*家族ごっこ*


 大学に入った後の資金は、普通にアルバイトをしているだけでは目標金額に届かないから、インターネットで株の投資を始めた。
 生まれついた勘があるせいか、儲けを直ぐに出すことが出来た。
 ふたりで生活が出来る準備資金ぐらいは溜まった。
 後はどう切りだすかを考えてしまう。
 セクシャルな関係があれば切り出し易いのかもしれないが、生憎、そこまで行き着くのに時間がかかってしまいそうだ。
 これから深くて長い付き合いになるのは解っているから、そんなに焦らなくても良いだとか、望美がちゃんと受け入れることが出来るまで待つだとか、そんなことを考えていたせいか、なかなか一線を越えられない。
 最近の高校生にしては古風な考え方なのかもしれないが、それが望美を大切にすることだと感じていた。

 今日もふたりで図書館に行って受験勉強をする。
 ふたりで勉強を始めた当初は、望美は余り気合いを入れずにだらだらと勉強していた。しかし、流石にこの時期になると望美も真剣に勉強せざるをえない。
 将臣と同じ大学に行くために。それが無理でも、せめて近くの大学に行きたいと思っているようで、気合いを入れて勉強している。
「将臣くん、この場合ね、過去完了形になるんだっけ?」
「ああ、正解。過去完了になる」
 将臣は望美の額と合わさるのではないかと思うほどの距離で、英語文法の駄目出しをする。
 近付くと、ふわりと望美特有の甘い香りがして、躰の中心が熱くなった。
 キスをするわけでも、抱き締めるわけでもないのに。ただ何気なく側にいるだけだと言うのに、頭のなかの思考回路が麻痺してしまい、望美のこと以外は考えられなくなる。
 視線はいつの間にか、望美の滑らかな首筋から鎖骨にかけてのラインを捉え、胸元を見てしまう。
「将臣くん?」
 不思議そうに声を掛けられて、将臣はハッと息を詰まらせた。
「…また、解らないことがあったら言えよ」
「うん」
 望美はまた勉強を始めたが、将臣は全く手につかなかった。
躰が暑い。
 心地よいエアコンディションの筈なのに、全身が炎の塊のように暑かった。
 躰の奥が、熱を持て余して強張ってしまう。
 冷静にならなければと思っているのに、余計に意識をしてしまう始末だ。
 一緒に暮らしたらどうなるのだろうか。
 ひょっとすると、一日中獣のような気分になるのかもしれない。
 目の前の望美はそれほど可愛くて堪らない。
 今すぐにでも襲いかかりそうな野獣な部分を何とか抑え込んでみるものの、全く効果がないことに後になって気付いてしまった。
 不意に正午を示すチャイムが鳴り、望美は顔を上げる。
「将臣くん、お昼だよ。休憩取りに行こうよ」
「ああ」
 将臣は望美をまともに見ることが出来ないまま頷くと、机の上を片付けた。

「暑いから、あっさりさっぱりしたものが食べたいね!」
「そうだな。あっさりさっぱり美味いもんでも食べるか」
「うんっ!」
 望美は甘えるように将臣に寄り掛かると、真夏の太陽よりも明るい笑顔を向けてくる。
 しっかりと手を繋がれて、顔がほてってしまうほどに熱くなってしまった。
 可愛くてしょうがない。
 本当にこのまま連れさってしまいたいぐらいに可愛く思えてしまう。
 だが何とか踏みとどまることが出来るのは、望美のことを誰よりも好きで大切に思っているからだろうと思う。
 ちらりと辺りを見ると、望美を熱いまなざしで見つめ、将臣を羨ましそうに眺める男たちの視線を感じずにはいられない。
 望美は自分のものだ。
 かけがえのない自分の大切な女だ。
 将臣は威嚇するように男たちを睨み付けると、望美の手を思い切り握り締めた。
「…将臣くん、痛いよ」
「すまねぇ」
 嫉妬心と独占欲が暴走する余りに、上手くコントロールが出来ないようだった。
 将臣は反省しながら柔らかい力で望美の手を握る。すると望美は頬を薔薇色に染め上げながら、将臣に微笑んでくれた。
 また、可愛くて堪らない一面を見せつけられてしまい、将臣は躰の奥が堪らなく熱くなる。
 果たして受験終了まで待つことが出来るのだろうか。
 望美をそれまでに自分のものにしてしまうのではないだろうか。
 限界の余りに、将臣は頭がおかしくなりそうだった。

