Blue Bird〜Home Sweet Home〜

〜Rightthings Where You Left It.〜


 全くあんな男は、願い下げ!
 エンジュは頭に血が昇ってくるのを感じる。
 だが。家に帰って家族に顔を見せろという、レオナードのひとことがいつまで経っても頭から離れず、結局、エンジュは実家に戻った。
「ママ、パパ! お茶目なエンジュちゃんが戻ってきたわ!」
 この声に、先ずは母親が反応して駆け付けてくれる。
「エンジュ! エンジュじゃないの!」
 故郷を、レオナードの元を飛び出て以来、エンジュは両親には逢っていなかった。
 手紙や電話、メール等のやり取りはあったのだが、それだけで、こちらが北東部に招待しても、両親が積極的に応じることはなかった。
「ああ、もっと顔を見せて! あなたの優先順位は昔から同じね! レオナードの次が私たちなんだから!」
 母親は楽しそうに笑って言ったが、エンジュは『レオナード』という言葉が気に入らなくて、少しむすっとした。
「レオナードは必要にかられて! あんな男はどうでもいいのよ。宿六なんて」
 エンジュがぶつぶつと言いたいことを言っていると、父親は不審そうに目をすっと細めた。
「レオナードはいつか成功するぞ。おまえなど見向きもしないぐらいに」
 父親は冷静な声で淡々と言うが、それがまたエンジュには気に食わない。
「あのひとのことは言わないで。紙切れだけの夫婦を今回は、解消しにやってきたんだから」
「そう…か」
 父親がいかにも残念そうにするのが、エンジュには更に気に食わなかった。
「とにかく決めたの! 今はとっても素敵な恋人がいて、私は彼と結婚したいって思っているの」
「市長さんね息子さんだったかしらねえ」
 母親も間髪入らない。
「どうして知っているの!!」
「だってあんなに報道されたら、誰だって知ることになるわよ。特にあんなにハイソサエティならば」
 エンジュは腑に落ちないような頷き方をした後、どかりと椅子に座った。
「わおっ!」
 椅子に座るなり、スプリングが良すぎて、エンジュの華奢な躰は跳ね上がった。
「何なのよ! このびっくりチェアーみたいな椅子! こんなものが一般家庭にあるなんて信じられない!」
 エンジュはまだ心臓が跳ね上がるのを感じる。深呼吸をしても治まりきることが無さそうだ。
「お母さんのクリスマスプレゼントだ」
 エンジュは溜め息をついて、脱力する。
 これが故郷なのだ。
 エンジュが暮らしていた、洗練された北東部とはかなりの違いだ。
「…パスポートがいるかも…」
 エンジュは苦々しく呟いた。

 翌日エンジュは、気をとり直して銀行に行くことにした。
 滞在の長期化は何とか避けたかったが、果たして上手くいくかがかなり不安だった。
 弁護士であるアリオスに早速電話をかける。
「アリオスさん、離婚を裁判所に持ち込んだら、どれぐらいかかるの?」
「裁判に持ち込んだら、18ヵ月は最低かかるな」
「18! こっちは18日でもかなり負担なのに! 長いのに!」
「旦那にサインをさせればスムーズに済むだろうが」
「それが早晩難しいのよ! あなたなら弁護士の敏腕で何とか出来るでしょう!」
 落ち着いているアリオスに対して、エンジュはかなり苛立っている。指を何度も鳴らして、足もステップを踏んでいた。
「きちんと誠実…ちゅうか、完全におまえさんに非はあるが…、交渉したほうが無難だ」
「だからそれは待てないのよ!」
「俺は法律クラッシャーになりたくねえ。残念だが、それしか方法はないんだからな」
 全く冷静過ぎて話にすらならない。
 エンジュは溜め息をつきたかった。
「解ったわよ、アリオスさん。フランシスが言うには、あなたが一番腕の良い弁護士様らしいから。何とかしてよ!」
 エンジュはそれだけを言うと、一方的に電話を切った。
「ったく、どいつもこいつもっ!」
 エンジュは舌打ちをして、大きく深呼吸をした。
「ちょっと! そこのお姉さん〜! 素敵! こっち向いてえな! 眉間のシワが益々エレガントやで!」
 こういった時に、ひとの感情を逆なでするような輩が、この街にはまだまだたっぷりといる。
 エンジュはこめかみをひくつかせながら、野次の主を睨みつけた。
「五月蝿いわね! お尻を蹴り上げるわよ!!」
 威勢よく啖呵を切った後、野次の主を見るなり唖然とする。
「チャーリー! チャーリーじゃないの!」
「久し振りやなあ! エンジュ!」
 エンジュは懐かしい仲間であるチャーリーに飛び付き、友好を温めあう。
「チャーリー! 久し振り!」
「活躍は聞いとるで。すげえな、今度フランシスと結婚するなんてなあ。あの優男は俺も知っとるで!」
「チャーリーのお家は、南部いちの名門企業だもの!」
 ふたりは、再会を喜びあい、何度となく手を握り合う。
「しかし、立派になったもんやなあ。こっちは長くおんの? 休暇か?」
「いえ。ちょっとばかりやんごとなき用があるのよ」
 エンジュが解るでしょ? とちらりと見ると、チャーリーはそれで理解した。
「レオか?」
「まあ、そういうこと。このままじゃ、私、重婚になっちゃう」
「そうだな」
 ふたりは、少し湿り気のある空気を霧散させるように、ニッコリと笑いあう。
「これから何処へ行くんや? 」
「銀行よ!」
 その場所を言うなり、チャーリーはぎくりとした顔になる。
「やばいわ! また猫ごと銀行を爆破されちゃ、たまんわ!」
「ちょっと! もういつの話なのよ!」
 あたふたと逃げだしていくチャーリーを、エンジュは笑いながら見送った後、銀行に入った。
「すみません、ここにはキャッシュディスペンサーはないの?」
「お客様とのふれあいを大切にしているので、うちにはないんですよ」
 聞き慣れた声のような気がして顔を上げると。
「ネネじゃないの!」
「エンジュ! 帰ってきていたのね!」
 ふたりはカウンターごしで抱き合い、しばしの再会の余韻を楽しむ。
「ネネ、お金を下ろしたいんだけれど」
「えっと、あなたの口座? それとも共有口座?」
「共有口座?」
 エンジュは訳が解らなくて、眉根を寄せる。
「何言ってるの? レオナードと結婚した時に、夫婦共同口座を作ったでしょう?」
 そういえば、そんなこともあったかもしれない。
 エンジュはセピア色に染まった記憶を掘り起こしてみる。
 確かに作ったはずだ。
 エンジュはニンマリと笑い、悪巧みな妙案を思い付く。こんなことを直ぐに思い付く自分が、マーベラスだと感じる。子供の頃に、イタズラばかりしていたのが、こうを相しているようだ。
「じゃあ、そこから下ろして貰える? お・か・ね」

