前編
誰だって叶えられる夢を、夢見るのよ。 せっかく叶えられるのに、諦めてしまうこと-----それはとっても勿体ない。 人生を損したことになるよ----- 昔、昔に誰かから聞いたお話----- わずか四歳でも女で、そして恋をすることが出来る。 「アリオスがお婿さん! アンジェがお嫁さんなの! おままごとしよっ!」 母親のお手製ワンピースにー白いエプロンをして、アンジェリークはアリオスにニッコリと微笑む。 小さなおままごとセットには、タンポポのお浸し、葉っぱのサラダ、泥ダンゴハンバーグが乗せられている。 「俺は忙しいの。ままごとをするんなら、近所のユーイとやればいいだろ?」 アリオスはうんざりしながら、レジャーシートに腰を下ろす。11も下の子供相手は出来ないと言いたげだ。 「ユーイはダメなのっ! アンジェのお婿さんはあ、アリオスって大昔から決まっているのっ!!」 一度言い出したら聞き分けのない頑固なアンジェリークは、小さな躰に怒りを滲ませている。アリオスはこの強情な顔に弱かった。 「いつから、んなことが決まっているんだよ」 「ずーっと前から」 「ずーっと前からって何時からなんだよ?」 齢4歳のアンジェリークに対して、アリオスは大人げなく言う。言い合う場合ふたりの間に、年の差はなかった。 「…ずうーっと前よっ! アリオスもアンジェも生まれる前から決まっていたのっ! アンジェの職業はアリオスのお嫁さんだって!」 アンジェリークは鼻息を荒くしながらムキになって言う。それがアリオスには可笑しいらしく、愉快に笑っていた。 「誰が決めたんだ? それ」 「神様が決めたの! アリオスとアンジェがちょうど釣り上うようにって!」 アリオスとずっとこんなやり取りをしているせいか、アンジェリークは僅か4歳で生意気な言葉を身につけてしまっている。それがまた、アリオスの琴線に触れるようだ。 「しょうがねぇな。干支が一回りして、おまえが良い女だったら、俺の女にしてやってもいいぜ?」 「ホント! 約束よっ!」 「ああ。約束」 アンジェリークが小指を立てると、アリオスも同じようにしてくれる。小さな小指と大きな小指ががっちりと握手をする。 「♪ゆびきりげんまん、嘘ついたら針千本のーます!」 ---------- ----幼い頃の大切な約束。 あれからアンジェリークの夢は変わっていない。 幼稚園を卒園する時の夢カードには、「アリオスのお嫁さんになりたい」と書いていたし、七夕の短冊にも同じような事を毎年書いていた。極めつけは、多くのクラスメイトの記念に残る卒業文集にまで、小中学校揃って、「アリオスのお嫁さんになる」と書いたことだ。これには誰もが呆れていたが、アンジェリークは真剣だった。 そしてあれからちゃんと干支が一回りし、アンジェリークはアリオスの横にいる。 生まれてからずっと持っている夢も叶おうとしている。 アリオスがアンジェリークが夢見るような家を建て、同時にプロポーズをしてくれた。夢がリアルになっていく。 アリオスが経営する美容室の端にちょこんと座り、大好きなひとの手が空くのを待っている。 アンジェリークは今日、結婚式前の総仕上げの髪と顔のエストに来ていた。それだけでもわくわくしてしまう。 「アンジェちゃん、髪伸びたよね。これでいつでも準備万端だね」 アリオスを最高の形でいつもサポートするセイランが、仕事の合間に声をかけてきた。 「うん。もうアップ出来るよ。綺麗な形でね。小まめにアリオスに切り揃えて貰っているから、上手く伸びたみたい」 「アリオスもアンジェちゃんの髪を自分以外に触らせないからね。シャンプーから自分でやるんだから」 セイランは苦笑しながらアンジェリークの髪を見つめてくる。かなりの美丈夫であるセイランに見つめられても、アンジェリークはときめくことはない。生まれた時から、ときめきは総てたったひとりのひとに向いているから。 「特権です」 「そうだね。結婚前の最後のおめかし。しっかりね」 「はい」 扉が開いて、アリオスが颯爽とやってくる。アンジェリークの興奮も頂点だ。 「アンジェリーク待たせたな。セイラン、とっとと仕事に戻りやがれ」 「はい、はい。じゃあアンジェちゃん、またね」 「また…」 アンジェリークはセイランに軽く手を振った後、鏡ごしのアリオスにニッコリと微笑んだ。 