筒姫

3


 将臣が夕方までアルバイトに行ってしまい、望美は部屋でひとりになってしまった。
 洗濯をしたり、掃除をしたり、将臣と自分の帰省用荷物をまとめたりと午前中に雑務をする。
 お昼ご飯もひとりではちゃんとしたものを作る気もなく、かと言っても、食べなければ将臣に叱られてしまうだろう。
 望美はカルシウムをたっぷり取ることを心掛け、じゃこしそご飯、野菜炒めを作って食べた。
 ひとりはつまらないし、切ない。
 ご飯を食べ終わると、子猫みたいに眠くなり、望美はベッドで丸まって眠った。
 夕方、譲よりもひとあし早く帰ってきてくれた将臣に起こされ、望美は子供みたいに目をこすりつけた。
「おかえりなさい、将臣くん」
「ただいま。寝ていたのかよ、お前」
 将臣は苦笑いをしながらも、望美をしっかりと抱きしめてくれる。逞しい腕は、太陽の香りがした。
「準備ちゃんとしたよ」
「サンキュ」
 将臣は望美に額をつける仕種をし、感謝を現してくれた。
「書類も入れたか?」
「うん、バッチリ。一昨日の夜、ふたりで書いたもんね。大切なものだから、忘れないよ」
「そうだな」
 ふたりだけにしか解らない秘め事に、望美はくすりと笑ってしまう。
「書類、怒って破られることを恐れて、五枚も書いちまったけれど、破るとしたら、お前の親父さんより、譲のような気がするけれどな」
 望美は笑いながら「そうかもね」と頷き、将臣の腕に自分のそれを絡めた。
「譲を待って出発しねぇとな。おらオヤツ」
「有り難う」
 将臣がくれたおやつは、カルシウムがたっぷり入ったウェハース。そんな小さな心遣いが、望美が大好きなところだった。

 どんよりとどこか暗く、苛立っている譲を連れて、ふたりは実家に戻る。
 以前と同じように、将臣、望美、譲の順番でシートに腰を下ろす。
 だが少し違っているところは、望美がうとうとすると、決まって将臣に寄り掛かるということだ。
 将臣は望美に肩を貸しながら、緩やかな躰のラインをなぞってくれた。
 何気ないその仕種が、将臣と望美が愛に満ちた深い絆わ持っていることを、暗に示している。
 ふたりの気取らなくも熱い愛情が羨ましく、譲は烈しく嫉妬していた。
 望美の相手が、どうして兄でなければならないのかと。
 その答えを知りながらも、気付かぬふりをしていた。

「おら、着くぜ?」
「うん」
 将臣に揺り起こされ、望美は何とか目覚めるように、しゃっきりとした気分をかき集める。
「望美、江ノ電に乗り換えるぞ」
「解った」
 まるで将臣に子供のように世話をされながら、江ノ電に乗り込んだ。
 ついこの間まで、通学に使っていた電車は、優しくさんにんを迎えてくれる。
 三人はまた無言のまま、家路を急いだ。

