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そろそろ、オスカーさんのところをでなくっちゃ・・・。 これ以上ご迷惑はかけられないもの・・・。 庭に出て、アンジェリークはぼんやりと考えごとをしていた。 「お嬢ちゃん」 ふり返ると、そこにはオスカーが立っている。 相変わらずスマートでスキのない姿だ。 「帰っていらっしゃったんですか?」 「そう。少し時間が出来てね。お嬢ちゃん、ドライブにでも行かないか?」 「ドライブ・・・」 一瞬言葉を濁す。 「気分転換になる。晩夏の海はいいぜ?」 海・・・。 その響きはアンジェリークにとってはとても魅力的な言葉だった。 最近はずっと深刻に考えていることが多く、オスカーの申し出もいいかもしれないと思う。 「・・・そうですね・・・」 ゆったりと頷くと、アンジェリークは力なく笑った。 車に乗って海に向かうと、気分はかなり上向きになった。 楽しい気分になれる。 楽しそうなアンジェリークを見ると、オスカーも少しはほっとする。 だがまだ心からの笑顔ではないことは判っている。 どこか刺があるようにオスカーには思えた。 「心から笑ってないね」 オスカーの言葉はまさに真実を突いており、アンジェリークは次の言葉が出てこなかった。 ドライブはゆったりと進んでいくが、切なさが心を覆い尽くす。 どうして笑えないか、私が一番知っているわ。 そう、隣が叔父ちゃんじゃない。 ただそれだけのこと・・・。 アンジェリークは暗くしみじみと心の中で呟くと、以降は何も言えなくなってしまった。 車がゆっくりと駐車場に停まる。 オスカーの車以外は誰も止めてはいない。 それもそのはずで、もう海の季節とは言えない時期に入っていた。 波は高くなり、人を寄せ付けなくなっている。 空は青く澄んで高くなり、夏の喧騒を忘れさせていた。 夕日が水平線に滲み始めると、大気は涼しく感じた。 「凄いわ! オスカーさん! やっぱり秋に近い夕日も素敵なものね!」 きゃっきゃっと表面上は楽しそうに走るアンジェリークを、オスカーは複雑な気分で見守っていた。 不意にアンジェリークから笑顔が消えた。 夕日に銀色の髪をはじかせながら、アンジェリークが逢いたくてたまらなかった男性がやってくる。 心が、躰が、震えて動けない。 驚いてオスカーを見ると、彼はしっかりと頷いた。 「君を養女にするにも、一応はアリオスの承諾はいると思ってね」 夕日に照らされたその男性は記憶のなかよりも更に素敵になっていた。 夏向けのモノトーンスタイルがよく似合う男性。 本当に皇子様のようにすら見える。翡翠と黄金が対をなす瞳がじっとこちらを見ていた。 その眼差しは、アリオスがひとりの大人の男だとだということを、いやがおうでもアンジェリークに意識させた。 アンジェリークもまたしっかりとアリオスを見つめる。 モノトーンがとても良く似合う男性。 銀色の髪の、翡翠と黄金の不思議な瞳を持った男性・・・。 ・・・私は、初めて”アリオス”という男性をちゃんと凝視したような気がする・・・。 「・・・綺麗になったな、アンジェ」 アリオスは低く甘さの含んだ声で、声を掛けてきた。 この一月、どれだけこの声を聞きたかったことだろうか。 アンジェリークの心に深く浸透する声。 ゆっくりと近付いてくる愛しい男性を、アンジェリークは目を逸らす事なく見つめた。 「オスカーの家の養女になるのか?」 ややあって、アンジェリークは首を横に振った。 「いいえ、養女になんかなりません!」 笑顔で答えるその声は、きっぱりとしている。 「私は誰の養女にもなりません。オスカーさんの家を出て、ひとりで生きていこうと思います。だって叔父ちゃんがそう教えてくれたから。ひとりでも強く生きていけって・・・」 アンジェリークは笑顔すら浮かべて、淡々と話す。 その姿は、今までアリオスが見たどんなアンジェリークよりも美しかった。 凛とした雰囲気を漂わせ、自分の足でしっかりと立っている雰囲気を漂わせていた。 