*家族ごっこ*

3


 極楽寺の駅までやってきて、いつもの坂を上がる。
 将臣が重い荷物を持ってくれるのが、なんとも嬉しい。
「ね、将臣くん、空いている手を繋いでも良いかな?」
 真っ赤になりながら上目遣いでお伺いを立てると、将臣は汗が滲んだ手をジーンズで拭いて、手を差し延べてくれた。
「ほら」
「有り難う、将臣くん」
 大きな手にドキドキしながら、差し出された手を望美は強く握り締めた。
 大きくて厚い手は本当にこころから安心する。
 こうして買い物の荷物を持って手を繋いで坂を上がっていると、まるで新婚さんのような気分になった。
 同棲生活をしたから、このような幸せが毎日訪れるのだろうか。
 だったらこれほど嬉しいことはない。
 望美は何度も笑いながら将臣を見つめ、将臣も優しいまなざしをくれる。
 なんて幸せ。
 このようなことが日常茶飯に起これば、幸せでしょうがないだろう。
 有川家に直ぐに着いてしまい、将臣は手を離して来る。
 その瞬間が寂しくて寂しくてたまらなかった。
「休憩したらメシ作るからな。カレーぐれぇは作れるようになれよ」
「ど、努力します」
 普通ならきっとカレーなんて何でもない料理なのだろうが、望美にとってはかなり高いハードルだ。
 たかがカレー。されどカレーなのである。
「ピーラーとかあるよね?」
「はあ? お前、包丁でそれぐらいは出来ねぇのかよ!? たかが皮ムキだろうが」
「たかがなんかじゃないよっ! 相当ジャガイモの皮を剥くのは難しいんだからねっ!」
 望美が強い調子で言うと、将臣は呆れ返るように溜め息を吐いた。
「そこは強く言うべきところじゃねぇだろうが。ったく、今まで何やってたんだよ…」
「だって…」
 確かに今まで料理をする機会に恵まれなかったのは事実だ。
いつも譲がやってくれていたので、望美はそれに甘えていたのだ。
「…まあ、譲にお前は甘やかされて育ったからか…」
「将臣くんにもいっぱい甘やかされて育ったよ」
 望美が素直に認めると、将臣は恥ずかしいとばかりに咳払いをした。
「怪我をしても困るから、母さんが使っているピーラーを貸してやるよ。それで皮をむけ」
「うん。将臣くんは…、そっか包丁で剥けるんだよね」
「そういうこと」
 望美は将臣からピーラーを渡され、ジャガイモを手に取る。
「芽があったら俺が取ってやるから寄越せよ」
「はい、先生!」
「マジで三歳児に料理を教えるような気分だぜ」
「三歳児じゃないもん」
 望美が憤慨すると、将臣は嬉しそうに笑う。
「そういうところがだろ? おい、とっとと始めるぞ」
「あ、うんっ!」
 望美はジャガイモの皮をピーラーでするすると剥きながら、楽しくてしょうがない。
「これから受験勉強とともに、しっかりと料理の勉強もしろよっ! 来年からの生活がかかってるんだから。俺もバイトをするから、そんなにもお前を助けて料理が出来るわけじゃねぇからな」
 もう同棲することを前提に、将臣は話している。
 まだちゃんとOKを出したわけではないけれど、そうなれば良いとこころの何処かで思っている。
「私得意な料理ならあるよ」
「何だよ?」
「インスタントラーメン」
 望美が胸をはって堂々と自慢すると、将臣に思い切り頭をはたかれてしまった。
「お前はアホか! んなもんが料理なわけねぇだろっ! 湯をかけてポイっで終わりなんだから」
 将臣は、相当重症だとばかりに溜め息を吐くと、頭を抱えた。
「だって将臣くん、お湯かけるだけのインスタントラーメンを器に入れて、葱とかコーン、チャーシューをトッピングしたら、むちゃくちゃ美味いって褒めてくれたじゃないっ」
「あのな、あれはお前を褒めたわけではなくて、ラーメンを褒めたんだよ」
「だけどトッピングでもっと美味しくなったのは事実だと思う」
 望美が腑に落ちないとばかりに反論している間に、将臣はジャガイモの皮を綺麗に剥き終えてしまった。
「ほら、後はお前が握り締めているジャガイモだけだぜ?」
「…やります」
 文明の力を使っているというのに、将臣よりも皮を剥くのがかなり遅いなんて、全く終わっているとすら望美は思う。
「出来たよっ!」
「じゃあこれを少し大きめにカットしていってくれ」
「うん」
 望美はぎこちない手つきで、ジャガイモを切る。澱粉が絡み付いてかなり切り難かった。
 望美が不揃いながらもジャガイモを切り終わる頃、将臣は綺麗に総ての食材を切り終えていた。
 やはり手際が全く違う。
「まあど下手くそだが、食えるだろう」
「一言多いよ、将臣くんっ!」
「じゃあ食材を炒めていくぞ。玉葱はじっくりじっくり炒めるからな」
「はいっ」
 将臣と一緒にする料理の楽しさと、このままではいけないという焦りが、望美を料理に引き込んで来る。
「ちゃんと灰汁は取るんだぜ」
「はいっ! 将臣先生っ!」
 将臣の料理は大雑把で大胆なところもあるが、それがまた望美には親しみやすいものになっていた。
 譲のような繊細な料理だと、取っ付き難いし、挫折してしまうが、これぐらいの大胆さなら自分にも出来るような気がした。
「…さてと煮込んでいる間に米を研ぐぜ」
「これなら任せて! これぐらいなら出来るよ」
 米を研ぐぐらいならいつも母親の手伝いで慣れている。
 望美がいそいそと米を研いでいると、将臣からはかなり厳しいダメだしがあった。
「そんな研ぎ方をしてたら、米が潰れちまうだろっ!? もっと腰を据えて、丁寧にやるっ! 俺は米にはうるさいんだからな」
 将臣がやって見せてくれる。望美はそれをぼんやりと眺めながら、こころなかで「米奉行」と呟いていた。

