〜I don't tell you the truth〜
〜望美の場合〜
私はただずっと傍にいたかっただけなの。 だけど、時間が経つにつれて欲張りになってきた-----あなたを独占したいって。 でも言えないの。 肝心の一言が…。 傍にいる特権が、私に勇気くれない。 幼なじみという特権が---- 望美はいつものように中庭を走るように通り抜けて、教室へと向かっていた。 ふと中庭の奥まったところに将臣の姿を見つける。 背が高いので、望美の幼なじみは見つけやすい。 声をかけようとして、ハッとする。将臣の背中の奥に見えたのは、望美たちの通う高校で、一番と評判の美人生徒だった。 「有川君…あなたが好きなの…っ!」 突然の愛の告白に、望美は度肝を抜かれた。 何故だか無償にその場所にいてはいけないような気がしてしまう。 こんな事は馴れているはずなのに、今日の自分は何だか変だ。 将臣に告白しているのが、学園一の美人だからなのだろうか。 大体、中学の頃から、将臣はかなりモテた。下級生、上級生、同級生…、どれも決まって綺麗な女の子ばかり言い寄ってくる。告白されたのは数多で、皆、そのクールさと整った容貌に惹かれているようだった。頭がよい上に、そつなく何でもこなす、人情家の兄貴肌。モテないはずはない。告白された相手の中で特に美しい女の子の何人かと付き合ってみたみたいだが、長く続いたことはなかった。 今まで付き合った相手も、誰ひとりとして将臣からの告白ではない。 将臣が誰かと付き合う度に、望美は遠慮をして一緒に学校には行かないようにしているが、ものの2週間もすれば、幼なじみで仲良しこよしの通学風景になる。 その度にどこかホッとしていたが、いつまでもそうとは限らない。 そっと見つからないように、望美はその場を通り過ぎようとした。 「春日さん…」 名前を呼ばれて、望美はドキリとして脚を止める。背中に冷たいものが流れて、頭の中であれこれと言い訳を考えていた。 「ねえ、有川君は春日さんと付き合っているの?」 「はあ?」 将臣は何を言い出すのかとばかりに素っ頓狂な声を出し、吹き出す。 「なんでこの俺があんな男みてぇなやつと付き合わなきゃなんねぇんだよ。俺はそこまで趣味は悪くねぇよ」 望美は、将臣の言い方にムッとしながら、どこか笑い飛ばせないでいる自分を感じていた。 誤魔化している、切ない気持ちを。胸が本気で締め付けられるようにいたい、あの感情を。 「幼なじみ」と言う名の心地良い枷が、望美の気持ちを誤魔化していたかもしれない。 あのままでいたい-----将臣にとって一番近しい相手でいたい-----ただそれだけだった。 それが崩れるのが時間の問題だと、今更ながらに気付かされるなんて、望美は思いもよらなかった。 「…だったら、私のことを考えてくれていい?」 美しい学園のマドンナ。旧い言い方だが、本当に少女は美しかった。どこにでもいる目立つ学園の美人グループの中でも際だっており、はいつまで経っても、色褪せないだろう美しさを秘めている。 意識のどこかで、望美は叶わないと感じていた。 心が重くなる。 外はこんなに綺麗な青空で、澄み渡っているのに、心は鈍色の梅雨空になる。 「ああ、構わねぇよ----あんたなら」 将臣がこんなにすんなりと受け入れるなんて想わなかった。 今までなら、即答で断っていたのに、考えてみるだなんて----- ひょっとして、少女のことが好きなのかもしれない。 「有り難う、有川君!」 華やかに晴れあがる少女の顔と暗い自分の顔。 総てが分けられてしまったような気がする。 途端に胸が締め付けられ、自分で呼吸をコントロールすることが出来なかった。 望美はもうこれ以上ここにいたら窒息してしまうと考え、ぼんやりとしながら教室に戻る。 頭の中には将臣とあの美人の女の子のことばかりが浮かぶ。 あまりにぼんやりとし過ぎて、注意力が散漫になっていた。 「…先輩…!」 強く呼ばれてはっとして振り返ると、そこには将臣の弟譲が立っていた。望美にとっては心起きない幼なじみだ。 「あ、譲君」 「大丈夫ですか、先輩。何度もお呼びしたのですが、気付かないみたいで」 「ごめんね、考え事をしていて」 こんなところを見られたのが譲で本当に良かった。 望美は安心したように、ようやく微笑みを向ける。 「これを落とされたみたいですよ?」 そう言って差し出されたのは、望美のハンカチ。落としたことにすら気付いてはいなかった。 「有り難う、譲君」 「いえ…」 素直に礼を言うと、譲は照れたように眼鏡のフレームを指で治す。恥ずかしがるときのくせだ。 「…そうだ、先輩、今度弓道部の練習試合があるんですが、もしよければ…」 「そうなんだ。譲君の雄姿かあ…」 観に行くよと返事しようとしたところで、背後に気配を感じた。 「おい、望美、授業だぜ!」 背後から声をかけられて、望美はびくりとする。