〜Rightthings Where You Left It.〜
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かつてエンジュは子供だった。 極めてカントリーな地元に育ち、大騒動を起こしては、飽海を轟かせていた。 とびきりご機嫌で痛快な日々。それを彩るには、腐れ縁だと言うか、幼なじみたちの存在が不可欠だった。 牧歌的で刺激の多い毎日は、いつも笑っていたような気がする。大声を出して、どうしようもないぐらいに。 日々を額縁のようにして素晴らしくしていたのは、どうしようもないぐらいにしょうもないワルイコトを教えてくれた、10も年上のレオナード。 彼が追い掛けてくれることが何よりも愉しくて、いつも走り回っていた。 例えば、どうしようもないぐらいに雲が鈍色に重たく広がった、ドラマティックな雨の日には。 烈しい雨の粒が当たっても、全然痛くない。エンジュには全く関係のないことだ。 「オィ、んな所で走り回っていたら風邪を低くだろうが!」 「いいもん! 気持ちが良いから。だって私はもう10歳よ! レオナードのお嫁さんになれるまであと僅かだわ! 結婚しようよ!」 エンジュは既に大学生であるレオナードを捕まえて、背伸びをしたプロポーズをする。もう運命は決まっている。レオナードと結婚をしておもしろおかしく暮らすのだ。 鉛色の空には美し過ぎるぐらいの光が瞬き、エンジュを魅了する。 「綺麗…」 「ったく! 何見とれていやがる。雷が落ちちまうぞ!」 レオナードに手を強引に引かれた瞬間、ふたりの目の前の砂地に、見事な雷が落ちた。 「きゃあっ!」 余りに大きな音とまばゆい光に、エンジュは悲鳴を上げる。恐ろしさというよりは、驚愕の悲鳴に近かった。 「ほら、言わんこっちゃねえ!」 レオナードの叱責などは気にせずに、エンジュは雷が落ちた砂の上に意識を集中させられる。 「…レオナード、ほら見て、凄く綺麗…」 「あ?」 レオナードも何だとばかりに覗き込んでくる。 雷の熱で砂が溶け、硝子に似た物を形成している。自然の贈り物はなんて神秘的なんだろうかとエンジュは思った。 形も人間では形成できない不思議が満ちている。 「雷が落ちて出来たんだな」 「知ってるの?」 「自然の神秘だ」 「私たちの記念になるわ」 エンジュは立ち上がると幸せを瞳に力強く映して笑う。 「ナァ、どうして俺様と結婚してえんだよ?」 レオナードに見つめられながら、頬に付いた雫を親指で拭われる。 素敵でロマンティックだと思った。 「何時でもキス出来るから」 たっぷりと甘い感情を言葉に乗せ、エンジュはレオナードに抱き着く。まるで子猫が人間にキスをねだるように。 もうレオナードは充分に大人。それはよく解っているが、エンジュも一端の大人の女気取りでキスをねだった。 触れるだけのキスをレオナードがくれる。 少し冷えた唇が重なる。 ロマンス映画のようなシーンが繰り広げられたと思った途端に、雷がふたりを貫いた、 はっとして、エンジュは目を覚ました。ゆっくりと目を開けると、徐々に現実が見えてくる。 顔を上げて、鏡に映る今の自分を見ると、もうおさげの女の子なんかじゃない。成功した立派な女だ。 「エンジュ、おはよう!」 目の前に映ったのは栗色の髪が自慢の愛らしいアンジェリークだ。ケータリング会社を小さいながらも立ち上げ、一生懸命やっている。 「やだ、私、寝てた?」 「うん、少しだけどね。みんな、頑張って最後の追い込みをしているわ」 アンジェリークの笑顔の向こうを見ると、エンジュのスタッフ達が猛ピッチで服を縫い上げていっている。 「次のコレクションも成功かな? 凄く可愛いし」 アンジェリークはうきうきしながら、縫い上げてマネキンに着せられている服を見てくれている。こういった楽しそうな顔をするアンジェリークを見るのは、こちらまで幸せな気分になった。 