事が叶うって。将臣くん、小さな頃みたいにやってみない ?」
 望美は懐かしそうに目を細めて微笑むと、俺の手をしっかりと握り締めてくる。
 耳の後ろが痛くなるぐらいに、一気に脈拍がヒートアップした。
 もう願い事どころじゃない。
 そんな風に思いながらも、俺はごく自然に子供の頃と同じ願いを祈っていた。
 望美とずっと一緒にいたい…。





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