Limited Lovers

8月1日


 将臣のバースデーまで、後10日ほど。
 望美は、綺麗に晴れ上がる青空を、ひっくり返って眺めていた。
 家の近くの児童公園。こんなところでたらたらしている女子高生は、望美ぐらいだ。
 最近、幼なじみとはめっきり逢ってはいない。
 だからどうやって、将臣にバースデープレゼントを渡そうかと、思案にくれていた。
「…ソーダ水みたいだなあ…、真夏の空って」
 だらだらしていると、望美の頭をくしゃくしゃにする大きな手があった。
「こんなとこで寝転がってると熱中症になるぞ」
「将臣くん!」
 望美は起き上がると、幼なじみに笑いかけた。
「おかえり。ダイビング?」
「ああ。お前は昼寝か」
「そうだよん」
 望美がのんびりとした笑みを浮かべると、将臣はつられるように笑った。
 微笑みをみるだけで、胸の奥が切ない幸せで甘酸っぱく広がる。
 横にいる幼なじみを見つめるだけで、望美は息苦しいほどに胸が痛くなった。
 日焼けした肌が、将臣の男らしさを助長している。少しはだけたシャツの隙間からは、程よく筋肉がついた胸が覗いている。これで興奮するなと言うのが、おかしい。
 だが、こちらがとてもドキドキして見つめているのに、とうの相手は何とも思っていないようだ。
 それが少し悔しい。
 横にいる幼なじみにとっては、望美はいつまでも幼なじみなのだろうか。
「おいっ!」
 望美は声をかけられて顔を慌てて上げると、将臣は困ったように笑った。
「相変わらずぼんやりしているよな、お前」
「相変わらずって、一言多いよ…っ!」
 将臣に殴りかかろうとして、望美は足元を乱してしまう。
「あ、と!」
 ふらふらしてこけそうになったところで、将臣の腕に抱き留められた。
「大丈夫かよ。相変わらずボケてるな?」
「ボ、ボケてなんかないよ」
 望美は、乳房に将臣の腕が食い込むのを感じながら、全身を小刻みに震わせた。
 意識してしまう。
 将臣の熱も、力も、汗も、筋肉も…。総てを意識してしまう。
 幼なじみではなく、男として。
「大丈夫かよ」
「う、うん、大丈夫だよ」
 鼓動が耳に煩いぐらいに烈しい音を立てている。きっと幼なじみはこんなに意識はしていないだろう。
 将臣は望美を立たせると、腕を躰から離した。代わりに、望美の手を取り、しっかりと繋ぐ。
「お前そそっかしいからな」
「うん」
 望美は将臣の指と自分のそれをしっかりと絡ませると、頼るように力を入れた。
 ふたりで、まるで小さなお友達のように手を繋いで、家までの短い道程を歩いていく。
「もうすぐ将臣くんの誕生日だね」
「そうだな。やっと17」
 将臣は苦笑いをしながら空を見上げた。
 まるで早く成長しなければならないとばかりに、将臣からは焦燥を感じる。望美は不安になり、押し黙った。
「…誰かと、過ごすの?」
 望美は胸の鼓動を、運動中とは違った速さで刻みながら、さりげなさを装って訊いてみる。
「いいや」
 内心ホッとしながら、望美は素直に笑う。
「じゃあ、一緒に過ごしたい女の子たちが、今、すごくアプローチしてきているんじゃない?」
「ああ、うざい」
 将臣は氷で出来た声で言い放つと、溜め息をついた。
 将臣は、幼なじみの望美以外の女の子にはクールだ。望美にだけ、まるで同性と接するようにしてくれている。
 それは特別であって、特別でなかった。
「あっ!」
 ふたりの前を、近くに住む女性が歩いてくる。所謂、噂好きの女性だ。
 将臣に迷惑をかけては駄目だと、望美が手を離そうとすると、逆に結ばれた指に力が込められた。
「将臣くん、あのおばさんに噂されちゃうよ」
「させればいい。それよりお前は嫌なのかよ」
 将臣は漢らしいとうっとりしてしまうほどに堂々としている。望美がどうしてそんなことを言うのか、理解が出来ないとばかりに、 眉間にシワを深く刻んでいた。
「…嫌じゃないよ」
 望美が恥ずかしさと嬉しさを滲ませて呟けば、将臣は柔らかな笑みに変わる。
「だったらそのままにしておけばいいじゃねぇか」
「そうだね」
 望美は鼓動が先ほどと比べものにならないほどに烈しさを増しているのを感じながら、女性とすれ違う。
 手の平に汗を滲ませていると、将臣がぎゅっと強く握り占めてくれる。騎士に護られているお姫様のような気分になり、望美はこのままハートがどきどきし過ぎて、止まってしまうのではないかとすら思った。
 女性の視線が、しっかりと絡み合うふたりの手に集中する。
 それが何だか痛気持ち良かった。
 ようやく通り過ぎた後、望美は僅かに力を抜いた。
「あれで噂になるのは決定だな。有川さんの長男と春日さんの娘さんがとうとう付き合い始めましたって」
 噂ではなくてそれが本当になれば良いのに。なのに望美の願いはいつまで経っても叶いそうにはなかった。
 将臣は、おとなびた美しい女性とばかり付き合っていたし、実際にかなりモテていたのだから。
「…そ、その噂が流れたら、将臣くんは迷惑じゃない? だって、折角のバースデーなのに…」
 探るようにさりげなくきいたつもりなのに、緊張し過ぎて、まるで不審人物のようだ。
「迷惑じゃない、むしろ好都合だって言ったら?」
「あ、それはその、まあ…」
 本当は嬉しいが、望美は言葉に上手くすることが出来ない。しどろもどろしていると、将臣が苦笑いをした。
「マジ、最近、言い寄る女がうぜぇんだよな。女って狡いし、面倒くせぇし。お前と話しているだけで、ヤキモチ妬かれるし」
 将臣は辛辣に冷たく言い放つと、溜め息をついた。それはいかにもやれやれとばかりの、困り果てた溜め息だった。
「なあ望美…。おばさんの噂話に乗っかってもいいか?」
「えっ!?」
 一瞬心臓が止まった。
 将臣の言葉に全身が震えている。
「協力してくれねぇか、俺に」
「へ?」
「誕生日までで良いから、俺のカノジョのふりをしてくれねぇか?」
 将臣の申し出に、望美は思わず顔を上げる。
 ふり。
 彼女のふりだけ?
 今度は泣きたくなるような痛みが胸を襲って来た。
「お前なら信憑性がかなり高いと思われるし、こうして手軽に手も繋げるからな」
 将臣は微笑んでいたが、望美の心はブリザードが吹き荒れる。
 ふりなんか切ない。
 だが、その役割を誰にも渡したくはなくて、望美は唇を噛んだ。
 たとえ十日ほどであっても、こうして誰よりも優先的に傍にいられるのが嬉しい。
 だから取引を持ち掛けよう。甘い取引を。
 先ほど悩んでいた誕生日に、一緒に過ごして貰える約束を取り付けることが出来たならば。
「じゃあ、将臣くん…。ひとつだけ、お願いをきいて」
「何だよ。俺がきけるものならきいてやるぜ」
 望美は喉から心がせり上がって来るのを感じながら、祈るような気持ちで唇を開いた。
「将臣くん…。あのね、12日は一緒に過ごして欲しい…」
 望美は将臣の瞳をまともに見ることが出来なくて、思わず俯いてしまう。
「いいぜ」
 甘いテノールに顔を上げると、艶が含んだ将臣の瞳とぶつかった。
 熱い、暑い夏が始まる。




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