筒姫


〜譲視点〜


 総てがまあるく修まり、望美が手を伸ばしたのは、将臣の手だった。
 幼なじみ。
 一番近くて遠い存在だったふたりが、敵対関係を経て、こうしてようやくお互いの想いに正直に向き合うことが許された。
 誰にも気兼ねをしない。しなくていい。
 だが、たったひとりだけ、あからさまにふたりの仲を認められないものがいる。
 譲。将臣の弟。望美にとっては、もうひとりのかけがえのない幼なじみ。
 好きでいてくれることは嬉しいし、有り難いと思う。
 だがそこには、男女の愛はない。身内への愛に近い。
 もうすぐ本当に身内になってしまうせいか、今は弟としか見られない。

 高校を出て、都内の大学に通い始めた将臣と望美は、『ルームシェア』という表向きで、一緒に住み始めた。
 それが何を意味するかは、端から見ても、誰にでも解ることなのだが、それを認められないたったひとりの男。
 それが譲だ。
 明日の大学ガイダンスとオープンキャンパスに備え、都内の端にある、将臣と望美のアパートに泊まることにした。
「有川、お前の兄さんと恋人が同棲しているところに、のこのこと行っていいのかよ?」
 友人の何気ない言葉に、ムッとしながら譲は睨む。
「同棲じゃないさ。ただのルームシェアだ。イギリスとかだとよくあることだろ? 友人同士がキッチンやバスルームを シェアするぐらい。男女でもよくやっているだろ。あれと同じさ」
「だけど、あの可愛い女子が兄貴の恋人には間違いねぇだろ?」
「兄さんと先輩は幼なじみだ!」
 譲は思いきり強く言いきると、憤慨しながら肩で風を切りながら歩く。
 ふたりはまだ「幼なじみ」だ。恋人同士じゃない。
 譲は、必死になって自分自身に言い聞かせていた。
 頭から湯気が出る気分になりながら、江ノ電、京浜東北線と乗り継いで、ふたりが住む街へと向かう。
 駅の名前なんてそらで言える。
 それぐらいに通い馴れた路線だ。
 スポーツバッグに生活必需品を入れ、その心は、望美と同じ屋根の下にいられる希望でいっぱいだ。
 望美と将臣へのおみやげもある。
 春日家、有川家からだ。
 望美の母親などは「もう将臣君にお嫁に出した気分よ。昔から、ずっと背中を追い掛けてからね」などと、聞き捨てならないことまで言う。
 だがまだふたりの生活を見たわけではないから、諦められないのだ。
 望美の大好きな鳩サブレーも買ってきた。
 都内に入ったところで電車を降り、駅前を通り抜けて、ふたりが住むアパートに向かった。
 外観を見て、先ずはムッとする。
 まるで外国にあるアパートのようにお洒落で、綺麗だ。しかも、殆どの部屋が、新婚家庭か小さな子供がひとりいるぐらいの家庭だ。
 とうてい学生がシェアをして住む雰囲気にはない。
 まだ、ちゃんと見たわけではないからと言い聞かせ、譲はふたりの部屋に向かう。
 一緒に住むと聴いてから、初めての訪問。
 引越をする頃は、嫉妬に塗れて、とてもじゃないがふたりの手伝いを出来そうになかったのだ。
 玄関前まで行くと、表札が掲げられている。
 有川・春日。
 何だか取り外したい気分になった。
 インターホンを押すと、直ぐに可愛い声が響く。
「譲です」
「はい。いらっしゃい! 譲くん!」
 望美が風を迎えるようにふわりとドアを開け、笑顔で譲を迎えてくれた。
 柔らかな微笑みは、何時にも増して可愛いらしいような気がする。
 望美は白い清楚なレースを配ったエプロンをしており、まるで新妻のようだった。
「入って! 暑かったでしょう? あ、麦茶でも出すから!」
「すみません」
 望美に快く迎えて貰えたのが、とても嬉しい。部屋に入ると、将臣が新聞を読んでいた。
「兄さん」
「ああ、きてたのか。お前の分の昼飯もあるから、先ずは飯でも食ってゆっくりしろ」
 まるで休日の亭主関白な夫のように、将臣はどっかりと座っている。
「譲君、奥にある和室を使ってね」
「はい…」
 そこが将臣の部屋だと思い、譲は荷物をほうり込む。殆ど何もない部屋だったので、それが将臣らしいと思った。
「お昼は冷麺なんだ。熱いからね。焼き豚とか卵とかいっぱい入れてるから。キムチもあるよ。譲君ほどじゃないけれど、頑張って作ったから」
「有り難うございます!」
 望美が自分の為に料理をしてくれる。それだけで譲は感激する。一緒に住めば、こんなシーンは沢山見受けられるだろうか。楽しみにする余り、思わず笑みが零れた。
 将臣と一緒に、望美が作ってくれるのを待つ。兄は新聞を見て、知らん顔だ。
「手伝わなくていいのかよ?」
「構うもんか。アイツが自分でしたいって言うんだから、いいじゃねぇか」
 相変わらず、将臣は望美を自分のもののように言う。それが気にいらない。
 兄をじっと見つめながら、この男から望美を引き離さなければと、妙な正義感に溢れていた。
「出来たよ!」
 それが合図かのように、将臣は立ち上がり、さりげなく料理を取りにいく。望美には何も持たせずに、運んできた。
「おら、譲」
「あ、有り難う」
 将臣と望美はとても近い位置に座ると、僅かに視線で会話をする。
 ふたりの間には、空気以上の雰囲気が醸し出されていた。
 ごく自然にあるような空気。
 それはふたりだけの為にあり、他のものは寄せ付けないような雰囲気がある。
 譲も無意識に気付いていたものの、それを認めたくはなかった。
 さんにん揃って、”いただきます”をしてから、冷麺を食べる。麺がしこつるで、とても美味しい。こんな美味しい ものを自分での為に作ってくれたことが、嬉しくて嬉しくてしょうがなかった。
「先輩、料理が上手になりましたね」
「有り難う」
「俺がずっと味見役をしてやっていたからな。当たり前だ」
 将臣は当然とばかりに冷麺をすすりながら、偉そうに言う。それが譲には許せなかった。
「兄さんのお陰じゃないだろ。兄さんも自分でちゃんと飯ぐらい作れよ。ルームシェアの意味がないじゃないか」
 譲が憤慨しながら言っても、将臣は全く聴いていない。
「そんな顔をするなよ。望美が上手くなったのは、俺が一生懸命、コイツの飯を食ったからだぜ?」
「まあ、そうだけれどね」
 望美はつるつると冷麺食べながら、将臣をちらりと笑顔で見た。
 また、目で会話をする。
 望美と将臣のやり取りに正直いって、苛々した。
 ふたりにしか解らない会話をされているような気がして、堪らなくなる。
 昔から、いつも追い掛ける立場だった。
 今もそれは変わらないような気がして、辛い。
 疎外感を色濃く感じた。

