Lay Your Hands On Me

〜異間人館夏休み特別企画〜


  朝日が昇りきった後、ふたりは、泉に向かって歩いていた。
 昨日訪れたときとは違い、もうそこには、不穏な”悪魔臭さ”など少しも残ってはいない。
 朝の張りつめた空気が、二人を優しく包み込んでくれている。
 こんなに、清々しい空気を吸ったのはいつだったのか。アリオスはそんなことすらも思い出せないほどの、澄み渡ったものだった。
 昨夜、悪魔退治に行ったときには、あれほど時間がかかったというのに、今回は10分の徒歩で済んでしまった。
「こんなに近かったのかよ」
「ええ」
 泉に近付くと、そこからは、清々しい音が流れていた。
 ずっと聞くことが出来なかった、泉の湧き出すあのせせらぎの音だ。
 音が聞こえるなり、アンジェリークはもういても立ってもいられなかった。
「泉が、アリオス様、枯れたはずの泉が!!」
「ああ。行ってみよう」
「はいっ!」
 悪い足を引きずりながら、アンジェリークは先に急ぐ。
 森の木々からは溢れんばかりの光が満ち溢れ、鳥たちが囁いていた。
「あれを!」
 小さな森を抜けたそこに待っていたのは、泉だった。
 昨日、アリオスが黒い騎士と対峙したときとは、全く姿を変えていた。
「こうだったのか…」
「…戻ったんだ…」
 アンジェリークは感極まると、今にも泣きそうになっている。
 その大きく澄んだ紺碧の瞳は、感動に美しい涙で曇らせていた。
「   元に戻ってくれて、有り難う…!」
 記憶の中と同じく、泉は、とても清らかで、水をわき出している。
「アリオス様…。あなたのお陰です。どうも有り難うございました!!」
 少女は深々と頭を垂れると、なかなか顔を上げてはこなかった。足元を見ると。そこには、泉と同じく、熱い涙がいっぱいにこぼれ落ちている。
「アンジェリーク…。おまえが頑張ったから、この泉は元に戻ったんだ…。ほら、顔を上げろよ」
「はい」
 アリオスに何度か頭を軽くたたかれて、アンジェリークはようやくその顔を上げた。
「泉は、最初におまえに水を飲んでもらいてえみたいだぜ?飲んでやれよ?」
「はい」
 彼に、溢れる涙を拭って貰った後、彼女は何度も頷きながら泉に近付いた。
 その冷たくて聖なる泉の水を手で掬って飲んでみた。「あ、ああ」
 躰の奥底から力が漲ってくるような気がする。同時に、足が軽くなったような気がした。
 恐る恐る、アンジェリークは足を踏み出してみる。一歩、そして一歩と。
 歩いても引きずることなく、痛みも全く伴わない。
「アリオス様…! 私、もう痛くないです!!」
「ホントか!!」
 アリオスは嬉しいあまりに、、アンジェリークの華奢な躰を抱き上げて、ぐるぐると回す。
 アンジェリークも幸せすぎて、本当にはち切れんばかりの愛らしい笑顔を浮かべた。
「よく頑張りましたね、アンジェリーク」
 その声に、アンジェリークは嬉しそうに反応する。
「マザー・アンジェリーク!!」
 折しも彼女と全く同じ名前を持つマザー   修道女が、穏やかな微笑みを讃えて立っていた。
「あなたの頑張りもたいしたものでしたが。アリオスさん、あなたのお陰でこの地は救われました」
「アンジェリークが頑張ったからな。聖堂の天窓を派手に壊しちまったのは、すまねえ」
 アリオスは急に笑顔を引っ込め、またいつものようなクールなポーカーフェイスに戻っていた。
「この教会は、修復をしまして、元に戻しますから、安心なさって下さいませ。これで、民も、この泉を利用することが出来ます。
   泉は、あなたに奇跡を下さったようですね、アンジェリーク」
「はい、マザー!」
 アンジェリークはアリオスを見た後に、マザーアンジェリークにしっかりと頷いて見せた。
「アリオス様、今回は有り難うございました。報酬は銀行に振り込んでおきましたから」
「ああ」
 アリオスは一瞬、アンジェリークを見つめた後、その聖なる姿を記憶に止めるかのように、目を閉じた。
(おまえは、清らかな聖女様だ。俺なんか悪魔の血を引くものに似つかわしくない…)アリオス様?」
 彼は何も言わずに、静かに泉から立ち去っていく。
(アリオス様…!)
 いつかそうなるとは予想はついていた。しかし、あまりにも突然の別れに、アンジェリークは胸が切り裂かれるように、痛みを感じる。今までで、一番心が痛い。
 朝靄の中消えていくアリオスを見送ることしか出来ない自分に、泣きたくてしょうがなかった。
 魂ごと彼に持って行かれてしまった。
「   アンジェリーク…」
「はい、マザー」
 泣きそうに返事をする彼女の頬を、マザーはゆっくりとなでつける。
「あなたのすべきことは終わりました…。自分の心に正直にお生きなさい…。幸い、あなたは、誓願を立てていないのですから、そのヴェールを取って、彼を追いかけるのです」
(マザー   )
 アンジェリークはしっかりと頷くと、泣き笑いの表情をマザーに向ける。
 そして、静かに彼女は修道女のシンボルであるヴェールを取った。
「お世話になりました」
 深々に礼をすると、彼女はヴェールをマザーに今、返す。
「幸せになりなさい」
「はいっ!」
 精一杯アンジェリークは返事をすると、振り返り、アリオス後を追いかけていく。その心には何の迷いもなかった。
「アリオス様!!」
 愛らしくも元気の良い声が聞こえ、アリオスは一瞬立ち止まり耳を疑う。だが、段々大きくなるその声に、彼は確信を感じた。
「アリオス様!!」
 勢いよくかけてきた、ヴェールをしていないアンジェリークが、今、その胸に飛び込んでくる。彼は、しっかりとアンジェリークを捕まえた。
「アンジェリーク…」
「アリオス様。私を一緒に連れて行って下さい」
 今までで一番意志の感じられる、力強い言葉だった。
「おまえ、修道女には…」
「アリオス様の側にいることの方が大事です!!」
 アリオスの心に喜びがこみ上げてくる。
「本当にかまわねえんだな?」
「はい!!」
 何の後悔もない返事だ。
 アリオスはフッと微笑むと、腕の中に来てくれた温かな天使を、今一度抱きしめる。
「今日からおまえは俺の相棒だ。最強のな?」
 太陽はより力を増して、二人を祝福するかのように、照りつける。
 悪魔と天使   
 それゆえに、二人が最強のデビルハンターと呼ばれるのは、また次のお話である。


     THE END
 




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