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「うわっ! ま、将臣くんっ! 停電だよっ、停電したよっ!」 いきなり闇に包まれたものだから、望美は将臣に思わず抱き着いてしまう。 「ったく、大丈夫だって、たかが停電だろ? 直ぐに復旧されるって」 「だ、だからって…」 闇は怖い。 ただ暗いだけではなくて、将臣の姿が見えないのが怖い。 また将臣がいなくなってしまうのではないかという不安が、頭を擡げてくるから怖い。 「…電気がつくまで離れないでよ」 「解った」 将臣はまるで子供に対して語りかけるように笑うと、望美を強く抱き締めてくれた。 将臣の顔がおぼろげにしか見えないのが切ない。 将臣の存在をしっかりと確かめるために、望美は更に強く抱き着いた。 将臣が側にいてくれていることをひしひしと肌で感じる。 望美は将臣の香りを鼻腔に吸い込むと、安心の溜め息を吐いた。 「ったく、昔からしょうがねぇな」 将臣は望美の背中を何度か叩くと、まるで慰めるかのように深く抱き締めてくれた。 そうしていると直ぐに灯がつく。 先ほどまでは早く電気が復旧すれば良いのにと思っていたのに、今は電気が復旧したことが残念でならない。 「電気…ついちゃったね」 「そうだな」 電気がつけば離れたら良いのかもしれないが、望美は将臣から離れたくなくてずっとくっつき虫のようにすがりついていた。 「おい、電気は復旧したぜ」 「解ってるよ」 将臣が離れろと促しているような気がしたから、望美は余計にしがみつく。 「ったくしょうがねぇな」 将臣は口癖のように言うと、望美を抱き締める力をより強くする。 「おい、あまり挑発するなよ?」 「挑発…?」 「だってな、そんなに密着されたらな…」 将臣は困ったように言うが、望美はどうしてそんなに切ないことを言うのかが解らない。 「え、こ、こんなことは嫌なの?」 「嫌じゃねぇよ。ただ、な、俺も健康な男子ってことなんだよ。だから、お前にそんなに密着されちまうと」 将臣は本当にこころから困ってしまっているようで、説明するのに四苦八苦している。 「…お前を抱き締めていられるのは、嬉しいけれど、俺も男で…、お前は惚れた女だから…その…」 将臣は完全に参ったとばかりに大きな溜め息を吐くと、望美の髪を撫でた。 「…このままくっついたらダメだって…ことなの…?」 将臣の困惑している様子を見ていると、望美は泣き出したくなった。 いつもは優しくて、しっかりと抱き締めてくれる将臣が、今日はこんなにも切ない対応をする。 それがとても痛い。 望美が瞳をウルウルさせて将臣を見つめると、将臣はまた大きな溜め息を吐く。そのまま力任せに広くて硬い胸に抱き寄せてきた。 「ったく、しょうがねぇなっ! お前が嫌いになったとかそんなんじゃねぇよ」 「違うの?」 「ちげぇよ」 将臣は望美の躰に自分の躰をしっかりとすり寄せると、呆れ果てるような困ったような、それでいてどこか艶やかな息を吐いた。 「言っただろ? 俺も男だって。それもすげぇ惚れてる女が腕にいるから、その後どうなるかは、お前だって解ってるはずだろ?」 将臣は遠回しながらも、望美に解るように呟く。 将臣の話を聴いて、望美はようやくその意味を理解することが出来た。 そうなると一気に顔がほてってドキドキしてしまう。 急にこうしていたらいけないのではないかと感じて、落ち着けなくなってしまう。 「このままくっついてたら、風呂まで連れて行くぞっ!」 一緒にお風呂。 生々しくも桃色に染まった想像をしてしまい、望美は将臣から逃げるように離れた。 「…ご、ごめんなさい…」 「解っただろ? ったく…」 将臣はまた溜め息を吐くと、望美の頭を軽く撫でてくれる。 「…ったく。俺…先にシャワー浴びてくるから、お前はその後ゆっくり風呂に入れ」 「う、うん…」 急に将臣を男として強く意識をしてしまったせいか、激しい胸の鼓動が止まらなくなってしまう。 「だからテレビでも見て待ってろ。それと…」 将臣は一呼吸置くと、望美を熱い真摯なまなざしで見つめて来る。 こんな瞳で見つめられると、息が激しく上がってきてしまう。 「…覚悟しておけよ…」 将臣は早口で言うと、バスルームへと消えて行く。 その背中を見つめながら、望美は全身が激しく熱くなるのを感じた。 将臣がシャワーを浴びている間、望美は落ち着けなくて、リビングをウロウロとしてしまう。 テレビも全く楽しそうじゃないし、第一頭に全く入らない。 今頭のなかにあるのは、いやらしい妄想ばかりだ。 将臣がシャワーを浴びている姿を想像してしまい、鼻血が出そうになった。 むき出しの将臣の胸に抱き締められたら、それこそ緊張と幸せでおかしくなるだろう。 望美は、裸の将臣に抱き締められる想像ばかりをしては、自分でうろたえてしまっていた。 全く馬鹿だと自分でも思わずにはいられない。 遠くでバスルームのドアが開く音がして、望美は飛び上がる。 将臣と一緒に住むということは、一緒に眠って…その先もあるということなのだ。 そう考えると、心臓が激しいマラソンを始めてしまった。 「ど、どうしよう…」 望美はとりとめ良くもないだろう自分のスタイルを見て、改めて溜め息を吐いた。 腹肉はないが、とりとめて魅力的な躰ではない。 勿論、それは本人が勝手に思っているだけで、巷では抜群のスタイルだと囁かれていることを、望美は知らなかった。 「おい」 将臣に声を掛けられて、望美は飛び上がるほどに驚いてしまう。 「あ、あの、な、何かな」 明らかに怪しい応対に、将臣は苦笑いを浮かべていた。 「風呂、入れよ」 「あ、う、うん、有り難う」 軽く俯き加減で話していると、きっと項まで真っ赤に染まっていることを知られているのに違いない。 背後に響く将臣の軽い笑い声に、望美は余計に恥ずかしくなってしまった。 「さっさと入ってこい」 将臣は何とも感じていないのか、余裕があるのかは分からないが、スポーツドリンクを一気飲みしている。 どうしてそんなにも余裕でいられるのか、望美は羨ましくてしょうがなかった。 慌ててお風呂の準備をすると、望美はバスルームへと駆け込む。 将臣を意識し過ぎて、お風呂に入る前から、のぼせたように息苦しくなっている。 「い、意識しちゃダメなのは解っているんだけれど…」 望美は髪や躰をいつも以上に念入りに洗いながら、段々心臓がおかしくなり、酔っ払ってしまいそうになる。 将臣に抱き締められるのも、キスをされるのも嫌じゃないどころか、むしろもっとそうして欲しいと思ってしまっている。 だから一線を超えるのは嫌じゃないし、そうなれば幸せだろうとすら思っている。 だが恥ずかしくて、怖くて、何とも言えない緊張がそこに横たわっているのも事実だ。 望美は湯船に漬かりながら、いつも以上に熱くなるのを感じた。 将臣に抱かれたらどれ程幸せだろうか。 ぐるぐると考えていると、細胞レベルで沸騰してきた。 余りに動揺し過ぎて、どうして良いか考えられずにいると、不意に目の前が暗くなる。 何だか熱くて苦しかった。 |