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「行くぞ!」 「え!? どこに」 アリオスに強く手を引かれて、アンジェリークは半ば強引に連れ出される。 「アリオス!?」 後ろを振り返ると、そこにはブラックスーツを身に纏った男たちがいる。 王家のものだと、アンジェリークは即座に悟った。 アリオスに着いていくかたちで、ふたりしてはや歩きをする。 握られた手が力強くて、とても心地が良かった。 ふたりしてただ歩いているだけなのに、それが楽しくて心地が良い。 夕暮れに、アリオスとふたりで歩く石畳は、いつもよりも輝いて見えた。 「あ! 船上ダンスパーティー!」 古びたけばけばしい色彩のイラストを指差し、アンジェリークは歓声を上げた。 「何だよ、それ」 「パーティーというと少し違うかもしれないけれど、ロマンティックなの。船上レストランなんだけれど、生のバンドが乗っていて、それに合わせてみんなで踊るのよ」 「ロック?」 「まさか! ジャズよ。しかもとびっきりにロマンティックの!」 アリオスとふたりでこの船に乗られたら、どれほどカラフルでステキな想い出になるだろうか。想像するだけで、アンジェリークの心は弾んだ。 「ステキでしょ?」 アリオスは上の空で、船に乗り込むカップルたちを見ている。何か考えているようだ。 「行くぞ!」 「え、あ!?」 またアリオスに振り回される恰好で、アンジェリークは船に乗り込む。 こんなに閉鎖的な場所に逃げ込んで、アリオスはいいのだろうか。 チケットを買って船に乗り込み、ふたりはバンドのいる近くの席を宛われた。 ロマンティックなジャズから小気味の良いものまで、軽やかにスウィング出来るものばかりだ。 「踊りましょうよ! アリオス!」 「しょうがねえな」 アリオスは余り乗り気でなさそうに言いながらも、アンジェリークについてダンスの輪に入った。 アンジェリークは、ダンスの基本など知らないせいかぐちゃぐちゃに踊るが、アリオスのリードが良いせいで、中々様になっている。 ふたりで笑いながら、良く踊った。時にはアクロバティックなふりすらしてしまう。 「ダンスってなかなかおもしれえもんだな。お前が相手だからかもしれねえけれど」 「自分で好きなように踊っているからよ」 「確かにそうかもな」 アリオスは苦笑しながらも、心から愉しんでいるようだった。 バイキング形式の料理をつまんだり、水分を取ったりしながら、飽くなく踊り続けた。 「おい、こっちだ」 アリオスの深刻な声に顔を上げると、そこには黒装束の男たちがいた。 アリオスを追い、ここを嗅ぎ付けたのだろう。 アリオスとアンジェリークが動くと、男たちも動く。 「きゃあっ!」 男のひとりにアンジェリークは腕を取られ、悲鳴を上げた。 「離せっ!」 アリオスはバンドのギタリストからギターを奪うと、それを男の頭目掛けて振り下ろす。 男たちが怯んだすきに、ふたりは船の端まで走る。 「泳げるか?」 「あんまり…」 「じゃあ、俺に捕まっておけよ!」 アリオスに腰を抱かれて、アンジェリークは飛び上がるぐらいに驚いた。 呼吸も鼓動も早くなる。 ふたりはしっかりと密着をした後、アリオスは何の躊躇いもなく、船から飛び降りた。 「きゃあああっ!」 恐い筈なのに、どこか楽しい。アンジェリークは歓声に似た声を上げていた。 水しぶきを上げて川に飛び込むと、直ぐにアリオスが支えるように泳いでくれた。 夜の川はとても気持ちが良い。それはハイテンションだからだろうか。 「アリオス! 気持ちが良いね!」 「今日の俺達は水難の相が出ているみてえだな」 「女難の相は?」 アンジェリークがふざけるように、けたけたと笑いながらな言うと、アリオスはわざと真面目くさる。 「そうかもな」 「もう!」 ふたりは顔を見合わせて笑いながら、水の中にいる、刹那のひといきを楽しんだ。 対岸まで辿りつくと、水を含んでまとわりつく衣服を邪魔に思いながらも、ふたりは川から出た。 途端に秋の風を背中に感じた。 それは、盛りの終わりを告げるかのようだ。アンジェリークは思わず黙りこんだ。 「皇子の冒険はこれで終わりだ」 アリオスは低い声で呟きながら、濡れた銀色の髪をかきあげた。 夢から覚めたような気がした。 まるでナイフで頬を叩かれたみたいに寒い。 アリオスはアンジェリークの頬を包み込むと、その唇を深く奪ってきた。 強く強くキスを受け、アンジェリークは泣きそうになる。このキスがふたりの想いを総て凝縮しているように思えた。 キスに永遠の想いを感じた瞬間、唇が離れた。 同時にアリオスが立ち上がり、ぺたんと座りこむアンジェリークに、手を差し延べる。 「送らせる」 アリオスがゆっくりと振り向くと、そこにはアルビース王家のものが立っていた。 「お送りいたします。お嬢さん」 アンジェリークは惨めな気分になりながら、ただ頷くことしか出来なかった。 アンジェリークはびしょ濡れのまま、用意された車に乗り込む。 ゲームオーバー。 そんな言葉が頭を過ぎる。 アリオスが見送ってくれる姿を、何度も振り返って見つめる。 頬に冷たいものが流れ、それが涙なのか、先程の濡れた雫のせいなのか、アンジェリークには解らなかった。 たった一日の永遠の恋。 あれが恋でなければ、これからはどんなものでも恋ではない。 アンジェリークの心は空虚だった。 玄関チャイムが鳴り、アンジェリークは溜め息をつきながら、面倒臭そうに、玄関先に向かった。 「はい?」 ドアを開けるなり、アンジェリークは息を飲む。心臓が止まってしまうのではないかと思うぐらいに、痛みを覚えた。 「アリオス…」 そこにいたのはアリオス。 王家の正装をして、アンジェリークの前に立っている。 「迎えに来た。行こうぜ」 アリオスに手を差し延べられても、あと一歩踏み込むことが出来ない。 身分が違うなどと、マイナス思考がぐるぐると音を立てて回る。 「…違い過ぎない? あなたと私じゃ…」 「おまえと一緒になれなかったら、王位は放棄するって言った。俺達には何の足枷なんてねぇんだよ」 アリオスはキッパリと言いきる。 これは夢を見ているのではないかと、アンジェリークは思わずにはいられなかった。 アンジェリークはただアリオスを見つめる。 「ホントにいいの? 私なんかで…」 「おまえ以外にいないだろうが」 アリオスは更に手を差し延べる。 「あれが恋じゃなかったら、これから総てが恋じゃないだろ?」 胸にアリオスの言葉が染み込んでくる。 アンジェリークは瞳にたっぷりの涙を貯めながら、アリオスの手を取った。 アリオスの腕にすっぽりとアンジェリークは治まり、安堵の息をはく。 ここが永遠の場所だと、改めて思う。 アリオスに導かれて、リムジンに乗り込む。 しっかりと手を繋ぎながら、耳元でハレルヤが鳴った。 数ヵ月後。 新聞ではロイヤルウェディングを伝えていた。 アリオス皇太子、アルカディア女性と結婚。 いちにちが永遠になったのだ。 |
| コメント 夏の日の物語です。 |