SWEET SWEET VALENTINE2

3


 昼食を食べた後は、新世界でスマートボールをしたり、はたまたジャンジャン町では将棋を見たりする。坂田三吉のお膝元だ。まだまだ将棋で切磋琢磨しようとする者は、いくらでもいた。
「ねぇ、アリオスは将棋はしないの?」
「まあ、嗜む程度だな。ここの将棋は賭け将棋だ。金や人生がかかっている。とてもじゃねえが、俺には無理だ。負けちまう」
 アリオスはすっとウィンドウから離れようとするが、アンジェリークが離れない。
「アリオス、お願い、一勝負だからいいから私に見せて!」
 潤んだ瞳で恋人を見つめて拝み倒すと、舌打ちをしながらも同意してくれる。
「しょうがねえな。一勝負だけだぜ」
「有り難う!」
 難癖をつけながらも、いつも同意してくれる恋人が、アンジェリークは大好きでたまらなかった。
 入口で手続きをして、ちょうど開いている者がいたので相手をしてもらうことにする。
 少し不敵な香りがする青年であった。
「お手柔らかにな。俺は素人なんでな」
「こんなところに恋人を連れてくるジタイ、土台間違っているよ。そんな根性は僕が叩き直してやる」
 煌めく赤い唇が不敵に上がったので、アンジェリークは少し戦慄を覚える。見た目も女性のような彼は、ぞっとするほどの残虐な冷たさを持っていた。
「ジョヴァンニ手加減してやれよ!あんちゃんは恋人もちなんだからね!」
「そんなことは解ってるさ」
 ギャラリーに偉そうに応えるジョヴァンニが、アンジェリークには気に食わない
 こんなやつはやっつけてしまえとばかりに、アリオスを見た。
「心配するな」
 当のアリオスは平然としている。少し頼もしく感じる。こういったシーンのアリオスは酷く頼りになるのだ。
「さてと簡単に詰め将棋でもしようか? 僕はこれが飯の種だからね、手加減はしないよ。ただ君にも少しはハンディは必要だろうから、先手を取らせてあげるよ」
「それはどうも」
 アリオスは無表情で答えると、将棋の駒を何度か掌で転がした。
 不意にアンジェリークの表情が変わる。アリオスは勝とうとしている。それを知った瞬間、戦慄を感じずにはいられなかった。
「アンジェリーク、しっかり見ていてくれ。おまえは俺の”ラッキーエンジェル”だからな」
「うん!」
 アンジェリークはアリオスの横にしっかりついて、勝負の行方を見つめる。
 張り詰めた空気の中、戦いの火ぶたは切って落とされた。
 緊張感だけが室内を走り抜けている。
 アンジェリークは固唾を飲んで勝負の行方を見極めることにする。
 だが------
 勝負はあっさりと決まった。
 周りにいたギャラリーはざわつき、目の前の青年は蒼白となっている。
「…この僕が勝負に負けるなんて…」
「凄い! アリオス!! 天才!!」
 アンジェリークはそれこそ人目も憚らずに、アリオスに抱き着いて喜んでいる。恋人がこんなに強いとは、正直思わなかったのだ。
「おまえがいたからだぜ、アンジェ。おまえは俺の”ラッキーエンジェル”だぜ?」
 アリオスは静かに立ち上がると、将棋店から出ていく。
「ちょっと待ってよ! もう一差しさせて! 勝ち逃げはズルイ!」
 青年はアリオスに縋るが、彼は応えない。いつものようにクールだ。
「最初から一差しだけでと申し込んだし、俺は金を賭けた覚えもねえものだからな。勝負はこれでおしまい」
 アリオスは後を引かずにあっさりとしたものだった。
「どうしてこんなに上手いのさ」
「あ? ガキの頃に”奨励会”とやらに居たことがあっただけだ。じゃあな」
 ”奨励会”。それだけで誰もが黙り込んだ。それはプロ棋士への登竜門だからだ。
 だがアンジェリークはそんなことはどこかとも知らずに、ただご機嫌にアリオスに着いていく。
「アリオス、かっこよかった!」
「惚れ直したか?」
「うん!」
「だったら婚約、その躰で俺に示してくれよ」
 その途端、アンジェリークは思わず想像してしまい、耳まで真っ赤にさせる。茹蛸のような姿に、アリオスが太く笑ったのは言うまでもなかった。