良く通る太い声は、将臣のものだ。 その声を聴くだけで、望美の心はざわざわと音を立てて騒ぎ出す。 「おい、行くぜ」 望美が譲と見つめ合うような格好になっていると、尽かさず将臣が間に入ってくる。 いつもの三人の構図が出来上がった。 だが、今日の将臣はなぜか強引だ。無理して間に入ろうとしている。 「授業に遅れるぜ。行くぞ。譲、話は後だ」 将臣が強引に望美の腕を取り、2年の教室に連れて行こうとする。 だが、譲も負けてはいなかった。 「まだ少しは時間があるだろ。人の話の腰を折るなよ。ったく、兄さんは自分勝手だからな」 とげとげしい譲の物言いに、将臣の整った顔も歪む。綺麗な精悍さを持っているせいか、起こると妙に迫力がある。それは、弟の譲も同じなのだが。 望美ままたかと想いながら、ふたりを交互に見つめた。 まるで天の助けのように、予鈴が鳴る。昼休みはこれでおしまいだ。 望美はホッとして肩から力を抜いた。 「もう! ふたりとも! そんなに睨み合わないっ! 譲君また後で! 将臣君は授業、授業!」 望美はふたりを授業に追い立て、元気よく教室に上がっていくふりをする。 やがて三人でいられなくなってしまうことを、切なく予感しながら---- 教室に戻ると、既に、将臣が学校一の美人に告白されたらしいと言う噂は、広まっていた。 派生先はどこからかは知らないが、誰もが将臣と美人との恋の行方を賭けている。主に何処まで続くかといったところだ。 「ったく。人の恋路をんなことに使いやがって」 将臣はぶつぐさと文句を言っていたが、望美は笑いながらそれを宥める。 「まあまあ。将臣君。きっとみんな妬いてるんだよ〜。もてるからね〜」 茶化すように言うと、将臣の整った顔が歪んだ。 「おまえが言うな、おまえが」 一瞬睨まれたような気がした、望美はドキリとした。 だがそんなことを将臣の前で出すわけにはいかない。 「そだね〜、ごめん」 から笑いを浮かべながら、将臣の背中をぽんぽとわざと叩いた。 「ったく…」 この幼なじみの特権とも言える仕草が出来るのは、後、どれぐらいなのだろうか。 本当は、慰めることが出来ないぐらいに、一番ショックを受けているのが自分だと、望美は認めたくはなかった。 「幼なじみ」-----それは心地よい響きであると同時に、そこから先は怖くて進めない、重い意味を持つ関係だと、望美は思わずにはいられない。 近しくて、遠い存在-----それが幼なじみだと、席に着いた将臣の背中を見ながら、望美は感じた。 翌日から、望美はまたひとりで登校する。 将臣が登校よりも少し早い時間だ。すると必然的に、譲も同じ時間帯になる。 手持ちぶたさを感じていたから、隣りに譲がいてくれるのは何よりも有り難い。 「先輩、今日は早いんですね」 直ぐに追い付いてきた譲が、息を弾ませながら望美の横に並ぶ。昨日まで将臣の場所だった左横は、今、譲がいる。 将臣は、痴漢に遭いやすい望美を護るように、つも江ノ電に乗ってくれていた。 それが今日から待たない。 「今日からまた…ね?」 望美は切ない笑みを自然に浮かべてしまう。やはり譲には素直な感情が出やすくなる。 動の将臣と静の譲-----同じ兄弟なのになんて違うのだろうか。 望美は『動』に惹かれていた。 短い会話の中で、怜悧な譲は総てを悟ったのだろうか。意味深に望美を見ると、短く頷いた。 「ああ。なるほど」 それだけで譲には意味が通じる。将臣がまた誰かとつきあい始めたことを表しているのだ。 「兄さんも持てますからね。中一の時の同級生の恵美さん、2級上の佐知子さん、高校生だった弥生さん、二年の時は同級生の由起さん、いっこ下の恵理香ちゃん…」 「あはは、、譲君凄い記憶力ねえ」 「そして、色々あって今回の学園一の美女」 そこで望美はびくりとした。 恋愛ジプシーのような将臣も、今回で落ち着くかと想うと、胸の奥が痛い。 そんな望美の心の変化を知ってか知らずか、譲は話題を変えてきた。 「じゃあ、今週末の夏祭りは、兄さん抜きで、ってことになりますね。俺も弓道部のみんなと練習帰りにでも行こうって言ってたんです、先輩もいかがですか?」 譲は少し緊張したように眼鏡を上げて、笑ってくれる。この屈託のない照れた笑いが、望美の心を救ってくれた。 「そうだね。友達も行くって言ってたから、今年は弓道部のみんなや、友達とがやがや騒ぐのが良いかも」 「はい! 楽しみにしてますから!!」 譲の元気な声と笑顔に釣られて、望美もいつしか笑顔になる。 「今日の電車での先輩は、俺が護りますから」 「有り難う…」 少し恥ずかしく思いながらも、望美は素直に礼を言った。 将臣君がいない朝が、こんなに詰まらない時間だったなんて。 今まで、私は気付こうとはしなかった。 |
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