Summer Holiday

3


「行くぞ!」
「え!? どこに」
 アリオスに強く手を引かれて、アンジェリークは半ば強引に連れ出される。
「アリオス!?」
 後ろを振り返ると、そこにはブラックスーツを身に纏った男たちがいる。
 王家のものだと、アンジェリークは即座に悟った。
 アリオスに着いていくかたちで、ふたりしてはや歩きをする。
 握られた手が力強くて、とても心地が良かった。
 ふたりしてただ歩いているだけなのに、それが楽しくて心地が良い。
 夕暮れに、アリオスとふたりで歩く石畳は、いつもよりも輝いて見えた。
「あ! 船上ダンスパーティー!」
 古びたけばけばしい色彩のイラストを指差し、アンジェリークは歓声を上げた。
「何だよ、それ」
「パーティーというと少し違うかもしれないけれど、ロマンティックなの。船上レストランなんだけれど、生のバンドが乗っていて、それに合わせてみんなで踊るのよ」
「ロック?」
「まさか! ジャズよ。しかもとびっきりにロマンティックの!」
 アリオスとふたりでこの船に乗られたら、どれほどカラフルでステキな想い出になるだろうか。想像するだけで、アンジェリークの心は弾んだ。
「ステキでしょ?」
 アリオスは上の空で、船に乗り込むカップルたちを見ている。何か考えているようだ。
「行くぞ!」
「え、あ!?」
 またアリオスに振り回される恰好で、アンジェリークは船に乗り込む。
 こんなに閉鎖的な場所に逃げ込んで、アリオスはいいのだろうか。
 チケットを買って船に乗り込み、ふたりはバンドのいる近くの席を宛われた。
 ロマンティックなジャズから小気味の良いものまで、軽やかにスウィング出来るものばかりだ。
「踊りましょうよ! アリオス!」
「しょうがねえな」
 アリオスは余り乗り気でなさそうに言いながらも、アンジェリークについてダンスの輪に入った。
 アンジェリークは、ダンスの基本など知らないせいかぐちゃぐちゃに踊るが、アリオスのリードが良いせいで、中々様になっている。
 ふたりで笑いながら、良く踊った。時にはアクロバティックなふりすらしてしまう。
「ダンスってなかなかおもしれえもんだな。お前が相手だからかもしれねえけれど」
「自分で好きなように踊っているからよ」
「確かにそうかもな」
 アリオスは苦笑しながらも、心から愉しんでいるようだった。
 バイキング形式の料理をつまんだり、水分を取ったりしながら、飽くなく踊り続けた。
「おい、こっちだ」
 アリオスの深刻な声に顔を上げると、そこには黒装束の男たちがいた。
 アリオスを追い、ここを嗅ぎ付けたのだろう。
 アリオスとアンジェリークが動くと、男たちも動く。
「きゃあっ!」
 男のひとりにアンジェリークは腕を取られ、悲鳴を上げた。
「離せっ!」
 アリオスはバンドのギタリストからギターを奪うと、それを男の頭目掛けて振り下ろす。
 男たちが怯んだすきに、ふたりは船の端まで走る。
「泳げるか?」
「あんまり…」
「じゃあ、俺に捕まっておけよ!」
 アリオスに腰を抱かれて、アンジェリークは飛び上がるぐらいに驚いた。
 呼吸も鼓動も早くなる。
 ふたりはしっかりと密着をした後、アリオスは何の躊躇いもなく、船から飛び降りた。
「きゃあああっ!」
 恐い筈なのに、どこか楽しい。アンジェリークは歓声に似た声を上げていた。
 水しぶきを上げて川に飛び込むと、直ぐにアリオスが支えるように泳いでくれた。
 夜の川はとても気持ちが良い。それはハイテンションだからだろうか。
「アリオス! 気持ちが良いね!」
「今日の俺達は水難の相が出ているみてえだな」
「女難の相は?」
 アンジェリークがふざけるように、けたけたと笑いながらな言うと、アリオスはわざと真面目くさる。
「そうかもな」
「もう!」
 ふたりは顔を見合わせて笑いながら、水の中にいる、刹那のひといきを楽しんだ。
 対岸まで辿りつくと、水を含んでまとわりつく衣服を邪魔に思いながらも、ふたりは川から出た。
 途端に秋の風を背中に感じた。
 それは、盛りの終わりを告げるかのようだ。アンジェリークは思わず黙りこんだ。
「皇子の冒険はこれで終わりだ」
 アリオスは低い声で呟きながら、濡れた銀色の髪をかきあげた。
 夢から覚めたような気がした。
 まるでナイフで頬を叩かれたみたいに寒い。
 アリオスはアンジェリークの頬を包み込むと、その唇を深く奪ってきた。
 強く強くキスを受け、アンジェリークは泣きそうになる。このキスがふたりの想いを総て凝縮しているように思えた。
 キスに永遠の想いを感じた瞬間、唇が離れた。
 同時にアリオスが立ち上がり、ぺたんと座りこむアンジェリークに、手を差し延べる。
「送らせる」
 アリオスがゆっくりと振り向くと、そこにはアルビース王家のものが立っていた。
「お送りいたします。お嬢さん」
 アンジェリークは惨めな気分になりながら、ただ頷くことしか出来なかった。

 アンジェリークはびしょ濡れのまま、用意された車に乗り込む。
 ゲームオーバー。
 そんな言葉が頭を過ぎる。
 アリオスが見送ってくれる姿を、何度も振り返って見つめる。
 頬に冷たいものが流れ、それが涙なのか、先程の濡れた雫のせいなのか、アンジェリークには解らなかった。

 たった一日の永遠の恋。
 あれが恋でなければ、これからはどんなものでも恋ではない。
 アンジェリークの心は空虚だった。
 玄関チャイムが鳴り、アンジェリークは溜め息をつきながら、面倒臭そうに、玄関先に向かった。
「はい?」
 ドアを開けるなり、アンジェリークは息を飲む。心臓が止まってしまうのではないかと思うぐらいに、痛みを覚えた。
「アリオス…」
 そこにいたのはアリオス。
 王家の正装をして、アンジェリークの前に立っている。
「迎えに来た。行こうぜ」
 アリオスに手を差し延べられても、あと一歩踏み込むことが出来ない。
 身分が違うなどと、マイナス思考がぐるぐると音を立てて回る。
「…違い過ぎない? あなたと私じゃ…」
「おまえと一緒になれなかったら、王位は放棄するって言った。俺達には何の足枷なんてねぇんだよ」
 アリオスはキッパリと言いきる。
 これは夢を見ているのではないかと、アンジェリークは思わずにはいられなかった。
 アンジェリークはただアリオスを見つめる。
「ホントにいいの? 私なんかで…」
「おまえ以外にいないだろうが」
 アリオスは更に手を差し延べる。
「あれが恋じゃなかったら、これから総てが恋じゃないだろ?」
 胸にアリオスの言葉が染み込んでくる。
 アンジェリークは瞳にたっぷりの涙を貯めながら、アリオスの手を取った。
 アリオスの腕にすっぽりとアンジェリークは治まり、安堵の息をはく。
 ここが永遠の場所だと、改めて思う。
 アリオスに導かれて、リムジンに乗り込む。
 しっかりと手を繋ぎながら、耳元でハレルヤが鳴った。

 数ヵ月後。
 新聞ではロイヤルウェディングを伝えていた。
 アリオス皇太子、アルカディア女性と結婚。
 いちにちが永遠になったのだ。
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夏の日の物語です。





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