 将棋騒動から抜けて、今度は通天閣に昇ってみることにする。以前は随分と高くて見晴らしが良いと思ったものだが、最近ではビルですらも通天閣より高いものが多く、かつて誇った”東洋一の展望”はなりをひそめている。
 二人はエレベーターで展望台まで昇りきり、そこでごちゃごちゃとした景観を楽しむことにした。
「アリオス、ほらさっきの一膳飯屋だよ!」
「あっちにはおまえの好きな、青空カラオケがあるぜ!」
 望遠鏡で周りを見たり、メダルを作ってみたりと、ふたりはとても楽しくデートをした。
 展望台に暫くいると、やがては夕闇が迫ってくる。ふたりは肩を並べて、素敵な自然のショーを楽しむことにした。
「アンジェ、すげえきれいだな」
「ホントに…。いつの間にか、こんなに日が長くなっていたのね…」
「そうだな。二月は一月で、1時間以上も日が長くなるからな」
 アンジェリークは納得と言うばかりに、アリオスに頷く。ここ一週間だけでどれほど昼間の時間が長くなっただろうか。空を見るだけで春の足音を聞いたような気がした。
「春はもうすぐなのね…」
 アンジェリークは夕日色に染まる空を見つめながらしみじみと呟く。不意にアリオスが肩を抱き寄せてきた。
「アンジェ、おまえすげえ綺麗だな…」
 いつもは改まって言わない台詞に、アンジェリークは耳まで真っ赤にする。
「アンジェ…」
 アリオスは誰にも解らないようにと、そっとキスをしてくる。キスの味は、とても甘いものになった。

 展望台でのロマンティックなひと時を過ごした後は、いよいよメインイベントであるてっちりフルコースだ。
 店の前まで来ると、既にアンジェリーク好みのふぐ提灯は明かりを燈していた。
「いつ見ても、この提灯は素敵よね」
 流石のアリオスも、アンジェリークの言葉には同意できずに、言葉に窮していた。
 二人はラブラブな個室に案内され、掘りこたつの中に一緒に入る。それがアンジェリークには素晴らしく素敵なことのように思えた。まだまだ恋人とべったりとしたい年頃なのだ。
「アリオス、今日はロイヤルコースなのよ! ふぐのからあげに、ふぐのお寿司、ふぐ皮の湯引き、てっさ、てっちり、雑炊、白子も付いてるよ〜!」
「豪勢じゃねえか。俺の好物の白子もあるしな。リッチな感じがするな」
「でしょ!」
 先ずは前菜から始まる。
 アリオスは大好きな鰭酒を、アンジェリークはジュースを注文した。
 前菜の後は、ふぐの唐揚げ、湯引き、てっさ、ふぐ寿司が出て来て、たらふく食べる。
「けっこう腹一杯になってきたんじゃねえか」
「まだまだ大丈夫よ!」
 アンジェリークがお腹をぽんぽんと叩き、それを見たアリオスが笑う。
「後でしっかり運動させてやるから、安心しな」
「もう…、アリオスのバカ…」
 真っ赤になって俯くと、アリオスに手を握られて、アンジェリークは艶ある笑みを浮かべた。
 続いて、てっちりが始まる。鍋はアリオスの領分だと二人の中で決まっている。アンジェリークはいつもと同じように、アリオスに鍋奉行を頼んだ。
「アンジェ、どんどん食えよ」
「うん。はふはふ」
 野菜とふぐのあらを先ずは食べてから、ふぐの白身、白子にいく。
「本日のメインふぐの白子だぜ。今晩の為に、たっぷり食わないとな」
「どうして?」
 アンジェリークは意味が解らなくて、小首を愛らしくかしげた。
「白子はふぐの雄の精が詰まった場所なんだよ。だから今夜は覚悟していろよ?」
「いやだ…、もう」
 アンジェリークは甘えるような艶やかな声を出すと、アリオスに甘えるようにしな垂れかかった。こんなことは他の女なら。アリオスは直ぐに切れるが、アンジェリークは特別なのだ。
 はふはふと濃厚な白子を半分こして食べた後、鍋の中の物を更にさらう。ふたりで綺麗に食べ切ったところで、しめは雑炊だ。
 これもアリオスが上手なので、アンジェリークは作ってもらうことにする。
「きっといっぱいだしが出ていて美味いぜ」
「楽しみ!」
 アリオスは本当に雑炊を作るのが上手で、アンジェリークはいつも感心していた。料理をアリオスが本気でやれば、決して敵わないような気がしている。
 茶碗にちゃんとついでもらい、アンジェリークはすっかりご機嫌だ。
「ほら」
「わーい!」
 出来立ての熱々の雑炊はやはり美味しい。余りにも美味し過ぎて、アンジェリークは何度もお代わりをせがむ。ふぐのエキスがたっぷり入った雑炊は、するすると入った。
「美味しい!」
 ふたりで完食した後は、デザートだ。
 全てを食べ終わると、アンジェリークは生きていて良かったと、思わずにはいられない。

