Limited Lovers

8月2日


 キャミソールにショートパンツ姿で、望美がのんびりと朝食を食べていると、玄関チャイムが鳴り響いた。
 望美がインターホンの受話器を取ると、画面に将臣が映し出されている。
「おはよう、直ぐに開けるね!」
 ぱたぱたとがさつな子猫のように、望美が玄関に出ると、将臣が艶めいた笑みを浮かべて立っていた。
 黄金に煌めく真夏の太陽を背負った将臣は、生唾を呑んでしまいそうになるぐらいにステキだった。
「迎えに来たぜ」
 何か将臣と約束をしたかと、望美が小首を傾げると、苦笑されてしまった。
「昨日、お前に頼んだじゃねぇかよ。彼女のふり」
 望美は昨日の契約をドキドキしながら思い出し、頷いた。
「で、今日はダイビング仲間と、バーベキューをするんだが、お前を連れて行こうと思ってな」
「行く! 絶対に行くよ!」
 望美が小学生のように真っ直ぐに手を上げて返事をすると、将臣の瞳に日光よりも煌めいた光が滲む。
「だったら直ぐに支度をしろ。帽子と日傘はいるぜ。熱中症にならねぇ対策は必要だからな。後、真っ黒焦げ子にならねぇように、紫外線対策もするようにな」
「うん!」
 望美は返事をした後で、将臣に言われたように暑さの対策をしに部屋に向かった。
 キャミソールにショートパンツよりも、少し控めなノースリーブのワンピースに着替えると、バタバタと将臣の待つ玄関先に髪を乱して戻った。
「お待たせ」
 望美が目の前に現れるなり、将臣は目をスッと細めて、じっと望美を見つめた。
 視線だけで望美を愛撫しているかのようだ。
 望美は全身が心になってしまうのではないかと思うほどに脈拍を激しくさせる。
「ほら、行こうぜ」
「うん」
 将臣が手を差し延べてくれ、望美はまるでお姫様にでもなった気分で、その手を取った。
 ふたりでしっかりと手を繋いで、駅まで歩いていく。
 触れあう指先の熱さに、晴れた空色の恋を感じた。
「突然ですまなかったな」
「どうせヒマだったから大丈夫だよ」
「そっか」
 将臣は穏やかな波のように微笑みながら、望美の手をしっかりと繋ぐ。爽やかな笑顔とは裏腹に、束縛を感じる強さで手を握られた。
「バ、バーベキューって愉しそうだね」
「まあ焼くだけだから、お前でも出来るだろ?」
「失礼だねー」
 ふたりは、どこから見ても恋人同士のようにじゃれあいながら、駅まで歩いていく。横を通り過ぎる人々が、ふたりを微笑えましく見守ってくれるのが嬉しかった。
 ちらりと横目で何度も見る将臣の肌が小麦色で眩しい。ドキドキするぐらいに艶やかな肌に、望美は思わずもたれ掛かりそうになる。
 だが、自分はフリをしているだけだから、そこまで甘えたりすることが出来なかった。
 待ち合わせをしている駅を下り、将臣が向かったのはスーパー。そこに行くと、将臣のダイビング仲間たちが既に待ちかまえていた。
 様々な年代の男女が楽しそうにしている。
 彼等を見るなり、将臣は望美から手を離した。
 余りに自然で冷たい仕種に、望美は胸に一撃を喰らったような痛みを感じる。だがそんな痛みを表情に出すことすら、憚れるような気がした。
「将臣! カノジョ連れて来たのかよ!」
「まあどうとでも思えよ」
 将臣はさらりと笑いながらかわす。その態度が望美をどんよりと暗くさせた。
 ままごとカノジョなのは解ってはいるが、それでも認めてくれない将臣の態度が、望美の心に冷たい風を吹き抜けさせる。
「望美、何か、食いたいもんとかあったら、かごの中に入れろよ」
「うん。やっぱりえびかな」
 望美はごまかすように笑うと、ぱたぱたと海老売場に走っていく。まるで避けるように立ち去った望美を、将臣は追い掛けてきてはくれなかった。
 それがおもちゃの彼女の宿命。
 望美は海老売場で考え込むふりをして、数ばかりを数えてしまう。選んでいるのではなく、ただひたすら自分の気持ちを誤魔化すように、海老の数を数えている。
「何だよ、まだ決まらないのかよ?」
 声をかけられ振り返ると、将臣が望美に密着するように手を伸ばしてきた。
 男らしい香りが鼻孔を擽り、数すら数えられなくなる。つい先程まで、将臣に切なくも苦い想いを抱いていたのに、それらが総て消え去り、何も考えられなくする。
 望美が識っている男の子の香りではなく、男の香りだ。
「これにしねぇか。数もちょうどだし」
「そうしようか」
 将臣は頷くと、それを仲間のところに持っていってくれる。
 将臣の仲間を見ていると、何故だか自分だけが仲間外れのような気がしてしまう。
 将臣たちは眩しいぐらいに日焼けをしているのに、望美は白い。ひとりひょろっとしていて、浮いている。女の子たちはキャミソールにショートパンツなのに、望美だけがサマーワンピース。
「望美、行くぞ」
「うん」
 将臣は手を繋がずに、ただ望美を誘導する。
 カノジョのフリをしているはずなのに、どうして将臣は冷たく突き放すのだろうか。
 甘くて誰よりも辛い将臣の態度に、望美は胸が苦くなるのを感じた。
 まるで醜いあひるのこのような気分で、望美は団体に着いていく。
 ひとりだけ荷物を持たされない。
「荷物を持つよ」
「いいから。今日はお前は特別ゲストだからな」
 仲間外れに聞こえる将臣の言葉に、望美はいじけた気分になり、ひとり離れて歩いた。
 バーベキュー場所に着いてからは、望美はちょこまかと手伝う。
 まるで将臣から避けるように、ひたすら動いた。
 将臣もまた男たちとふざけながら準備をしている。
 眩しい夏の過ごし方にはぴったりなバーベキュー。ここにいる誰もが、望美にとっては真夏の太陽以上に眩しかった。