 カレールゥを入れて、後はコトコトと煮込むところまでたどり着き、ようやくサラダに取り掛かれた。
 ここでもレタスの千切り方でまたもや将臣に怒られてしまい、望美は散々な気分になった。
 だが手作りドレッシングを作り、それを冷やす頃には、夕食が楽しみでしょうがなかった。

 夕餉の時間に合わせたかのように激しいスコールが降り始め、雷が鳴り響く。
「雷か、停電にならねぇといいけれどな」
「大丈夫だよ。さ、食べよう」
 夕食を食べ始めたものの、望美はにわかに落ち着けなくなった。
 将臣が豪快にカレーを食べる姿を見るだけで、ドキドキする。
 水ばかりを飲んでいると、将臣に心配されてしまった。
「喉が渇いたのか? そんなにカレーは辛かったか?」
「う、うん。ちょっとだけ…」
「中辛にしたんだけれどな…」
「中辛でも美味しいよ。甘口よりは好きかも…」
 望美は笑うと、まるで誤魔化すようにカレーを貪り食べた。
「美味しいよ、うん、美味しい」
「だったら良いんだけれどな」
 本当は将臣に欲情してしまって緊張しているだなんて、どうしても言えない。
 食べる仕草というのは、何だか官能的でドキドキしてしまう。
 だからなのだろうか。仲が深まらないと、一緒に焼肉が食べられないというのは。
 望美はカレーの味なんて少しも感じることなく、食べ続けた。

「余ったねカレー」
「一晩寝かしたカレーは美味いから、明日はアレンジをして食おうぜ」
「そうだね。ランチにちょうど良いかもっ」
「そうだな」
 将臣とふたりで食器の後片付けをしている間も緊張してしまう。
 皿を持つ手も震えてしまい、望美は危うく割ってしまいそうになった。
「さてと、片付けは終わり。望美、風呂に入って来いよ」
「えっ…!?」
 心臓が大きく揺れた瞬間、停電した。





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