5
熱くて苦しいのに、どこかふわふわとしていて心地好い。 もっと漂っていたいのに、遠くで自分を呼ぶ声がする。 「望美、望美…」 その声に導かれて、望美はゆっくりと目を開けた。 もう少し寝かしてくれれば良いのにと、恨み節を抱きながら。 「…ようやく気付いたか」 半ば飽きれるような声に目をパチクリさせると、心配そうでどこか不機嫌な将臣がいた。 「…将臣くん…」 「ったくのぼせるまで風呂に漬かるな。心配するだろ?」 「だ、だって、その、あ、頭痛っ…!」 反論しようとしてのぼせ特有の頭痛を感じる。望美が頭を抱えると、将臣が心配そうなまなざしを向けてきた。 「大丈夫かよ?」 「う、うん。ちょっと大丈夫じゃない…」 「ったく、どっちなんだよ、お前は」 将臣は苦笑すると、ベッドのサイドテーブルに置いていたペットボトルを差し出してくれる。 「ほら」 「有り難う」 将臣から受け取った水は、命の水のように思える。望美は思い切り喉を鳴らしながら、ゴクゴクと水を飲み干した。 「美味しい…」 「まるで砂漠を歩く旅人みてぇだよな」 「そうかなあ…」 将臣がいつものように人懐っこい笑みを浮かべると、望美もつられるように笑った。 「…ったく、のぼせるまで風呂に入るなんてな。マジで気をつけろよ。お前はうっかりなところがあるからな。気をつけろよ」 将臣は念を押すように言うと、大きな手で頬を覆う。 冷たくて気持ちが良い感触に、望美は思わず目を閉じた。 本当に気持ちが良い。 大きく深呼吸をした後、将臣を見た。 先ほどとは違い、艶のあるまなざしになっている。 男としての色気や力強さ、艶が溢れていて、望美は息を飲む。 将臣が余りにもなまめかしいから、呼吸がおかしくなっていく。 将臣の色気を感じるだけで、鼻血が出そうだった。 同時に男を感じる余りに緊張もする。 将臣に肩をがしりと掴まれると、望美は躰を僅かに震わせた。 男だ。 男の人だ。 もうどこにも少年の面影なんてない。だから余計に緊張してしまう。 躰を硬くしていると、将臣が怪訝そうに見つめてきた。 「おい、大丈夫なのかよ?」 「大丈夫…」 この震えは、将臣が嫌で震えているんじゃない。むしろその逆で震えているのだ。 だが将臣は何処か切ない顔をすると、溜め息を吐いて、望美から離れた。 「…怖いのか?」 将臣を見ると、どこか傷付いているようにも見える。そうじゃないのだと伝えるために、望美は首を横に振った。 だがそれでは正確に伝えたわけではない。 きちんと伝えるにはどうしたら良いのだろうかと、望美はあれこれと考える。 「…怖いんだけれど、…怖くないっていうか…。将臣くんは怖くないんだけれど、何だか緊張してドキドキして…、だから怖いっていうか…」 自分でも何を言っているのかが解らなくなる。望美はしどろもどろになりながら説明をして、将臣を見た。 だが将臣は何処か怒っているかのような真剣な顔をしていた。 どうしようもないほど怒っているに違いない。どうしようもないほど飽きれているに違いない。 そう思うと今度は哀しくなってきてしまい、望美は俯いてしまった。 「…こんな説明じゃあ…、全然解らないよね…」 望美が誤魔化すように笑っても、将臣の厳しい表情は変わらなかった。 やっぱりとんでもなく子供で、我が儘な自分に泣きたくなる。 だが泣くことが出来なくて、望美が堪えていると、将臣は溜め息を吐いた。 凄く怒っていることだろう。その気にさせておいてこれなのだから。 涙を堪える余りに顔を真っ赤にさせている望美は、そっと将臣を見上げた。 将臣は、望美の視線に気がついて溜め息を吐いたあとで、ぱふりと大きな手のひらを頭の上に乗せて来た。 「百面そう」 将臣は苦笑いをすると、いつものように優しいまなざしで望美を見つめてくれた。 「…怒っているよね…?」 「怒ってねぇよ」 将臣はあっさりと言うと、ベッドに腰を掛けて望美をそっと抱き寄せてくれた。 そこにはセクシャルな意味合いは一切なくて、まるで子供をなだめすかしているようだ。 「望美、お前はまだ準備が出来てねぇんだよ」 将臣はまるで子供に言い聞かせるように、ヴェルヴェットの声で優しく言ってくれる。 「…準備ってやつは、別にそうなりたいって努力しなくたって自然に出来るものだと、俺は思っているけれどな…」 将臣はフッと微笑むと、望美を優しく抱き締めてくれた。 「…俺も男だから、正直、辛いけれどな、一番大切なお前が相手だから待てる」 将臣はこのうえなく優しい声で、望美を優しく大きく受け入れてくれる。 それが嬉しくて泣きそうになった。いや、泣いていたのかもしれない。 「チャンスならいくらでもある。そうだろう? だからふたりでこれから頑張って行こうぜ」 「うん、将臣くん大好きっ!」 将臣の大きな優しさを感じる余りに、望美は感きわまる。思い切り将臣を抱き締めると、何故か苦笑いをされた。 「また、チャンスをくれ」 「うん…」 望美は思う。 このひとならば総てを預けることが出来る。このひとならば、ずっと一緒にいることが出来る。 春から一緒に住むのは、こちらからお願いしたいぐらいだ。 「将臣くん…、春から宜しくね。私も一緒に住みたいよ…」 望美がドキドキしながら必死になって言うと、将臣は満面の笑顔を浮かべてくれた。 「ああ。こちらこそ宜しくな」 ギュッと抱き締められて、呼吸が苦しくなるほどの幸せを感じた。 「じゃあ今夜はね…、ま、まだ、えっちは怖いけれど…、一緒に眠るぐらいは良いよ…。っていうか、お願いします…」 望美は頭からプスプスと湯気が出るのではないかと思うほどに真っ赤になりながら、はにかんだ声で言う。 「ああ。そうしようか」 将臣は快く受け入れてくれたが、その笑顔は何処かひきつっていた。 将臣にしっかりと手枕をされて守られるようにして眠りにつく。 とても気持ちが良くて、心地が良い。 将臣の香りも温もりも、ドキドキするのに、何故だか望美を安心させてくれた。 抱き締められながら目を閉じると、とても快適な眠りへと誘ってくれた。 望美が寝息を立てて無防備に眠る姿を目の当たりにしながら、将臣はくすりと笑った。 「…ったく、今度はちゃんとお前を貰うからな…」 将臣は望美の子供のような額に唇を押しつけると、ゆっくりと目を閉じる。 願わくば、夢のなかにも望美が出てきますように。 翌朝、ふたりは幸せな気分で見つめあいながら、朝食を取る。 これで甘い家族ごっこもおしまいだ。 とても切なくて寂しい気分だが、近いうちにこの時間が日常になることが解っているから、失望はない。 望美は将臣を見つめながら想う。 もっともっと好きになったよ…。 次にふたりきりになった時には、必ず勇気を持って大切な瞬間を分かち合えるだろう。 近い未来を思いながら、望美は将臣に幸せな笑みを贈った。 |