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秋になり、望美のお腹もぽっこりと出てきて、いよいよ命が育まれていくのが解る。 子供を愛おしく感じながら、望美は穏やかな秋の日々を過ごしていた。 将臣は、子供のために益々アルバイトに精を出し、父親になる準備を始めている。 何もかもが順調に動きだす秋に、ときめきを感じずにはいられなかった。 今日は義理の弟にあたる譲が、遊びに来てくれていた。将臣は相変わらず、アルバイトにあけくれているので、家にはいない。ふたりでのんびりと話をする形になった。 「先輩は穏やかな顔をしているから、女の子を産むと思うんです」 「そうかなあ」 「きっとそうです!」 何の確信があるのかは解らないが、譲はキッパリと言い切る。 母親になる望美はと言えば、男の子のような気がしていた。すごく将臣に似た。 内にあるものがとても力強いと感じていたからだ。 愛する男性によく似た子供だと想っているからこそ、穏やかにほほえめているかもしれない。 「譲くんが大学生になる頃には、この子がひょっこりと産まれているんだよね。不思議…」 お腹を撫でながら、望美は優しい気分になる。ずっと好きだったひとの子供をうちに宿すのは、なんて素敵なことなのだろうと思う。 「…悔しいけれど、先輩にそんな顔をさせているのは、兄さんなんだよな…」 ポツリと寂しさを滲ませた言葉をはく譲に、望美は穏やかな切なさを感じる。 望美が困ったような顔をすると、譲は直ぐに打ち消すような笑顔をくれた。 「…だけど俺、子供が産まれて来るのを、凄く楽しみにしていますから!」 「有り難う」 ふと足音がして、鍵が開けられる。 将臣だ。 望美は表情をとろけるような明るさにすると、玄関先に走っていく。 「将臣くん…!」 望美が駆けていくと、将臣はしっかりと抱き留めてくれる。 「望美、こけちまうだろ?」 「こける前に、将臣くんが受け止めてくれるから大丈夫なんだもん」 「ったく…」 将臣と望美がキスをしようとすると、背後からわざとらしい咳ばらいが聞こえた。 望美が止めようとしたが、将臣は触れるだけのキスを素早くした。 そんな極上に甘い風景を見せ付けられて、譲が機嫌を害したのは言うまでもない。 「譲、来てたんだな。晩飯ぐらいは食っていけよ」 「ああ」 ふたりの間に、決してなくなることのない視線のバトルが勃発し、望美は少しおろおろとした。 「今日は寒いから、シチューにしたよ。美味しいもんね」 「ああ。いつも有り難うな」 将臣がリビングのソファでどっかりと座ると、望美はキッチンに立って準備を始める。 将臣が家にいるというだけで、望美の顔は綻んでいた。 サラダとフランスパンをテーブルに並べ、後はシチューを取り分ける。相変わらず将臣は、さりげなく肝腎なところで手伝いをしていた。 それが譲には切ない。 この役目は自分でありたかったと、強く願わずにはいられなくなるから。 穏やかでささやかな家庭の味を堪能してから、譲は鎌倉に戻っていった。 再びふたりきりになった家は、甘い新婚さんの雰囲気が所せましと漂っていた。 将臣は疲れたように、ごろりと横になる。勿論、望美がひざ枕をするのはお約束のことだ。 「疲れた?」 「ああ。だが護るものが沢山あるってのは、悪くねぇと思っているぜ」 「私もいっぱい護られているって感じるよ…。この子も…、お父さんにいっぱい護られているって、感じているよ」 望美は将臣の髪を撫でた後、少しだけ丸みを帯びた腹部を撫でた。 「望美…っ!」 将臣は思い切り望美の腰に抱き着くと、まるで子供のように甘えてくる。 「ま、将臣くんっ! どうしたのよっ!」 「少しこうさせろよ。お前は俺のものなんだからな」 「もう…」 こうして甘えてくれる将臣も可愛い。望美は愛おしく思い、柔らかい力で抱き返した。 望美は暫くそのままで、じっと将臣を受け止めてやる。 夫婦になり、子供も出来、以前よりも絆が深まったような気がする。 いつしか眠りに落ちた将臣の寝顔を、望美は愉しんでいた。 それが特権だと思いながら。 