 準備を終えて、いよいよ焼きにかかる。
 将臣は他の仲間たちとふざけるように食材を焼き、望美は楽しく女性陣と話す。
「ねぇ、あんまり食べてないみたいだけれど、暑さに当てられた?」
 中でも一番年上らしい大人っぽい女性が、柔らかく微笑みながら望美を見つめてきた。
「炎天下でこうやって遊ぶのは久し振りですから」
「色が白いからね、望美ちゃんは。やっぱりここに本命がいたか!」
 女性はくすくすと笑いながら、将臣と望美を交互に見つめた。楽しげな眼差しは、ふたりを見守ってくれているように思えてくる。
「将臣はモテるけれど、誰も特別を作らなかったから、誰かいるのかなあって思ったけれど、ナルホド」
 ホタテをパクリと食べながら、本当に愉快そうに話した。
「そんなこと無いですよ。私は友達だし…」
「そんなことあるわよ。将臣が女の子を連れてきたのは初めてだし。凄くもてるし、言い寄る女の子もいるのに、完璧にクールだからねえ」
 女性はもう一度、望美と将臣を見る。
 望美は切ない気分に、将臣を見ると、一瞬、眼差しがぶつかる。まるでキスをされたように、視線を注がれるだけで、躰の芯がとろけてくる。
「そうだよね、やっぱり、うん、うん。ほら、望美ちゃん、ちゃんと食べなくっちゃ! だからあなたは細いのよっ!」
 賑やかな将臣の仲間たちに、望美の心はいつしか解れてくる。先ほどまで、あんなに緊張していたというのに、いつしか楽しく溶け込んでいた。
 将臣は相変わらず男連中とふざけあっている。
 望美は幸せな気分でその様子を見ていたが、不意に烈しい頭痛を感じた。
「どうしたの?」
「ちょっと頭が痛くて…」
「熱中症かもしれないねえ。こうやって過ごすの、余り馴れていないでしょう?」
 心配そうに眉を寄せると、女性は望美の額に手を宛ててくれる。綺麗な指先が心地良い。
「首筋と胸元冷やして、冷たい飲み物を呑んで、ちょっと横になったほうが良いわ」
「あ、有り難う…」
 お礼を言おうと視線を上げると、将臣が目の前に立っていた。
「将臣くん…」
「あっちの日影にシートとバスタオルを用意したから、横になれ」
「有り難う、将臣くん」
 将臣は少し怒ったように眉を潜めると、望美は軽々と抱き上げられてしまう。
「あ、歩けるよ」
「いいから」
 誰もが呆気に取られる中、望美は将臣に抱き上げられたまま、日影に連れて行かれる。
 将臣の仲間たちは、にやにやと笑いながら、ふたりの様子を眺めている。「あんな将臣を見るのは初めて」と言いながら。
「気分が悪かったら、先ずは俺に言え」
「保護者みたいだよ」
「俺はお前の保護者だからな」
 将臣はひんやりとしたシートに望美を寝かせると、冷たいタオルと飲み物を持ってきてくれた。
「ほら、これでも飲んでおけ」
「有り難う」
 将臣が渡してくれた飲み物を口に含むと、ほてった躰を冷ましてくれる。だが、心は沸騰しっぱなしだった。
「こうしたら、楽になるだろう」
 将臣が冷たいタオルで、うなじを押さえてくれる。確かに気持ちが良いが、余計にドキドキしてしまう。篭った熱が余計に上がってしまうような気がした。
「じ、自分でやるよ…」
「いいからじっとしておけ」
 胸の谷間に滴る汗を、将臣は冷たいタオルで拭う。官能的な仕種に、望美はそれこそ倒れてしまいそうになった。
 震えないように、甘い吐息を出さないように頑張ってはみても、中々、上手く行かなかった。
「…ま、将臣くん…」
「変な声を出すなよ」
 低い声で囁くように言われた瞬間、吐息を塞ぐようにくちづけられた。
 触れるだけのキスに、望美は何も言えなかった。




back top next