 食事が済むと、譲は将臣と共に、望美の買い物を付き合う。
 譲がカートを押す役を買って出たが、将臣は眉を上げるだけで、争ってまではしなかった。
 譲は望美と共に歩きながら、こうして買い物をするのが嬉しい。まるで仲睦まじい夫婦のように見えるからだ。
 将臣はただついてきただけといった雰囲気だった。
 夕ごはんは、将臣のリクエストで焼肉になった。
「あっ! レバーを買おうっと!」
「先輩はレバー好きでしたっけ?」
 譲は不思議でしょうがなくて望美を見ると、ほんのり頬が赤くなった。
「必要にかられて」
「必要? ああ、夏ばてですか?」
「そんな感じかなあ…」
 望美はてへへと曖昧な笑いを浮かべると、野菜売り場にてくてくと歩いていってしまった。
「ピーマンとかキャベツ、人参とかいるよね?」
「玉葱も捨てがたいです」
 こうして、望美と一緒に買い物をするだけで幸せな気分になる。譲は視界から将臣を追い出して、この幸せを噛み締めた。
 買い物が終わり、荷物を袋に詰めると、しごく当たり前のように将臣が荷物を持った。
 もう手慣れた雰囲気だ。
 兄弟ふたりで荷物を持ち、その間には望美がいる。
 久し振りの優しい風景。
 ふと望美を見ると、位置が微妙に将臣寄りになっている。
 甘えるように寄り合っているふたりに、譲は面白くなく、無意識に望美との隙間を埋めた。
 ごく普通に兄と望美が並び、それがとても自然だったからだ。 
 さんにんで歩くバランスが、崩れていることに、気付かないふりをしていた。

