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あなたに逢えて嬉しかった------- あなたの心を癒すことが出来て良かった------- あなたと愛し合えることが出来て良かった------- 時間に関係なく、天国からの迎えの馬車はやってくる------- 「心停止、午前1時25分!」 アルカディア緊急治療室では、深刻な声が響き渡った。 突然の病に倒れ、賢明の治療にもかかわらず、最早、命は風前の灯火である。 担当医師は賢明になって、この不運な少女を救うために、心臓マッサージを施していた。 その小さな手には、大好きで堪らないミュージシャン、”アリオス”のCDがしっかりと握り締められている。 意識を失うまで何度も繰り返し聴いていた、大好きで堪らないCDだった。 握りしめたまま意識を失い、今もそのままだ。 「アンジェ、アンジェ!! しっかりするのよ!」 「アンジェリーク!! しっかりするんだ!」 「アンジェ」 愛する家族に見守られ、声をかけられながらも、少女はもう眉一つ動かさない。 ただ、大好きなアリオスのCDだけを握りしめて。 だが-------- 力が抜けたように、ゆっくりとその手から、CDが離れ、音を立てて床に落ちた。 その瞬間、治療室には無情な沈黙が流れ、担当医師が慌てて瞳孔を調べる。 彼は悔しげに頭を振ると、切なげに目を伏せた。 「午前1時30分・・・、ご臨終です」 無気質な冷たい部屋に、大きな悲鳴がこだまする。 「アンジェっ・・・!!!」 躰を揺すっても、名前を呼んでも、17歳の少女アンジェリーク・コレットは二度と目覚めることはない。 アンジェリークは自分の心が肉体から離れていくのを感じた。 もう二度と戻れないだろう------- ゆっくりと魂はふわりと天井の高みまで上がっていく。 ごめんね、ママ・・・。哀しませちゃって。 病気でいっぱい、いっぱい迷惑をかけちゃってごめんね。 パパもお兄ちゃんも、迷惑いっぱいかけちゃったね・・・。 あなたたちの家族で生まれて嬉しかった・・・。 ずっと見守っているからね・・・。 アンジェリークは、部屋の高みから、亡骸に寄り添って悲しむ家族たちを、切ない笑顔で包み込んでいる。 不意に床が気になった。 そこには、自分が神に召されるまでしっかりと握り締めていた、大好きなミュージシャンアリオスのCDのプラスティックケースが、割れて転がっている。 大好きだったもの・・・。 本当に、大好きだったの・・・。 私が唯一愛した男性かもしれないわ・・・。 手に届かない存在になっちゃった・・・。 本当に・・・。 涙がほろりと零れ落ちると、アンジェリークは明るい優しい光を感じた。 「お迎えに参りました…。アンジェリーク。今日からあなたは天界の住人です…」 光に満ちた声に包まれて、アンジェリークはふわりと更に高みに上がる。 気がつくと、家族の元を離れて、小さな馬車に乗せられていた。 「ここは…」 「天国に向かう馬車ですよ。あなたは特別に選ばれた方だから、これに乗っていくのです」 御者は人の形はしておらず、大きな瞳に白い躰の可愛い動物だ。 「あなたの名前をなんていうの?」 「アリフォンシアです、”天使様”」 「アルフォンシア…。良い名前ね? 私の名前は”アンジェリーク”だけれど、”天使”じゃないわ」 涙を堪えながら、アンジェリークは必至に笑顔を作ろうとしている。 「あなたは天使様ですよ。選ばれたのです…」 穏やかな声をした小動物の発言に、アンジェリークは目を丸くする。 「…そんな私は、そんな資格なんかありません…。そんなことより…、家族の元に帰りたい…」 アンジェリークは馬車の窓を見つめながら、むせび泣く。 「それは出来ませんよ、天使様。あなたは神様がお選びになったのですから…」 「そんな…。天使なんかなりたくない…!! まだまだこの世でいっぱいしたいことがあったのに!!」 