スタッフが次々に縫い上げていく服を見ると、喜びと満足が込み上げる。いよいよ五日後にはコレクションが始まるのだ。 故郷を出て行き、お針子から始めたデザイナー人生。 五年でようやくここまでたどり着くことが出来た。デザイナーとして一本立ちをし、コレクションを開けるというのは、感慨深いものがあった。 ここまでたった一人で頑張った。 自分自身で立っている。 その達成感が、エンジュには嬉しかった。 成功も手にした。 そして、素敵な恋愛も。 欲しい物を一生懸命がむしゃらに頑張ってようやく手に入れたのだ。 達成感の余りにアドレナリンが漲っていた。 携帯電話が鳴る。 着信で恋人のものであると、直ぐに解った。 「フランシス! 大好きよ」 愛を込めて電話に出ると、受話器の向こうから忍び笑いが洩れた。 「おはよう、レディ、ごきげんよう。私も愛していますよ、エンジュ」 「私も」 他愛のない恋人同士のイタズラな愛の囁き合いの後、ようやく本題に入る。 「今夜、母の慈善パーティーがあるのですが、レディもご一緒にお越し下さいませんか?」 何時ものように穏やかで安堵する声。記憶にみっちりとこびりついているアイツとは全然違う。 エンジュはどうしてあの男のことを思い出したのかと心苦しく想いながら、貴族的洗練を感じるフランシスの声を聞いていた。 「レディ、聞いていますか?」 「大丈夫、ちゃんと聞いているわ。解ったわ、今夜ね」 フランシスの声に慌てて取り繕いながら、笑顔で答えた。 「ええ。お迎えを出しますから」 「ありがと、じゃあね!」 エンジュが電話を切ると、アンジェリークが綿菓子を食べている子供のような表情をして、駆け寄ってくる。 「いよいよプロポーズかしら?」 「まさか! 付き合ってまだ半年だし、プラトニックだし!」 「私だってプラトニックのまま、言い名付けと婚約しているわよ」 「それとこれとは…」 エンジュは言葉を濁す。清らかなアンジェリークには悪いが、エンジュは実の所、セックスの経験はある。ただしした時はとても素敵な 気分になったが、後で散々だった。 それ以来、踏み込んだ付き合いが出来ないでいる。 「でもエンジュはシンデレラそのものかな? デザイナーとしてのサクセスは勿論のこと、市長の息子で精神科医のフランシスさんをゲットしちゃうんだから! 私、見ていてとても嬉しい。ロマンス小説も真っ青じゃない!」 アンジェリークは屈託無く、愉しげに興奮しながら話してくれている。 「有り難いアンジェ。幸せよ、私」 声に出して話してみて、エンジュはどこか空々しいような気がした。どうしてそう想えるのかが、解らない。だが喉の奥に何かが引っ掛かっているような気がした。 仕事を早めに切り上げて、エンジュはフォーマルなお洒落をして、フランシスの迎えを待つ。 輝いている。 幸せだ。 自分でもそう感じているのに、何かが満たされない。理由なんか知らない。 歩道で待っていると、いつものように、運転手付きの黒塗りインターンコンチネンタルがやってくる。 「お待たせ致しましたエンジュ様。フランシス様は少しばかり遅れられるそうです」 「そう。有り難う」 運転手に軽く挨拶をした後、後部座席に乗り込んだ。 こんな生活、故郷にいたままでは経験出来なかっただろう。勇気を出して都会に出て来て良かった。 夜景を愉しみながら車に揺られていると、車が静かに止まる。 「今日のパーティーはこちらなの?」 「はい。こちらでフランシス様がお待ちです」 「有り難う」 車から降りると、初老の男性が「ようこそ、エンジュ様」と出迎えてくれる。 彼に導かれて、裏口らしい鉄の扉から中に入っていく。そこには、タキシード姿のフランシスが待ち構えていた。 「ようこそ、レディ」 眼差しに滲んだ笑顔がとても素敵だ。エンジュはとろけるような笑みを返すと、フランシスと腕を組んで先に進む。 