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鏡の前で、望美は緊張した面持ちで座りこんでいた。 「どうしたんだよ?」 「…折角、花嫁さんになるのに、こんなんでいいのかなあって」 望美は何度も鏡でチェックをしては、溜め息を吐いた。 「何が悪いんだよ?」 「…うん。女の子が一番綺麗に輝く日だからね、すっぴんでもいつもより綺麗じゃないといけないのに、今日の私は…」 いつも通りで何も変わらない自分に、望美はがっかりすると、鏡の前から立とうとした。 「おい、待てよ」 将臣に肩を持たれ、強引に鏡の前に座らされる。少し怒っているようにも見えた。 「お前のどこが悪いんだよ!? 潤んだ瞳は、すげえ色っぽくて綺麗だし、肌は誰よりも輝いていて滑らかだ」 将臣は望美を背後から抱きしめると、首筋に唇を押し当ててくる。冷たくて優しい感触に、思わず甘い吐息を上げてしまう。 「今日が式じゃなかったら、今すぐにお前をベッドに連れていっちまうぐれぇだぜ。だから、自信を持て」 将臣は望美のうなじに唇を宛てて、思い切り吸い上げる。欲望が溢れかえり、望美は肌を震わせた。 その瞬間、けたたましいアラームが鳴り響く。同時に耳元で響いたのは、将臣の舌打ちの男だった。 「タイムリミットだな。仕方がねぇ」 将臣が名残惜しそうに離れても、望美の呼吸はまだ激しさを増していた。 「支度しろ。特に花嫁は時間がかかるだろう?」 「うん、解った」 支度と言っても、ヘアメイクは式場でするので、基礎的なことをするだけで大丈夫なので、可愛いワンピースに袖を通すだけだ。髪もアップしたりすることは出来ないので、とくだけでそのままだ。 支度が出来ると、将臣にしっかりと手を握られて、そのまま車に乗せられる。 最近は過保護過ぎるぐらいに、将臣は気をつかってくれていた。 式場が何処なのか知らされないまま、望美は将臣が運転する車に揺られる。車窓を流れる景色で、鎌倉方面に向かっていることが解った。 「鎌倉? 鶴岡八幡宮?」 「いいや」 将臣はキッパリと否定すると、海に向かって車を走らせていく。 湘南の海が見渡せる、綺麗なレストランの駐車場に車は停まった。 そこは小さなチャペルもあり、こぢんまりとした式もやってくれるのだ。 高校時代(ついこの間だけれども)、ふたりで手を繋いでこの辺りを散歩したものだが、まさかここで結婚式を上げられるとは、思ってもみなかった。 嬉しさが込み上げてくる。望美にとっては憧れの場所だったから。 「ここなの!」 「ああ。俺達にはおあつらえむきだろ?」 「有り難う!」 望美は思わず将臣を抱きしめると、その唇に軽くキスをした。 嬉し過ぎて、涙が滲んでくる。 「おら、泣くのは今じゃなくても出来るだろ? 綺麗にしてもらってこいよ」 将臣は困ったように笑うと、望美の涙を指先で拭ってくれた。 将臣はまだまだ準備に余裕があるせいか、望美をサロンに押し込んだ後、どこかに行ってしまった。 どんな風にして貰えるのだろうと夢想する暇などないぐらいに、軽いフェイシャルエステから始まり、メイクアップ、ヘアスタイリングへと慌ただしく、行われる。 髪を下ろしたままで、先ずはメイクが出来上がった。 何時もはあまりメイクをしないせいか、全然別人に見えるぐらいに、艶っぽくなっている。 「こんなに綺麗にして下さって、有り難うございます」 「元々凄く綺麗だからよ。メイクをすれば、本当に綺麗になるから」 「たまにはメイクをしないとダメですね。将臣くんに申し訳が立たないです」 望美はいつももっと綺麗でいてあげたいと、心から思う。なのに、愛されていることのかまけて、余りお手入れをしていないのが実態だ。 「たまにはいいかもしれないけれど、素顔でもあなたは充分綺麗だから、いつもの感じに少しグロスを塗るとか…。あなたなら…そうね、チェリーとかが似合うと思うわ」 「有り難うございます」 ヘアメイクの担当者はとても感じが良くて、望美は思わずにっこりと微笑まずにはいられなかった。 「だけど余り綺麗になったら、旦那様がオロオロするかも」 「どうしてですか?」 「だって、あなたはモテるだろうし、それに…」 少し含み笑いをしながら、彼女は鏡ごしで望美を見る。 