「望美、有川くんは相変わらず望美にだけ優しい?」 「突然、何を言い出すのよ」 高校時代から気心が知れている友人が、ランチタイムに突発的に口にした。 「何で? 将臣くんは優しいよ。前よりも頼りなる感じかなあ」 望美は暢気にも、のほほんと言う。 「だったらいいんだけれどね。有川くん、結婚しているのを堂々と宣言しても、相変わらずモテモテだしさ、それに男の人って、奥さんに子供が出来たら、色々とあるって言うじゃない? だからちょっと気になったんだけれど、有川くんなら安心か。だって、望美にベタ惚れじゃない?」 友人はホッとしたように笑ってくれたが、望美はどこか引っ掛かるものを感じた。 そこから食欲が急に落ちてしまい、胸の奥が痛くてたまらない気分になっていた。 今日もアルバイトで将臣は遅い。望美もアルバイトをしているが、書店のレジなのでそんなには遅くならない。 ひとりになると色々と無駄なことばかりを考えてしまう。 将臣は、母親になる望美を同じように愛してくれるのだろうか。 母親としてしか診て貰えなくなるのではないか。 そんな不安が追い打ちをかける。 その上、将臣が最近、夜遅くなることが多いせいか、余計に精神的に暗くて、重くなった。 じっと考えこんでいると、足音がして、鍵の開く音がする。 望美は慌てて玄関に向かった。 「おかえりなさい」 「ただいま」 何時ものように甘いキス。とろとろになりそうになりながら、望美は将臣に縋り付く。 ふと、鼻を擽る甘い香りに気付く。女性用のコロンであることは、直ぐに知れた。 誰かの移り香? 今日ランチタイムに友人と話したことが頭を擡げてきて、望美は心臓が止まってしまうのではないかとすら思う。 疑念が黒い影となって、心を押し潰してしまいそうだ。 「…望美?」 心配そうな将臣の声に、望美はハッとして笑顔を作る。 「え? 何?」 「何だか深刻ぶってるなって思ってな。どうしたんだよ?」 「何でもないよ。ごはん準備するね!」 「ああ。頼んだ」 妊婦の望美は、刺激物は食べられない。躰に良い地味なおかずばかりで、将臣には申し訳がないとばかりに思っていた。 今日は、豆腐ハンバーグと野菜たっぷりのみそ汁、蛸と野菜のマリネだ。 それを美味しそうに食べてくれる将臣が、望美は嬉しかった。 ベッドの中で、何時ものように、甘えるような仕草で、望美は将臣に甘える。 「悪い…今日は疲れて眠いんだ…」 将臣はぐたぐたに疲れたような声を出し、背中を向けて目を閉じる。 明らかな拒否に、望美はショックの余り泣きそうになった。 辛くて哀しい。 昨日までなら、望美を抱きしめてくれていたというのに、今はそれがない。 コロンの疑念は深まるばかりだ。 望美もまた背中を向けると、将臣に背中を向けたままで、目を閉じた。 これが俗に言う、マタニティブルーだろうか。 そう思うと、益々泣けて来た。 明くる日も、次の日も、将臣は遅くて、望美の不安を煽る。そのうえ、あのコロンの香りをさせない日はなく、いつも直ぐに眠る。 母親になる望美のことを、既に女として見られないのではないだろうか。 そればかりが頭の中にぐるぐると巡っていた。 将臣が眠るベッドを抜け出し、望美は和室に入る。そこで来客用の布団を敷くと、ひとりで眠ることにした。 朝、目が覚めると、隣に温もりを感じた。そこには将臣がいて、望美を護るように眠っている。 いつの間に、隣にもぐりこんだのだろうか。 将臣の甘い行為に、望美の心は僅かに溶けた。 躰を起こすと、将臣に手を握られる。 「俺をひとりで寝かせるなよ」 将臣は笑うと、望美を強く抱きしめてくれる。その強さが、望美には嬉しかった。 ああやって一緒に寝てくれるのだから、気の回し過ぎだと望美は思うことにした。 そうすると、心は快晴なぐらいに気分が良くなる。 きっと大丈夫だと信じた暁だった。 街を歩いている時に、偶然、将臣を見つける。 その横には、美しい女性が立ち、親密そうに話しているのが見えた。 将臣の嬉しそうな笑みは、贋物ではなく、本物のような気がする。 望美は、裏切られた気持ちになった。 |
| コメント キリ番で書いた「筒姫」の続編です。 |