前編
学校の帰り、アンジェリークは今日もアリオスの事務所に訪ねていく。 出逢った現場でのアリオスが常駐してやるべき仕事が終わり、彼は事務所で設計の仕事に当たるようになったからだ。 現場での彼の姿も大好きだが、こうやってデスクワークもステキだと思う。 誠に恋する乙女は、愛する男性のどんな姿でも格好良く見えるものだ。 音を立てないようにして、事務所に入る。 事務所の神棚には、なぜか”商売繁盛”と書かれたするめが飾ってある。 これを送ったのは、アリオスの愛すべき恋人アンジェリークである。 恋人が大事に飾ってくれるのが嬉しくて、思わず微笑んでしまう。 アンジェリークは背後からそっと恋人の様子を伺った。 やはり、どんな姿でも素敵でたまらない。 うっとりと、穴が開くほど見つめた後、ようやく彼に近付いていく。 「アリオス、こんにちは」 「ああ。来たか」 アリオスはアンジェリークの姿を見る鳴り、一端パソコンの手を休めた。 画面には複雑な図面が映っており、CADを使ってシミュレーションをしているようだった。 「邪魔だった?」 「いいや。俺も休憩しようと思っていたとこ」 椅子から立ち上がると、煙草を口に銜えて、吸い始める。 「コーヒー淹れようか?」 「ああ。頼んだ」 煙草を吸いながら窓辺にもたれるアリオスに、胸を焦がしながら、アンジェリークはパントリーに入った。 もうすっかり勝手知ったる場所で、アンジェリークは手際よく作業をする。 アリオスにはブラック、自分はカフェオレ。 ちゃんと曳いた豆をメーカーで落として作る。 このときの香りがまたたまらない。 小さなテーブルの上を見ると、アリオスのお弁当箱が置いてある。 大きなアルミのお弁当箱の中を覗いてみると、ちゃんときれいに洗ってある。 よかった。ちゃんと残さず食べてくれた… アンジェリークは愛する男性に、ちゃんとした栄養をとって貰いたくて、このように毎日お弁当を差し入れしている。空っぽのお弁当箱は、”美味しい”という何よりもの証で、それを見るのが毎日嬉しくてたまらなかった。 コーヒーを淹れ終わり、パテーションで区切られたくつろぎ用のスペースに向かうと、アリオスがテーブルの上にお菓子を準備してくれている。 「コーヒー入ったよ」 「サンキュ。もらいもんの菓子だ。良かったら食え」 「有り難う!」 できる限りアリオスの近くにいたくて、アンジェリークは小さな躰を恋人にすり寄せるようにして、座った。 今までは、あまりべたべたするのはいやだったくせに、アンジェリークとつきあうようになってからと言うもの、アリオスはこのスキンシップが好きになってしまっている。 まったくお互いにメロメロ同士なふたりである。 「んんっ…」 カフェオレを飲もうとして、アリオスに唇を奪われる。 今日初めてのキスは、ほんのり煙草の味のする、大人のものだった。 「ずるい…」 唇が離れた後、アンジェリークは少し拗ねるように恋人を見る。 「何がずるいんだよ」 「アリオスってキスが上手すぎるからずるい…」 恋人の拗ねた言葉に、アリオスは思わず喉を鳴らして笑う。 どうして、ツボを押さえる可愛さなのだろうかと。 「もう笑わないで!」 「なあ、もうすぐ誕生日だろ? 何が欲しい?」 「またすぐ誤魔化す…」 拗ねるようぬ上目遣いを下後、アンジェリークは考えるように俯く。 「----ねえ、笑わない?」 「ああ」 これまで散々、とぼけたプレゼントを贈られたり、強請られたりしてきたのだ。心の準備が出来ているせいか、滅多なことでは驚かない。 「----地下足袋が欲しい…」 「はあ?」 普通もっと高価な物をほしがるだろうと、アリオスは心の中でつっこみを入れながら、恋人を見た。 「-----んなもん欲しがるなよ」 「だってカッコ良いじゃない!! この間、工事現場でアリオスとヴィクトールさんが、履いている足袋がステキだったから、ヴィクトールさんに訊いたら、”力王足袋”って言うんだって! だってね、”はきよい・力強い・かっこいい”んだって! ステキじゃない!」 アリオスはまた頭が痛くなってきた。 ホワイトデーの作業着に続いて、こんな物を欲しがるとは。 「おまえなあもっとまともな物を欲しがれ…。」 アリオスが情けないとばかりに大きな溜息を吐く。 「だってまともよ! アリオスのお仕事を手伝うのに、地下足袋だったら危なくない物…」 拗ねるように言う彼女は何て可愛らしいんだろうかと思う。 余りに物かわいらしさにアリオスはぎゅっと抱きしめてしまう。 「今夜、俺んところ来いよ? たっぷり可愛がってやるよ」 「あんっ」 首筋に唇を受けながら、アンジェリークは愛らしくも甘い声を出す。 それがアリオスにはたまらなくて、何度も、何度も今度は唇にキスをする。 「アリオス…」 たっぷりと甘えて、アンジェリークはアリオスの腕の中に収まった。 「力王足袋…、買ってね?」 「もっといい物ねだれ」 「だって、それがいいもの…」 本当に可愛らしく強請る物だから、アリオスも折れるしかない。 まったく年下の恋人は罪作りだ。 「判った。検討しておいてやるよ」 「御願いね! あ。私の誕生日は、イースター期間だから、イースターエッグに、地下足袋とかだったら嬉しい!!」 イースターエッグの中に地下足袋------- かつてそんな奇妙な物があっただろうか。いや、ない。 アリオスは再び頭を抱えたくなった。 アンジェリークのこの奇妙な感覚も可愛く思えてしまうのは、やはり自分がおかしいからか。 そんなことを考えつつ、本気で、力王足袋が入れられるイースターエッグを探したい物だと思う始末だった。 「おまえの誕生日の前日から泊まりに来いよ?」 「…うん」 嬉し恥ずかしのお泊まりを想像するだけで、アンジェリークは耳まで真っ赤にさせた。 「まあ、その前に、今夜も離す気はねえけどな」 「アリオス…」 甘い甘いふたりの時間。 いれたてのコーヒーもすっかり冷めてしまっていた------ 結局。 恋人の強引な誘いもあり、アンジェリークは前日からのお泊まりとなった。 アリオスの家で泊まるのは初めてではないが、いつも甘い興奮に震える。 一緒に肌を合わせて眠るというのは、何て幸せなことなのだろうか------ 心からそう思わずにはいられない。 いつものようにベッドで濃密な愛の時間を過ごした後、甘く戯れ合った。 誕生日になった瞬間、アリオスは耳元で囁いてくれる。 「誕生日おめでとう」 甘くて躰と心に染み通るような声に、アンジェリークはそっと涙を流すのだった----- 大好き…。 「今日はいっぱいお祝いしてやるからな? 覚悟しておけよ?」 「うん…」 返事をするやいなや、アリオスが唇を重ねてくる。 甘くて素敵な愛の時間に溺れながら、アンジェリークは誕生日に何が起こるのか、楽しみにしていた。 夢のような時間が、もうすぐ魔法をかけてくれる------- |
*コメント* さくら様、少し早いですがミナミ様、お誕生日おめでとうございます。 お二人に捧ぐべく、とぼけたアンジェとアリオスの物語をお送りします。 おふたりへのイラストは間に合いませんでしたが(笑) 創作をお届けいたします(笑) これで許してちょ(笑) |