 夕食の準備をする間、将臣は数時間アルバイトに行った。
 今日は休むつもりだったが、どうしても数時間出なければならなくなったらしい。
 夏休み中も普段の週末でも、アルバイトに明け暮れる兄は、実家に寄り付かない。
 明日から一泊の予定で、ようやく里帰りをするのだ。
 手伝わなくても大丈夫だと望美に言われ、譲は手持ちぶたさに聴いてみる。
「先輩、兄さんはいつもああなんですか? バイトばっかりして、勉強を疎かにしているんじゃ…」
「勉強はちゃんとしているよ。だって奨学金を受けているからね、将臣君は。アルバイトをしているのは、なるべく自分でやるようにしたいからだよ」
「そうですか…」 
 何でも勝手に自分でやるというのは、将臣らしい。
 譲は兄のこのようなところが羨ましかった。
 食事の準備をする望美を見つめながら、胸が詰まる。背中から見える躰のラインはなまめかしく、色気が滲んでいる。
 こんなに色気があったのだろうか。
 同じ屋根の下で住めば、きっと襲ってしまうかもしれないと、危うい思考を持ってしまった。

 7時過ぎには将臣が帰ってきたので、ささやかな焼肉パーティーをする。
 望美はと言えば、食べ易いように調理されたレバーを、一生懸命食べている。
 それを将臣が見守っている感じだ。
「平気か?」
「大丈夫!!」
 望美が無理をして食べているように見えたので、譲は心配の余り見つめた。
「先輩! 大丈夫ですか?無理して食べないほうが…」
「うん無理してないからいいよ」
 端からはそうは見えないと思いながら、心配した。
 望美が準備をしてくれた焼肉を食べた後、譲は先にお風呂に入った。
 緊張するがこの家の雰囲気が気に入った。
 来年春からここで生活をしたいと本気で思った。
 自分に入れる隙はあるだろうか。
 お風呂から上がると、冷たいミネラルウォーターを出してくれる。
それを飲んでいると、望美が風呂に入りにいった。
 将臣はテレビを見ながらのんびりしている。
「兄さん」
「何だよ?」
「いつも先輩が料理しているのか?」
「まあな。俺がバイトで忙しいからな」
 将臣が当然のように言うものだから、譲は些かムッとした。
「先輩とは別家計だろ? 何でやらせるんだよ!」
 思わずいきり立つ譲に、将臣は対象的にクールだった。
「別家計じゃねぇさ。折半だ」
「なのに先輩が家事をするなんて…」
「アイツも解ってやってんだよ」
 あいも変わらず、将臣は飄々と言ってのける。それが、小憎らしい。
「兄さん…っ!」
 譲が立ち上がって怒ったところで、望美がバスルームから出て来た。
「良いお湯だった。将臣君、どうぞ!」
「オッケ」
 将臣は譲の横を擦り抜けて、バスルームに行ってしまった。
 湯上がりの望美とふたりきり。
 凄く緊張する。
 譲はカチカチになりながらも、望美から視線を放さないでいる。
「譲君、明日は何時?」
「8時半に友人と約束しています」
「じゃあ、それまでに起きて朝ごはんの仕度をするね」
「有り難うございます!」
 望美が自分の為に朝食を作ってくれるのが、とても嬉しかった。
 有頂天になっていると、将臣がバスルームから出て来た。
 将臣はライトビールを片手に、小さなダイニングキッチンに入ってくる。
「良い湯だったぜ」
「良かったね」
 言いながら望美は大きな欠伸をする。
 それにつられて、譲もそろそろ眠くなってきた。
「僕はそろそろ…。兄さんも寝るよ」
「ああ。そうだな。望美、寝るぞ」
「うん…」
 望美は目を擦りながら、部屋に入っていく。
「じゃあ、寝るか」
「ああ」
 将臣が自分と同じ部屋に入ったことに安堵しながら、譲は眠りについた。
 満月の夢を見ながら。


 真夜中、小さな音に目が覚めた。
 横を見ると、一緒に眠ったはずの将臣がいない。
 トイレにでも行っているのかと思い、目を閉じると、話し声が聞こえてくる。
 思わず耳をそばだてる…。
「----将臣君が一緒じゃないとベッドが広いよ…」
「明後日の夜には一緒に眠れるだろ?」
「明け方までで良いから、一緒にいて?」
「しょうがねぇな…」
 こっそりと襖の奥を覗くと、将臣が望美を抱き上げ奥の部屋に入っていく。
 そこは、ふたりの寝室だった-----
コメント

ED設定のキリ番リクエストです。
320000hitを踏んで下さった空豆様のリクエスト。
らぶいちゃ将望&物分りの悪い可哀相な譲です。

次回に続きます。

譲君、気の毒に…。




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