 いよいよ店を出るのでお勘定。アンジェリークは鞄から虎の子が入った財布を取り出した。
「待て、俺が払う」
「いいよ、アリオス。私が払うよ。折角のバレンタインだし、いつもアリオスに出してもらっているし…」
「いいの。この勘定だけは俺に持たせてくれ。そのかわり」
 アリオスはそこで一端言葉を切り、アンジェリークを見つめる。
「今夜は寝るんじゃねえよ。たっぷりと愛してやるからな」
 ”たっぷり”というところにアリオスがアクセントを置いたので、余計に恥ずかしかった。
 アリオスが支払いを済ませた後、ふたりは外に出る。まだまだ二月で寒いせいか、どちらからともなく手を繋ぎ合う。
 ただそれだけなのに、嬉しくて楽しい。真に恋とは不思議なものである。
「車をそこの駐車場に置いているからな」
「うん!」
 ふたりして駐車場に向かい、程なく車に乗る。落ち着いたところで、アンジェリークはアリオスにバレンタインのプレゼントを差し出した。
「アリオス、はっぴバレンタイン」
「サンキュ」
 穏やかな微笑みとともに受け取ってくれ、優しい視線を箱に落としてくれた。
「開けていいか?」
「もちろん!」
 アリオスは頷くと、丁寧に包装を剥がす。箱を開けた瞬間、絶句した。
「何だよ、このデカイ栗饅頭は!?」
「…あ、あの…私だと思って食べてほしいの…」
 はにかみながらアンジェリークが言うと、途端にアリオスの表情は甘いものになる。
「サンキュ。食わせてもらう」
 アリオスはそう言ってアンジェリークを抱き寄せる。
「おまえをたっぷり貰ってからな?」


 バレンタイン空けの月曜日、アンジェリークはアリオスに逢いに工事現場にいく。すると、エンジュとレオナードのふたりが仲良く話し込んでいたので目に止める。
 よく見ると、レオナードの腹部には真新しい腹巻きがあり、アンジェリークは嬉しくて笑う。

 良かったわね!

 この幸せな気持ちを早くアリオスに知らせたくて、アンジェリークはアリオスの待つプレハブ小屋に向かった。
 バレンタインの魔法は、恋人達を幸せなきぶんにさせたようだ。
コメント

およそ1年ぶりに登場のドカタシリーズです。
 後半はローマの休日ならぬ、新世界の休日です。
取材なしで書けるのは地元者の強みか(笑)

完結





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