アンジェリークがいかに泣き叫ぼうとしても、アルフォンシアは何も答えない。 ただ淡々と馬車を先に進ませている。 アンジェリークは泣きながら、馬車の外を見つめ悲しんでいると、目の前に立派なゲートを見つける。 「天国のゲートですよ? 天使様」 「天国の…」 このゲートを超えてしまったら二度とこの世には戻れない…!!! そう思うと、胸が締め付けられて、この馬車から飛び降りたくなった。 だが、躰が思うように動かない。 「この馬車に乗ってしまったら、もう、天国以外には行けませんよ。あなたは選ばれた人なのですから」 アンジェリークの切なくも哀しい心をよそに、馬車はゲートをくぐっていってしまった------ 「天使アンジェリーク様が到着されました!」 大きな声のかけ声と共に、馬車から降ろされる。 そこは、見たこともないような、神聖で美しい宮殿の中であった。 暫く歩いている間も、アンジェリークは周りを見る余裕がまだない。 「天使様、こちらです」 目の前の立派な彫刻が施されたドアがゆっくりと開いた。 「ようこそアンジェリーク、天国へ」 そこには優しい微笑みの青年が、アンジェリークを迎え入れてくれた。 「…あなたは…」 「上級天使リュミエールです…」 「じゃあ、リュミエール様!! 私を下界に帰して!!」 思い詰めたようにアンジェリークは潤んだ瞳でリュミエールを見つめ、詰め寄る。 「あなたは今日から”天使”です。”天使”として相応しかったから、神様がお召しになったのです」 穏やかな微笑みを浮かべて、リュミエールはただ答えるだけ。 「あなたの背中にはもう羽根が生えていますよ?」 「え!?」 背中を見つめると、眩しいほどの羽根が生えているのが判る。 だが、リュミエールに比べるとまだまだ立派にはほど遠い、小さな羽根だ。 「こんな羽根なんかいらない〜!! 家族の側にいたい〜!!!! みんなの側にいたい〜!!! アリオスの音楽を聴きたい〜!!!!」 アンジェリークはそのまま床につっぷすと、大きな声を上げて、わんわんと泣き始めた------ 「アンジェリーク、リュミエール様がお呼びですよ?」 「はい」 天使としての修行を始めて1週間、アンジェリークは泣きながら日々を過ごしながらも、なんとか過ごしている。 教育係に言われて、ぽてぽてとアンジェリークはリュミエールの執務室に向かった。 「リュミエール様、アンジェリークです」 「待っていました、アンジェリーク。さあ、お入りなさい」 「はい」 優しいリュミエールの微笑みに、アンジェリークは萎縮した表情をなんとか引っ込める。 執務室に入ると、リュミエールは背筋を伸ばして、アンジェリークを見つめた。 「アンジェリーク、一度しか言いませんので、しっかり聴いてください」 「はい」 室内に緊張した空気が漂う。 「あなたに初仕事です…。夏の間、下界におりて、一人の男性の心を救って戻ってきてください。 その男性は、世界中の人々に、愛と感動と勇気を与えることが出来る男性です」 リュミエールは横にあるボタンを押して、部屋にスクリーンを出す。 映し出された映像に、アンジェリークは息を飲んだ。 大好きでたまらなかった、あの男性だ------ 「彼の名は、アリオス。ミュージシャンです」 リュミエールは、真っ直ぐに射るような眼差しをアンジェリークに向ける。 「あなたが下界にいる間、縁のある男性のようですからね。あなたにこのお仕事をさせるのが一番だという結論に達したんです」 再び、アリオスに------- 家族のみんなにも会える------- アンジェリークはそのまま羽根が広げて飛びたくなる。 羽根が喜びに輝いている。 「--------はいっ!!!」 アンジェリークは大きく返事をすると、天国に来て、始めて瞳を輝かせた------- |
| コメント 「愛の劇場」の新しいシリーズです。 今回は、天使と男の恋愛物語。 今までとは少し毛色の違う物語です。 切ないアンジェリークとアリオスのシーンを展開していきます。 宜しく御願いします〜。 |