「だって、今でもあなたが心配で堪らないみたいで、廊下でじっと待っている気配がするもの」 くすくすと笑いながら、彼女は廊下に通じるドアに視線を送った。耳を澄ませば、確かに将臣の溜め息が聞こえる。 「もっと溜め息が出るぐらいに綺麗にしてあげましょう!」 腕が鳴るとばかりに、担当の女性は、望美を美しくしてくれる。その手際の良さは、シンデレラの魔法使いだって敵わない。 髪を上げた時、ヘアメイク担当者は声を上げた。 「どうかされましたか?」 「いいえ、あなたのうなじはとても綺麗だと思っただけよ」 それからというもの、彼女は何だか楽しそうにしていた。 「さて、最後はドレスね。マタニティだけれど、あなたは細くて綺麗だから、小さいサイズで充分ね。旦那様のおみたてだから、とても似合っているわよ」 「将臣くんの…」 望美は嬉しくて堪らなくて、今から涙が出そうになる。 「今からなんて泣かないのよ。折角、綺麗になったんだから、涙でぐちゃぐちゃになるのは損でしょ?」 「そうですね」 望美は何とか笑って、涙を堪えた。 ドレスは清楚で、とても美しいものだ。白い可愛いレースが、望美の少女性を引き立てている。 全身を姿見に映し出した時には、正直言って驚いてしまった。それぐらいに、普段の自分では考えられないぐらいに綺麗になっている。 「さて、そろそろ時間ですよ。花婿さんに引き渡さないと!」 担当者はドアを開け、既にタキシードに着替えて待っていた将臣を、迎え入れた。 「どうぞ!花嫁さんのスタンバイが出来ましたよ」 「有り難うございます」 将臣はゆっくりと望美に近づいてくる。その眼差しは、きまじめさと愛情で輝いている。 「…望美、綺麗だな」 さりげなく言われた言葉の奥には、称賛が混じっていた。 将臣の顔を見るだけで、望美は嬉しさの余り、感極まってしまう。 潤んだ瞳に、将臣は苦笑した。 「泣くなよ。折角、綺麗にしてもらったんだからな」 「…うん。そうだね」 望美は何とか涙を止めて、将臣に向日葵のように明るい笑みを浮かべる。太陽にしか向かない向日葵と同じで、望美もまた将臣にしか向かない。 「行くぜ」 「うん!」 ふたりはしっかりと手を握りあい、ヘアメイクの担当者に深々と礼を言った後に、部屋を出た。 カスミソウをふんだんに使って結った望美の髪を、将臣は愛おしげに撫でてくれる。 「これからがスタートだからな。宜しくな」 「うん。私こそ宜しくお願いします」 望美は、けじめをつけるように、敬語で挨拶をした。 式が始まった。 望美がバージンロードに進むと、方々から囃し立てるような楽しげな溜め息が聞こえる。 席を通り過ぎるたびに、同じ溜め息が聞こえて来た。 それは祝福で囃し立てているだけなのだと、望美は思っていた。 式の間、ふたりよりも外野が大変だ。からかうように囃し立てる面々に、悔しそうに泣く譲。 神聖で、どこか楽しい、想い出に残る結婚式となった。 海が見えるレストラン部分で披露宴を行い、沢山の人々に話していると、親友に呼び止められた。 「望美! ちょっと」 「なに、なに?」 望美は親友に耳打ちをされて唖然となる。同時に、羞恥心が全身を駆け抜けて、このまま隠れてしまいたくなった。 これでヘアメイク担当の女性が驚きの声を上げた理由がわかった。 望美は真っ赤になりながら、直ぐに将臣のところにどかどかと向かう。頭から湯気が出るくらいにぷりぷりと怒って、望美は将臣を見つける也、睨み付けた。 「将臣くん、ちょっと」 「何だ?」 友人たちと楽しそうにしている将臣を、そっと呼んで、廊下に出る。将臣は何が何だか解らないとばかりに、怪訝そうな顔で望美を見ている。 「何だよ」 「うなじに、キスマーク! わざとでしょ!?」 「ああ。お前が俺だけのもんだって、印をつけておいただけだ。式で見せておけば、みんな納得するはずだ」 将臣は悪びれることなく言い、望美に憎らしい笑みを浮かべてくる。 「そんなのっ! 恥ずかしい!」 「いいんだよ、宜しくな、奥さん」 将臣の笑顔に、望美は言い返せない。それどころか、上手く言いくるめられたような気がした。 秋の日に、望美は将臣だけのお姫様になる。 朱いキスマークが、参列者への熱愛宣言になった。 |
| コメント キリ番で書いた「筒姫」の続編です。 四季のお姫様の名前で、シリーズにしたいと想っています。 完結です。 |