 本日は、有川家春日家合同で、気取らないホームパーティーを開く。
 夕方、会場である春日家に入ると、既に食事の準備は整っていた。
「望美ちゃん、また綺麗になったなあ。狼が側にいるから大変だろう?」
 譲によく似た有川家の父親が、しみじみと言うものだから、望美は真っ赤になった。
「そんなことないですよ」
「あら、綺麗になったわよ。本当に。色気が出たというか」
 将臣の面影を宿した母親もまた、同意する。
「将臣君だって、逞しくしっかりしてて素敵になったし、譲君は自慢の息子でしょ?」
 望美の母親は、微笑みながらふたりを見る。少し複雑顔は、望美の父親だ。
「将臣も譲も良い男になった! それは認める! が、お父さんは寂しい! 望美を嫁に出したのも同然だからな!」
「望美ちゃんは娘みたいなものだから、本当の意味でうちの子供になってくれると嬉しいけれどね」
「望美ちゃんは、うちの娘だ。もう」
 有川家の母親は、すっかりその気になってしまっている。父親もそうだ。だいたい、将臣と望美が同棲をすると言った時に、直ぐに同意してくれ、後押ししてくれた。望美の母親も大賛成だったが、父親だけは渋々の賛成だった。娘を持つ親は、みんなこんなものなのだろう。
 だが本当に面白くないのは譲だ。ムスッとしたままだ。
 望美の横に、当たり前のように座る将臣が憎らしくてしょうがない。
 流れるようにパーティーを始まり、ごちそうを頬張る。
 寿司や刺身、冷しゃぶサラダ、ひつまぶし、唐揚げなどが入ったオードブルなど、様々なご馳走が並んでいる。
 それを楽しんで食べながら、話して盛り上がる。
 その間も、望美と将臣は目配せをしながら、じっとタイミングを計る。テーブルの下では、お互いに離れられないとばかりに、しっかりと指を絡めていた。
 父親たちの酔いが回った頃。とうとうふたりは決意する。
 今回の里帰り最大の目的を。
「親父、お袋、おばさん、おじさん」
「お父さん、お母さん、おじさん、おばさん」
 望美と将臣は互いの両親を前に畏まる。
「何だ? 改まって」
 ふたりの態度に、両親も背筋を伸ばす。
 何となくだが、これから若い二人が何を言うかを、誰もが解っているような気がした。
「望美と俺は、今すぐに結婚したいと思っている。おじさん、おばさん…、望美を俺に下さい」
 将臣はステレオティピカルに三つ指をついて、頭を下げた。
 望美も後に続く。
「おじさん、おばさん、将臣君を私に下さい! お父さん、お母さん、結婚を認めて下さい!」
望美もまた三つ指をついて頭を下げる。
 その光景を見せ付けられ、譲は、心臓に杭が打たれたような気がした。
「大賛成よ! 望美ちゃん! 将臣!」
 先ずは待ってましたとばかりに、将臣の母親が抱き着いてきた。それに続くのは有川父。
「でかしたぞ! これで望美ちゃんはうちの娘だ!」
「将臣君! 良かったわ!  望美をよろしくね!」
 望美の母親は、うっすらと涙を貯めて、こちらを見ている。
「…望美…。お父さんは、いずれそうなると思ってたっ! 哀しいが嬉しい」
酔った勢いでぽろぽろと涙を流した後、望美の父親は、将臣の手を取った。
「望美を宜しく頼むっ!」
「はい、幸福にします! それともうひとつ」
 将臣の言葉に、まだあるのかと、譲の怒りは頂点に達する。
「…子供が出来たんだ。三ヵ月だ」
「凄く欲しかったから…」
 望美はお腹を押さえて、優しい円やかな表情になる。既に母親のそれだった。
 母親たちな手を取り合い歓声に湧き、将臣の父親は「でかした!」などと言っている。おめでたく花が咲いた雰囲気だ。
 望美の父親はと言えば、寂しそうに笑っているだけだった。
 何よりも譲だけは、茫然自失となり、顔色を青くさせている。
「せ、先輩が子供…。兄さんの…」
 ぱくぱく金魚が酸素を吸うようにただ口を開けている。
「ちゃんとふたりで育てるつもりだから心配しないでくれ。大学に行きながらでもちゃんとやり遂げてみせる」
「ちゃんと子供は愛情を持って育てます」
 望美はきっぱりと言い切ると、将臣を信頼の眼差しで見つめる。
 子供を孕んだ。将臣は決定的な咬み痕を望美につけたのだ。
「産むのはもちろんこっちの病院でね! 私たちがお世話をするから!」
 母親軍団はすっかりその気で、もう準備にあれこれ忙しくなると言っている。
 望美の父親は拗ねたままだったが、将臣の父は、男の子だったら県道を指せるなどと言っている。
「あら、可愛い女の子かも知れないわよ。望美ちゃんによく似たべっぴんさんだと思うわよ。ねえ、譲、あなたも姪っ子の方が嬉しいわよねえ」
 姪っ子-----望美に似た女の子-----譲は想像しただけで、胸が高まるのを感じる。
 将来「譲ちゃんが好き!」だなんて言ってくるかも知れない。
 まるで光源氏のように、愛しい花を育てるのもいいかもしれない。
 少し胸のもやもやが消える。
 譲の心の中で、新しい望みが点った瞬間だった。

 その後は、春日家、有川家乱れての祝賀会ムードになり、将臣が望美の体調を気遣って自分の部屋に連れていっても、誰もととがめるものはいなかった。
「将臣君、良かったね。あんなに反対を想像してたのに」
「俺は反対するのは、譲だけだって、最初から解ってたけれどな」
 将臣は想像したとおりだったとばかりに、腕を組んで何度か頷いた。
「ホント?」
「ああ。マジで。でもあいつ、姪っ子かもしれねえって聞いて、期限直したよなぁ。妖しいぜ」
「だって姪っ子と叔父は結婚できないわよ。ありえない」
「ああ。だけどな…」
 将臣は「あいつなら何でもあり」だと、心の中で呟いてため息を吐く。
 だがこれぐらいの夢は、見せてやっても良いかもしれない。譲のお姫様を奪ったのは、将臣だったのだから。
「さてと。今夜は寝るぜ。俺もお前も独身最後の夜だ。明日からは有川望美だぜ?」
「うん。何だかくすぐったいけれどね」
 望美は「ふふふ」と軽やかに笑うと、将臣に抱きついて甘えた。
「宜しくな? 明日からもずっと」
「うん!」
 ふたりは唇を重ねて、この夜の幸せに酔う。

 夏が似合う姫、望美が選んだ王子様は、将臣だった------
コメント

ED設定のキリ番リクエストです。
320000hitを踏んで下さった空豆様のリクエスト。
らぶいちゃ将望&物分りの悪い可哀相な譲です。

完結です。
姪のおむつを替える譲(笑)
姪の世話をして、甥に阻止される譲…(笑)

つい思い浮かんでしまいました。




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