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失意のまま家に戻り、アンジェリークは泣きながらケーキにバースデープレートを乗せる。鼻を啜りながら見るケーキは、どこか虚しささえ感じた。 こんなケーキ、きっとアリオスは食べてくれない…。 先程までおめでたいほどにプラス思考だったのに、今はマイナス思考で何を考えてもそう思ってしまう。 ケーキのはじの余った部分も、先程までの味見ではパーフェクトな出来だと思っていたのに、今はほろ苦かった。 出来立てのケーキといつまでも睨めっこしているわけにも行かず、アンジェリークは冷蔵庫にしまい込んだ。 今夜の12時になったらやけ食いしようなどと考えながら。 その日の夕食も胸がいっぱいで、全く入らなかった。いつもなら元気溌剌のアンジェリークに、母親も首を捻ったくらいだ。 「お母さん、…明日ね、やっぱり夕ご飯いるから」 「だって、アリオス君とどこかへ行くんじゃなかったの? 誕生日をお祝いするって…」 「なくなったの! だから明日は家でゆっくりするからね」 アンジェリークは努めて明るく言ったが、母親には直ぐに食欲不振の理由を見破られてしまった。 「だったら明日は、お母さんと一緒にデパートにでもいきましょうか?」 「ホント!? 嬉しいな!」 母親のこう言った気遣いが今日は凄く嬉しい。空っぽになってしまった心にすうっと染み通るような気がした。 「お母さん、明日はお善哉ぐらいおごってね」 「しょうがないわね!」 母と娘はお互いにしか解り得ない笑顔で、笑い合った。 母親とは引き攣りながらも笑顔で応対出来たが、ひとり自分の部屋に入ると、そうはいかない。 笑顔の影は無くなり、代わりに切ない表情が頭を擡げた。 「…アリオス…」 大好きな男性の名前を呼びながら、包装されたブレゼントを指でなぞる。 アリオスが昼間から時間を指定した理由が解った以上、胸が締め付けられるのが止まらない。 夜は彼女と過ごしてお祝いをするから。恋人と朝まで過ごして自分と逢い、よるはまた恋人と過ごす。きっと、煩い幼なじみの相手をしなければならないと彼女に言い、ボランティアのような形ものだと思っているのだろう。 アンジェリークは切ない余りに、マイナスの妄想がどんどん暴走している。 アンジェリーク自身も知らぬ間に無意識に考えていた。 「…アリオスへの一番のプレゼントは、私が付き纏わないことかもしれないな…」 そう考えると泣けて来た。 携帯を手に取り、何度もアリオスに、もう付き纏わない主旨のメールを送ろうとする。だが何度も何度も書き直しても、結局は送信する勇気がなく、携帯電話を部屋の隅に目掛けて投げてしまった。 「…神様のバカっ!! どうしてアリオスと私は十一も年が離れているの! もっと近かったら、アリオスに恋愛対象として見てもらえたかもしれないのに…!」 全くの八つ当たりをしながら、アンジェリークはばたばたとベッドの上で暴れた。 結局、明日の用意はまったくしなかった。いつものようにお風呂に入り、気合いもまったく入れない。無意味なのは自分で一番解っているから。 明日はもうアリオスとの約束は受けないことにした。そのほうがアリオスにとってはなによりのバースデープレゼントになるだろうから。 お風呂に入ると、また切なくて泣けてくる。今日はどれぐらいの涙を流したのだろうか。アンジェリークはそれを考えるとまた哀しくなり、浴槽の中でしくしくと泣いた。 躰の中の水分が干からびてしまうのではないかと思うほど泣いた後、アンジェリークはのぼせ気味に風呂から上がった。 途中、冷蔵庫から作ったケーキとジュースを出して、部屋に持って行く。12時になったらやけ食いとやけ飲みをするのだ。 そのタイミングで、明日は行かないことともう追い掛けない旨のメールを、アリオスに送ろうと思う。 時計は11時半を刻み、それを見る度に溜息をついていると、突然、携帯電話が鳴り響いた。メールではなく、電話だ。しかも、相手はアリオスではないか。断りの電話であることの覚悟を決めて、アンジェリークは電話に出た。 「はい、アンジェです」 「遅い!」 「ごめん」 電話の向こうのアリオスは上機嫌のようで、アンジェリークは胸が痛くなる。このまま徹底的な言葉をたたき付けられるより、先に電話を切りたい衝動に駆られた。 「仕度出来てるか?」 「明日の?」 「バーカ、今からだよ」 「へ?」 想像だにしなかったことをアリオスに言われ、アンジェリークは目を丸くすることしか出来ない。 「アリオス、約束って、昼の12時じゃ…」 「あほ、俺は日付が変わった瞬間の意味で言ったんだよ。