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「アンジェ・・・、あなたの大好きな方が来て下さいましたよ」 優しく写真に問い掛ける母親を見ると、どうも切なくなる。 このアンジェリークは亡くなっているのだから、アリオスの知る天使のような少女とは違うはずだ。 当然考え付くことではあるが、それがまたどこか引っ掛かっていた。 同じ容姿と名前の少女が屈託なく笑っているのを見ると、アリオスは心の一番美しい場所に住んでいる天使アンジェリークのことを思い出さずにはいられない。 あいつもああやって、明るく笑った時があったんだろうか…。 アリオスは写真を見ると、更にやるせない気分になっていった。 「あの子は本当に、アリオスさんが大好きで、死の直前までCDを握り締めていて離さなかったんですよ」 しみじみと母は言った後、部屋に案内してくれた。 そこは17の少女らしい部屋で、とても綺麗にされている。 「いつでも帰って来られるようにしているんですよ…。て、私の我が儘なんですけれどね」 不意に机の上に置いてあるチケットが目に入りはっとする。 それはアリオスが少女に送ったものだ。 「凄く行きたがったんですが、発病してしまいまして、人込みに行くと死ぬ危険がありましたから・・・」 「はい・・・」 チケットに込められた小さな夢。 亡くなったアリスといい、この少女といい、余りにもの純粋な心に言葉が出なかった。 ふたりとも、こんな俺を純粋に慕ってくれる…。 アンジェリークもまた俺に無償の光で支えてくれる…。 切なさと喜びが交互にきて苦しかった。 お茶などをごちそうになり、少女のことを色々と話す。 純粋な少女の心に触れ、アリオスは自身の天使を思い出す。 同じ心根を持った純粋な少女という点が共通している。 「いつものように玄関を開けて、元気に帰って来るような気がするんです・・・」 母親の亡くなった娘を思う気持ちを感じとり、アリオスもまた純粋になれるような気がした。 アンジェリークは、アリオスがミニライウ゛ツアーをしているのを知らず、毎朝、公園のベンチに向かっていた。 アリオスに逢えない。 やはり、自分のことを嫌ってしまったのではないかと、思わずにはいられなかった。 アリオスがいなくなって三日後には、アイドルのエンジュの姿を見かけるようになる。 台本を持っては、例のベンチで一生懸命覚えている。 彼女もアリオスのことが好きなんだ・・・。 自分は夏の終わりには消えてしまう。 だがエンジュはずっとアリオスのそばにいられる。 そんなことを考えると、切なくも苦しくもなった。 足のほうは日にち薬となり、随分と良くなって、今やスムーズに歩くことが出来る。 アリオスに逢えることを胸に、アンジェリークは毎朝通い続けていた。 地方ツアーの最終日、アリオスはたまたま前を通った宝石店のディスプレイに魅せられて中に入っていく。 たまごに羽根がついたデザインの純銀製のペンダント。 アリオスはそれを衝動的に買い求めた。 余りにもアンジェリークのイメージにぴったりとはまってしまったから。 天使にこのペンダントを渡して、ちゃんと謝罪をしたい。 アリオスは心の奥底からそう思っていた。 ふたりがようやく逢える日、ベンチにはひとりの客が来ていた。 「エンジュ・・・」 「アリオスさん、待っていました」 明るいエンジュの姿に目をすがめる。 アンジェリークと同じような清らかさと強さを持ってはいるが、アリオスはどこかアンジェリークとは違う決定的な何かを感じていた。 「・・・私、アリオスさんが好きです! 誰が何と言おうと好きです!」 きっぱりとはっきりとした宣言だった。 その様子を、アンジェリークはじっと瞬きもせずに見つめていた。 羨ましいな・・・。 はっきりとアリオスに好きだと言えるなんて・・・。 私が天使なんかじゃなくて、生身の女の子でアリオスに出会っていたらって、思うことがある・・・。 けれども、天使だからこそ、出会えたのだから、今の状態で十分に満足しないといけない・・・。 天使だから判る・・・。 エンジュは純粋にアリオスを愛している。 アリオスは正直困惑していた。 エンジュは可愛いとは思う。だがそれは妹のようであって、恋愛感情のようなものでは全くない。 「サンキュ」 そう言うのが、今は精一杯だ。 「有り難うございます。訊いてくれて」 エンジュの微笑みに、アリオスは僅かに微笑み返すことしか出来ない。 どこかぎこちなさが漂っていた。 「すっきりしました! きちんと思っていることを伝えられてよかったです!! 私、アリオスさんのハートをがっちり掴んで見せますから!」 あまりにもはきはきと宣言するエンジュに、アリオスは苦笑する。 「-----宣戦布告をするのは勝手だがな…」 言った瞬間、アリオスはエンジュに軽く唇を奪われてしまった。 「・・・!!!」 アンジェリークはいきなりのキスシーンに心臓を射ぬかれる。 胸の鼓動が激しく跳ね上がり、どうしようもないほど苦しかった。 他の女とのキスなら、戯れだと判る。 だが癒しの雰囲気を持っているエンジュは違う。 自分にはもうアリオスを癒す役目が終わってしまったかもしれない。 アンジェリークはそう思うと涙が溢れてきて、どうしようもなかった。 キスをした後、アリオスの顔色が厳しく変わったことに、エンジュは遅からず気付く。 「アリオスさん・・・」 アリオスは何も答えずに僅かに唇をゆがめる。 「早く寝ろよ。肌がぼろぼろになるぜ」 それだけを言うと、アリオスはその場を離れる。 そこにアンジェリークがいるのは、柔らかな雰囲気で判っている。 誤解をとこうだなんて、今までの俺は考えもしなかったな…。 アリオスは彼女がいるかもしれない方向に歩き始めた。 泣くのに気が取られていて、アリオスがゆっくりと近付いて来るのが判らなかった。 足音でようやく気付き、走って逃げるしか頭には浮かばない。 アンジェリークは取りあえず走る。 判らないように走り出したつもりだった。 だが、すぐにアリオスに気付かれてしまい、追いかけられる。 「アンジェ!」 しかし、ふしぎとアンジェリークには追いつけなかった。 すぐに見失い、アリオスは更に困惑する。 手を延ばしても届かない天使に、深いやるせなさが心に影を落としていた。 アンジェリークはアパートに帰り、部屋の片隅で咽び泣く。 アリオスとエンジュのキスは、最大の胸が軋むことであった。 リュミエール様・・・、アンジェの役割はもう済んだということでしょうか・・・。 私は最後まで地上(ここ)にいてもいいのでしょうか? 問いかけても答えなど返ってこず、アンジェリークは泣き出すしかなかった----- |
| コメント 「愛の劇場」の新しいシリーズです。 今回は、天使と男の恋愛物語。 今までとは少し毛色の違う物語です。 切ないアンジェリークとアリオスのシーンを展開していきます。 頑ななアリオスの心を、アンジェが癒していきます。 切ないシーンもいっぱいありますが、よろしくです〜 |