 望美があっさりさっぱりしたものが食べたいとのことだったので、和食の店に入った。
 時期のせいか望美は生しらすどんぶりを頼んで、とても嬉しそうだった。
「カルシウムを取ったら、お昼からの勉強も捗るかな」
「それはお前の心掛け次第だろ?」
「そうなんだけれどね。合格した後の楽しいことを考えて頑張ろうかな」
 合格後の楽しいこと。
 将臣は望美との甘くて熱い生活を思い浮かべずにはいられない。
「通学はかなり大変になるかもしれないけれど、何だか繁華街とかも通れるから、楽しそうじゃない?」
「…俺は大学近くにアパートを借りる予定だから」
「そうだったよね。一人暮らしかあ。将臣くん家に入りびたりそうだよね。私」
 くすくすと笑いながら、望美はアイスティをすすっている。
 入り浸るよりも、一緒に住みたいなどと言ったら、望美は引いてしまうだろうか。
 そんなことばかり考えてしまう。
「一人暮らしか…。私もしてみたいな…。だけどお父さんがどう言うかなのよね。お母さんはどう言うかは、大体、想像ついちゃうけれど」
「おばさんはどう言うんだよ」
 将臣は薄々答えに気付きながら、わざと望美に訊く。
「…だって、まあ、その…」
 恥ずかしくて堪らないのか、望美は落ち着きがないようにアイスティをぐるぐるとストレートでかき混ぜている。
 余りに純情。
 自分の意見をきちんと持った真っ直ぐとした性格なのに、恋が絡むと途端に恥ずかしがりやになる。
 そのギャップが可愛くてしょうがない。
「…将臣くんと…、部屋をシェアしなさいって…、言いかねないじゃない…」
 もごもごと口ごもりながら話す望美に、将臣も思わず微笑んでしまう。
「だったらそうすれば良いじゃねぇか」
「えっ…!」
 将臣がストレートに言うと、望美は真っ赤になりながら息を呑む。
 全く想定していなかったとばかりに、初々しい戸惑いを見せつける。
「…一緒に暮らすのは楽しそうだし、ずっとずっと一緒にいられるのは嬉しいんだけれど…」
「何なんだ?」
「…毎日、心臓がおかしくなりそうなぐらいにドキドキしたら、私、もたないかなあって…」
「今更じゃねぇか。俺たちは幼馴染みで、生まれたときから一緒にいるっていうのに」
 望美は首を何度も横に振ると、神妙な顔をして将臣を見る。
「違うんだよ。幼馴染みなんだけれどね、あの、その一緒にいると何か、躰が熱くなってしまったり、将臣くんを思い過ぎて苦しくなったりするんだよ。変だよね、うん…」
 望美もまた自分と同じように感じてくれているのが、将臣には嬉しくてしょうがなかった。
「…俺も同じだしな。ま、ふたりで暮らすのを即決するより、じっくり考えたほうが良いかもな。…例えば…、  夏休みの間に予行演習をしてみるとかな」
 将臣は我ながら妙案が思い付いたと思う。
「…予行演習…」
 望美は言葉を噛み締めるように呟くと、将臣を見つめる。その瞳には、不安と期待が映し出されている。
「うちで予行演習するか? ちょうど来週の週末家族は家にいねぇから」
 望美は甘くてどこか酸っぱい顔をしながら、考える。
 その答えを待つ間、将臣の心臓はおかしなリズムを奏でていた。
「解ったよ。予行演習しよう」
 望美はやっと言えたからか、安心したように微笑んだ。
「ああ」
 将臣の期待が夏の光よりも輝きを増す。





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