昼から一緒に過ごしても、時間は短いじゃねえか」 確かにそうだとは思う。だがまだ疑念は残されているので、素直に喜べない。 「…あの女の人とは一緒に過ごさないの?」 勇気を持って、アンジェリークは思い切って聞いてみる。少し恐る恐るな響きがあった。 「誰だよ?」 「…アリオスとスーパーで一緒に逢った女の人…」 探るように慎重にきいてみた。 「はあ? おまえ怒るぞ! 俺はそんな趣味は悪くねえ!」 いきなり声が大きくなったアリオスに、アンジェリークはびくりとする。 「変な勘違いするなよ。あの女は、俺の大学時代の友人の女だ」 「でも、今日の夕方、スーパーの前で見たもの。アリオスとあの女性が凄く親しそうにしていたもん。な、仲良さそうに腕を組んだりしてさ」 アンジェリークは拗ねるようにして言い、言葉に切なさを滲ませていた。 「アンジェ、おまえ何勘違いしているんだよ。俺からやったわけじゃねえし、あの女が気分悪いって言ったから、肩を貸してやっただけだ。今日は大事な会合があってな、あの女も建築士の端くれだから参加してたからだけどな」 アリオスは苛々しているようで、言葉が少しだけ荒い。 アンジェリークの表情が徐々に明るいものとなる。幼なじみだからこそ知っている。アリオスがこう言った態度になるときは、彼が正しいのだ。 「うん…。有り難うちゃんと話してくれて」 アンジェリークは素直に礼を言い、笑顔が少し戻る。 「サンキュな。直ぐ出られるか? 今おまえの部屋の下にいる」 窓の外を見つめると、アリオスの車が見えた。 「ホントだ…」 「おい、覗き込んでる暇はないぜ。アンジェ、仕度は出来てるのかよ」 「まだパジャマ…」 この答えに、受話器の先から溜息が聞こえる。 「パジャマのままでかまわねえから、着替えとか適当に鞄に詰め込んで、降りてこいよ」 「う、うん」 そう簡単に言われても困るところだ。電話を切らないままで、アンジェリークはパタパタと鞄に着替えを詰め込んで準備をする。 バースデーケーキも手元にあって良かったと思う。 「早くしろ」 何度かアリオスに急かされて、ようやく準備が完了した。 「準備できた!」 「解るぜ、息を切らせてるもんな。下に降りてこいよ」 「うんっ!」 アンジェリークはしっかりと頷くと、そろりと下に下りていく。幸い、階段からすぐ近くが玄関だ。 そろりとドアを開けた後、自分の鍵で三箇所鍵をかけた。 門もしっかりと鍵をかけ、ようやくアリオスの車に向かって賭けていく。前まで来ると、助手席のドアが開いた。 「乗れよ」 「うん」 その言葉が嬉しくてしょうがない。アンジェリークはいそいそと乗り込んだ。 同時に車が走り出す。 「何だか、逃亡しているみたいね。ちょっとスリリングだけど」 「確かにな」 アリオスも同意をし喉を鳴らしながら笑った。 「今から俺の家に行くぜ。驚かねえように、後でおまえのお母さんぐらいには連絡しておかねえとな」 「うん」 車にゆらゆらと揺られていると気持ち良い。 ゆっくりと車がマンションの駐車場に入った。止まった瞬間、時間は12時を指す。 「アリオス、お誕生日おめでとう!いっぱい今日はお祝いがしようね!プレゼントとかケーキとかあるから!」 アンジェリークは精一杯の心を込めて、アリオスを祝う。 「サンキュ。後でたっぷり祝ってもらうぜ」 不意にアリオスの指先が頬に伸びる。次の瞬間、唇は重なっていた。 甘いキスに、アンジェリークは驚いたと同時に、喜びが溢れてくる。 征服されるようなキスは、アンジェリークにとって新たな喜びを導き出す。夢見ていたアリオスとのキスが現実になったのだ。 大好き、大好きでしょうがないのよ。 唇が離された後、しばらく頭がぼんやりとしていた。 うっとりとしているとアリオスにぎゅっと抱きしめられて、アンジェリークも自然と抱き返す。 「愛してるぜ、アンジェ」 「アリオス…。私も大好き」 嬉しくて涙が溢れて、アンジェリークはどうしようもなくなる。 「俺が一番欲しいブレゼントはおまえだ…」 「うん…。私も一番上げたいプレゼントだったの…」 ふたりは見つめあって微笑みながら、車から出る。荷物はアリオスが持ってくれる。 「いっぱい、いっぱいお祝いするからね」 「楽しみだ。その前に、おまえをリボンかけて貰うからな」 「…うん」 アンジェリークは恥ずかしそうに俯くと、アリオスの手をそっと握り返した。 「行こうか。へやでたっぷりな?」 「うん!」 エレベーターに乗り込んで、二人は仲良くアリオスの部屋に向かう。 部屋に入り、ドアを閉めれば、ふたりだけの甘い時間が待っている。 あなたの誕生日に相応しく、昼も夜も晴れるといいね…。 |
| コメント アリコレ誕生日甘甘創作です。 いつものようにおわりました〜 |