「今日はヘアエステとフェイシャル、それにシェービングだな」 「うん! 宜しくお願いします! カリスマ美容師アリオスを独占出来るチャンスだものね!」 「言ってろ」 アリオスが困ったように笑うと、アンジェリークは子供の頃と同じように満面の笑みを浮かべた。 アリオスの繊細な指が、アンジェリークの髪をさらりと通す。すんなりと指通りが良いのは、いつもアリオスがメンテナンスをしてくれるからだ。 「最近、忙しいからな。今日はゆっくりしろよ」 アリオスは冷たい指先で、アンジェリークの目の下、丁度くまが出来ている部分をなぞる。その動きは官能に満ちていて、ふたりきりの時間を想い起こさせた。躰がきゅんと音を立てて、アリオスを求めた。 「うん。ありがとう」 綺麗に髪をといてくれた後、まとめ易いようにと、僅かにハサミをいれる。 一度だけ反抗をしてアリオス以外の美容師にかかったことがあるが、結果はカミナリ様で散々だった。アリオスが美容師になってからずっと髪を触って貰っているから、アンジェリークの髪も識り尽くしてくれていて安心だ。 それに鏡を介して見るアリオスの素敵さと言えば、半端じゃないぐらいだ。本当に暴れ出してしまいたいぐらいに素敵なのだ。 花婿髪を結いやすいように髪をカットしてくれた後、アリオスはミストを使ったヘアパックをしてくれる。 それだけでツヤツヤな髪になり、お姫様になった気分になる。アリオスは女の子が綺麗になる魔法を持っている。 アロマポットを使って心地良い香りを演出してくれたので、心身ともにリラックスした。 髪の後は、フェイシャルエステ。アリオスが準備をしたところで、内線が鳴った。 「待っていろよ」 「うん」 返事をしつつも、何故だか嫌な予感がする。そういった時には、大概予感は当たるものなのだ。 「すまねぇ、アンジェ。急に仕事が入った。また今度だ」 アリオスが告げた事実は、アンジェリークにとっては切ない気分にさせるものだった。 「じゃあこの後の、出来上がったドレスの試着も行けないの?」 「ああ」 キッパリと告げられて、アンジェリークは泣きそうな気分になる。 折角アリオスに見てもらいたかったのに、それが叶わないなんて酷すぎる。 「本番と同じメイクとヘアスタイルにするっていうのは…」 「延期だ」 アリオスはキッパリ過ぎるぐらいに言い、とりつくしまなどなかった。諦めるしかない。 「…解った。まだ時間あるし、エステ、アリオス以外のひとでもいいよ」 「おまえの肌を触るのは俺だけだ。他のやつに触らせるかよ」 冷えていた気分が温かなものになる。アンジェリークは素直に頷いて、アリオスに従った。 ぶらぶらウィンドウショッピングをして時間を潰した後、アンジェリークは人気有名デザイナーオリヴィエのマリエサロンに向かった。 以前イメージモデルを務めていたお陰で、格安でオーダーメイドのウェディングドレスを作ってくれたのだ。 「何!? アリオスが仕事で来なかったの!? ったくどこまでバカなんだか。折角、マリエとヘアメイクの具合を見ようかと思っていたのに。ったく、乙女心を全く理解していないわよね!」 オリヴィエが直ぐに同情してくれたので、アンジェリークは嬉しくなる。やっぱりアリオスが悪いよねと、自分の気持ちを肯定出来た。 「アリオスのタキシードはどうしましょうか? オリヴィエさん」 「あんなの当日でもどうにかなるって! だけどマリエだけはどうにもならないのよねぇ」 オリヴィエはしみじみと言うと、値踏みをするようにアンジェリークを見つめた。 「痩せた? アンジェちゃん」 「えっ!? 忙しくてちょっとだけ痩せたけれど…、そんなことオリビエさんは解るの!?」 ほんの僅かな変化だと言うのに、オリヴィエの目敏さにアンジェリークは驚いた。 「そりゃあ本職だもんね。アンジェちゃん、うちの女性スタッフが手伝うからさ、奥のフィッティングルームで着替えてきてくれるかな?」 「はい!」 アンジェリークがそっとフィッティングルームに入ると、息を呑む。 キラキラと透き通るアンジェリークのマリエが、マネキンにきせられていた。 アンジェリークをイメージしたマリエは、ベールが途中で天使の羽根のようになっている。首から肩にかけてはオフショルダーになっているものの、非常に上品に見える。