 業者の尻を叩いたお陰で、レオナードが帰ってくるまでに、きちんと罠を仕掛けることが出来た。
「ただ…いま…」
 レオナードは妙に首を傾げながら、警戒しつつ中に入ってくる。
「おかえりなさい、ダーリン!」
 わざと可愛く素敵な笑顔を浮かべ、エンジュはエプロン姿でお出迎え。
「ご飯出来ているわよ。住みやすいように模様替えもしたし」
「あ、ああ…」
 レオナードはとても警戒し、熊のように部屋の中を歩き回っている。
「どうしたんだよ、これ!」
「住みやすくするのは、女房の務めじゃなあい」
 エンジュは甘く指先でくにくにと頬に触れて、とっておきの微笑みを浮かべた。
 レオナードは表情を強張らせたまま、キッチンに入る。
「冷蔵庫も変えたのか! マグネットはどうした! ガスレンジも変えたな!?」
 レオナードは不機嫌な声で喚き、冷蔵庫からビールを出そうとして、固まる。
「どうしたの?」
「ビールを全部ライトビールに変えたな!」
 レオナードは火を噴いたように起こったが、エンジュは平然としている。
「だって、健康の為。ライトビールはダイエット出来るわよ」
 レオナードが罵るのが聞こえたが、エンジュは平然と夕食の準備をした。
「で、全部おまえが出したんだろうから、どうしようが勝手だが」
「何を言うの、ダーリン。ふたりの口座じゃない!」
 エンジュが甘ったるい声で言うと、レオナードの顔色が蒼白になった。
「ちゃんと支払いやがれ!」
「離婚に応じてくれるなら、払ってあげるわよ!」
 エンジュは強く言い放ち、レオナードに離婚届を突き付ける。
「寄越せ! 離婚届!」
「はい」
 レオナードは奪うように離婚届とペンを手に取ると、ソファにどっかり腰を下ろす。
 真剣に離婚届を読む姿は、とても素敵に思えた。
「全く…お互いに損しちまったなァ。時間」
 柔らかく甘い笑みをレオナードが浮かべたので、エンジュは胸が激しく高まるのを感じた。
「おっと! こうしてはいられねえや」
 レオナードは時計を見るなり立ち上がると、書類を持って何処かに行く。
「この書類、俺の弁護士にも見てもらうわ。何せ南部の学がねェ男だろ? むやみやたらにサインをして、後で泣きをみたくねェんだよ」
 何時ものレオナードの意地悪な笑みに、エンジュは躍起になる。
「ちょっと! サインしなさいよっ!」
「これからおデートなんでな。お前と違っておハイソじゃねェが、こっちもおさかんなんでな」
 レオナードはウィンクをすると、家から出ていってしまった。
コメント

レオエン単独の初パラレルです。
映画「メラニーは行く!」のダブルパロです




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