強くなった・・・。 本当に綺麗になった・・・。 アリオスはアンジェリークから目が離せなかった。 美しく、慕うべく女性に成長したのだ。 「叔父ちゃん」 声をかけた後、アンジェリークは今までにない、爽やかで明るい笑顔をアリオスに送る。 「アリオス叔父ちゃん、今まで本当に有り難うございました!!!」 深々と挨拶をした後、アンジェリークはアリオスに背を向けて歩き出す。 瞳には大粒の涙をいっぱいに流して。 「アンジェ!!!」 アリオスは愛しいものの名を叫ぶ。 魂の奥底から呼ぶ。心にずっしりとその声が響く。 思わずアンジェリークは振り返った。 「・・・本当は・・・、本当は叔父ちゃんと一緒に暮らしたいもの・・・! だけど・・・、私・・・!!!」 アンジェリークは肩を震わせた後、そのまま歩き出そうとした。 「アンジェ・・・!!!」 次の瞬間、アリオスにしっかりと抱きすくめられていた。 力強い腕に、甘く熱いかたまりで喉を詰まらせる。 「・・・行くなっ! どこにも行くんじゃねえ!!!」 ぎゅっと力強く抱き締められ、嬉しさの余りに涙が溢れる。 「叔父ちゃん、嫌っちゃいない? あんな酷いことして・・・」 「おまえを嫌うわけねえ」 アリオスは抱き締めることで、アンジェリークにその思いを伝える。 「・・・アンジェ、一緒になって本当の家族になろう・・・」 「・・・叔父ちゃん・・・」 アンジェリークはしばらく濡れた瞳でアリオスを見つめた後、ゆっくりと頷いた。 ふたりは熱く見つめ合う。 その姿をオスカーは遠くから見つめていた。 やっぱり、俺にはふたりの間は入れない・・・。 苦笑すると、オスカーは静かにその場を去る。 その様子に気付き、アリオスはそっと心の中で呟いた。 サンキュ、オスカー・・・。 「アンジェ、黙って出て行きやがって、すげえ心配したんだからな」 いつものように怒るアリオスに、いつものようにアンジェリークは謝る。 「ごめんなさい〜!!!」 ふたりにはいつもの日常が戻ってきた。幸せでつい顔を見合わせて笑ってしまう。 「アンジェ・・・」 アリオスは頬に手を延ばすと、そのまま顔を近付けて口付ける。 初めてのキスはとても甘く、熱い気分になる。 幸せな気分に、アンジェリークは何時までも酔っていたかった。 またいつもの日常が始まる。 違ったのは、アンジェリークがアリオスの婚約者だということ。 「オスカーさんに一度お礼を言いにいかなくっちゃ」 夕食の準備をしながら、アンジェリークはしみじみに呟く。 「そうだな。オスカーのおふくろさんにもちゃんと挨拶にいって、時々は遊びに行ってやれよ」 「うん」 アリオスに素直に頷き、落ち着いたらそうしようと思う。 「今日のメシはなんだ?」 「今日はカレー!」 一瞬アリオスはぎくりとした表情をした。 「大丈夫、ニンニクは使ってないわ」 ほっとするアリオスに、アンジェリークは苦笑する。 「ウェディングドレスを縫おうって思って・・・」 煮込んでいる間、アンジェリークは美しい生地をアリオスに見せる。 「・・・それが出来る頃には、俺は立派な役者になってるかな」 「きっとそうよ」 ふたりは顔を寄せ合って、幸せに微笑む。 が、次の瞬間、焦げ臭い香りがキッチンに充満する。 「あ〜!!! カレーのナベかけっぱなしにしてた!」 アンジェリークはばたばたとコンロの前に行く。 「きゃ〜まっくろ焦げ」 ナベを覗くと無惨な姿にカレーはなっていた。 「おい! おまえはいつになったらまともな料理を作れるようになるんだよ!」 アリオスはいつもの調子で、アンジェリークを叱る。 ふたりはこの瞬間すらも幸せだと今は感じる。 アリオス…。 ふたりで一緒に頑張っていこうね? 背伸びをせずに自分の目線で見ることを教えてくれた、お互いが掛け買いがないと感じながら、ふたりは日常を過ごしていく----- |
コメント 昔懐かしい少女マンガを踏襲した物語です。 悪役スターアリオスとその姪アンジェリークのお話です。 完結しました! やっぱりアリコレっていいな〜て書いてて思いましたです〜。 |