袖はふんわりとしたオーガンジーで、脚を強調するかのようにミニスカートになっている。 これを着て、アリオスの妻になるのだ。小さい頃から念願の夢が叶うのだ。 「どうぞ着てみて下さい。お手伝いさせて頂きますからね」 「有り難うございます」 アンジェリークは畏敬の念を抱きながら、マリエを震える手で触れた。 ひんやりとした柔らかな肌触りのマリエの袖に通すと、いやがおうなく気持ちが高まってくる。 この最初の瞬間をアリオスに見てもらいたかった。こんなに好きだという気持ちを、解ってもらいたかった。 なのに傍らにアリオスはいない。 その上、本番さながらのメイクすらも出来ないのだ。 それだけで哀しい気分になってしまい、とうとうアンジェリークは泣き出してしまった。 「…アンジェリークさん!? どうかされましたか?」 アリオスに初のマリエ姿を見て貰えない。それが哀しくて、アンジェリークはただ肩を震わせて泣いた。 結局、上手く落ち着く事が出来なくて、アンジェリークは打ち合わせを切り上げなければならなくなった。 そのまま家に戻ると、ただぼんやりとベッドに倒れ込んで宙を見ていた。 こんなことで結婚が出来るのだろうか。そんな不安の中で、アンジェリークは悶々と時間を過ごしていた。 どれぐらいそうしていたかは解らない。 アンジェリークはずっとベッドで沈みこんだままだ。 これが俗に言うところの”マリッジブルー”なのだろうか。 アンジェリークは鼻をすすり上げながら、訳もなく泣いていた。 突如、派手な階段を昇る音がしたかと思うと、イキナリ部屋のドアを開かれた。 「ア、アリオス!?」 アリオスは顔を見せるなり、眉間にシワを寄せている。怒っているのは明らかだった。 取り乱してオリヴィエを困らせてしまったから、当然といえば当然なのだが。 「行くぞ」 「い、行くぞって…」 アンジェリークが返事をし終わる前に、アリオスに抱き上げられ、肩から担がれる。 「ア、アリオスっ!?」 アンジェリークがうろたえてもアリオスはどこ吹く風で、スタスタと階段を下りていく。いつものように強引だ。 「お邪魔しました」 アリオスはまるで荷物でも運び出すように、アンジェリークの両親に挨拶をした。 「ちょっ! どこに! 俺の家。まぁ、半分はおまえの家でもあるけれどな」 「アリオスっ!?」 いくら抵抗しても、アンジェリークの両親は爽やかに見送る。 いつもに増して強引なアリオスの振る舞いに、アンジェリークは仕方がなく車に乗った。 「今日のやり直しをしようぜ?」 「やり直し?」 「ああ。今夜はブライダルエステをして、明日、時間を作ったからマリエとタキシードの試着をしようぜ? それで構わねぇか?」 アリオスの申し出のうれしさに、自分の我が儘さ改めて思い知らされる。アンジェリークは上目遣いでアリオスを見た。 「いいの?」 アンジェリークは婚約者が用意してくれたささやかに甘い贖罪に、思わず瞳を潤ませてしまう。 「ああ。おまえをこんな気分にさせたのは、俺だからな。当然」 髪をくしゃりと撫でられて、胸の奥の大切な部分がきゅうんと音を立てたような気がした。それほど胸一杯にさせられる、アリオスの罪の償い方だった。 「うちに行ってしっかりとエステをしようぜ。式の準備、おまえに任せっきりだったからな、たっぷりサービスしてやるぜ」 「うん! 有り難う!!」 先ほど泣いていたカラスはどこにやら。アンジェリークはアリオスにしっかりと抱きついて甘えると、何度も耳元で感謝の言葉をつぶやいた。 アリオスとの愛の巣に乗り込み、リクライニングチェアーに座って、アロマエステを受ける。 マリッジブルーなんて、恋人の甘い愛があれば乗り切っていけることを、アンジェリークは改めて実感した。 心地よい気分に浸りながら、アンジェリークはいつしか眠りに落ち、よき日の夢を見ていた------ |
コメント 310000HITを踏んで下さいましたゆうこ様のリクエスト。 「(I LONG TO BE)CLOSE TO YOU」の設定で、 幼なじみなふたりの結婚です。 アリオス美容師×アンジェです。 サイトのあらゆるところに二人は出張っておりますので、 忘れられた方はまたお読み下さいませ(笑) 後1回おつきあい下さいませ。 |