「今日のパーティー会場はこちらなの?」 「レディには煌めく想いをプレゼントをしていたいのです」 「煌めき?」 「こちらへ、レディ」 フランシスは含み笑いを浮かべると、更に扉の奥に導いてくれる。 扉の先は暗い部屋だったが、遠くから外の明かりが映し出され、幻想的な雰囲気を醸し出している。 人影が映っている以外は、どこか解らない。 エンジュは、フランシスにここはどこなのだと眼差しで問い掛けると、彼は合図を送った。 その途端、部屋全体にライトがつき、ここがどこであるかを悟る。 高級宝石店だ。 それも誰もが知っている宝石店だ。 人影はフォーマルなスーツを着込んだ店員たちが、リングを差し出して待ち構えている。 「フランシス!」 余りにもロマンティックな演出に、エンジュは言葉にならない。感動し過ぎて、上手く話せなかった。 「エンジュ、レディ」 フランシスはエンジュの手を取ると、揺れる眼差しで見つめてくる。 「何度断られても、あなたにプロポーズするつもりです」 フランシスは突然ひざまづくと、手の甲にキスをした。 「結婚してください、レディ、エンジュ」 エンジュは感動で心臓が競り上がるような気がする。 だが、脳裏でどこかうろたえている自分がいた。 「あ、あの、私なんかでいいの?」 「レディでなければダメですよ」 フランシスの笑顔を見ているだけで、総てを包み込んでくれるような気がする。断る理由がどこにあるのだというのだろうか。 「何度でも、あなたに縋ってプロポーズしますよ。エンジュ」 「解ったわ。するわ、喜んで!」 返事をすると、フランシスはエンジュを抱き上げて一回転してくれた。 「さあ、婚約指輪を選んで」 フランシスに頷くと、エンジュはとびきり可愛いくまばゆいリングを選んだ。 指輪を薬指にはめた後、車に乗り込み、ふたりはパーティーに向かう。 「ご両親に婚約の報告をしないと」 フランシスが携帯電話を取り出したところで、エンジュは慌てて止める。 「待って! 両親には私から報告するから!」 エンジュは焦って肩で息をする。 「どうして?」 「いいから! 5年も帰ってないでしょ! その…、先に説得をしたいって思っているのよ…」 「そう、だったら仕方がありませんね…」 フランシスは溜め息をつくと、納得してくれる。 けりをつけなければ。 エンジュは心の中で思った。 車が静かにパーティー会場に滑り止まる。 フランシスにエスコートされ、赤絨毯の上に立つ。 カメラのフラッシュが一斉に焚かれる。 「あー!」 記者のひとりから大声を上げた。 「エンジュさん! 特別の指にはまっているリングはエンゲージリングですか!?」 思い切り写真に撮られ、エンジュは翌日のゴシップ誌を飾ることになってしまった。 コレクションの当日、エンジュは極めて緊張した状態だった。 「エンジュ、素晴らしいショーのようだね」 「セイランさんっ!」 エンジュのデザイナーの師匠であるセイランが、陣中見舞に訪れてくれる。 「ありがとうございます。ライバルになっちゃうかも!」 「それは光栄かな」 セイランが訪ねてきてくれた嬉しさよりも、エンジュは明日から訪れるだろう、複雑怪奇な日々を思った。 緊張で顔が引き攣る。 ショーが終われば、過去にけりを付けに行かなければならない。 翌日、エンジュは田舎に向かって車を走らせていた。 けりを付けなければならない。 今まで放っておいた以上はしょうがない。 エンジュは実家ではなく、懐かしく惨めな思い出が詰まっている、かつてのスウィートホームに出向く。 車を停めて、降りると、目を細めた。 ここは全く変わっていない。 成長のない風景。 「レオナード、いるの?」 エンジュは名前を呼びながら中に入る。法律では夫である男の名前を叫びながら。 |
| コメント レオエン単独の初パラレルです。 愉しんで下さると嬉しいです〜。 コメディで〜す。 |