Cosmetic Cinderella

前編


 綺麗になりたい!
 急に思い立ち、アンジェリークは美容室に向かった。
 有名雑誌の専属モデルをしているレイチェルの紹介で、今、話題のサロンでしてもらえることになった。
 業界人も多いと聞くので、少し緊張する。
 サロンのオーナーはまだ若いらしいが、ヘアデザイナー、メイクアップアーティストとしてもかなりの評価があり、メイク製品に至っては、自分の名前がついたシリーズを展開し、世界中の女性から支持を集めている。
 正に今、最先端のサロンなのだ。
 アンジェリークは、周りを綺麗な女性ばかりが集まってきているのに、些か気後れを感じながら、ちんまりと腰を下ろしていた。
 やはり、誰もがこのサロンで綺麗にしてもらったからではないだろうか。
「アンジェ、アプセット?」
 緊張がまるわかりのアンジェリークを、付き添いのレイチェルが気遣う。気遣いも確かに嬉しいのだが、生唾を飲み込んでかなり緊張している自分がここにいる。
「大丈夫…」
「大丈夫だって! ここのサロンのスタッフはみんな超一流だからさ。安心してドーンと構えておけば、絶対に大丈夫だよっ!!」
 レイチェルがウィンクをして笑ってくれるものだから、アンジェリークは曖昧に笑った。
 じっと待っていると、アンジェリークの前で長くて素敵な脚が立ち止まる。
「嘘っ…!」
 レイチェルが息を呑んだので、アンジェリークは何事が起こったかと思った。
「あんたか、アンジェリーク・コレットさん?」
 躰から染み込む声を聞きながら、アンジェリークは顔を上げた。
 目の前にある、冷たい彫刻のような顔を、アンジェリークは何処かで見たことがあると思った。
 頭がぼんやりとしてくる。
 周りの女性たちも、俄かにざわめき立っていた。
「俺がおまえを担当するアリオスだ」
「オーナー自らが!?」
 これにはレイチェルも驚いていたようだが、アンジェリークにはどうしてそんなに驚くのかが、イマイチ理解が出来なかった。
「おら、グズグズしてねえでさっさと立つ!」
 アンジェリークはアリオスに腕を強く持たれて、強引に立ち上がらせられると、そのまま引きずるようにして連れいかれる。
「レイチェル、栗女の紹介サンキュな! 時間がかかるから、後は帰っていい」
「あ、うん。オッケです」
 レイチェルは戸惑いながら返事をし、アンジェリークを見送る。
 半泣き状態のアンジェリークは、捕らえられた小さな宇宙人に似ていた。
「先ずはシャンプーからだな。スカルプケアと、アロマオイルを使った癒しシャンプーだ。気持ちが良いからって寝るなよ」
「あ、あの、オプション出来るほどお金は…」
 アンジェリークは眼差しで、普通のシャンプーでいいと訴えたが、アリオスの冷たさを纏った眼差しがそうはさせてくれない。
「金のことは心配するな」
 アリオスはキッパリと言い切ると、アンジェリークのシャンプーを自ら始めた。
 大概の美容室では、”インターン”と呼ばれる若手が、シャンプーを担当する。
 だが、アリオスはシャンプーから担当してくれた。
 アロマオイルの香りでリラックスしながら、受けるシャンプーの気持ち良さはない。アリオスの指が程よく頭皮を刺激してくれて、楽園に行った気分になった。
 アリオスの指の動きは、なんて気持ちが良いのだろうか。思わずよだれが出てしまった。
 トリートメントまで丁寧にしてもらい、ようやくシャンプーは終了。
 アリオスのシャンプー技術に、アンジェリークは完全に骨抜きになっていた。
 明るく綺麗なチェアーに座らされて、アリオスが丁寧にタオルドライをしてくれる。
「今日はどうして欲しい?」
「綺麗になりたいっ!」
 アンジェリークは即答だった。
 余りに早くてしかも具体性のない言葉に、アリオスは苦笑しているようだった。
「…綺麗になりたい、ね」
「はい!」
「じゃあ、俺に任せてくれねえか?」
 アリオスが鏡ごしに真摯な眼差しで見つめてくる。厳しさも宿るその瞳は、仕事への誇りが伺えた。
 それに髪を取る指。
 まるで魔法が詰まっているような気がする。
 この指なら、綺麗にしてもらえるだろう。
 魔法使いのおばあさんに綺麗にして貰った、シンデレラのように。
 アリオスの指先は美しさの魔法が、わんさと詰まっているような気がした。
「お、お願いしますっ!」
 アンジェリークは固くなりながらも、アリオスに一生懸命頭を下げた。それが好感度を上げたのか、僅かに口角を上げて笑っている。
「よし、じゃあ髪を軽く切った後、ついでに顔のエステもしちまおう。トータルであんたを綺麗にしてやるよ」
「お願いします」
 お財布の中身と相談もあるが、とにかくとことんまで綺麗にしてもらおうと、アンジェリークは決めた。
 アリオスなら何故だか全幅の信頼を寄せても、大丈夫のような気がした。
「じゃあ始めるぜ」
「はいっ!」
 伸びた栗色の髪を、アリオスは梳くように軽くしていく。
 長さだとか、基本的なことは全く変わらないというのに、確実に素敵マジックにかかっているような気がした。
 鏡に映る自分は、確かに大冒険などしているはずはないのに、確実に以前よりは綺麗になっているような気がする。今までに担当をして貰った美容師と、変わらないことをしているはずなのに、それが不思議だった。
 ざっと髪を軽くして、いらない髪を洗い流した後、個室に連れて行かれる。
「あ、あの、どこへ!」
「いくらヘアスタイルを綺麗にしたところで、肝心の肌が綺麗じゃなかったら、その魅力は半減する。今度はフェイシャルエステだ」
「あ、はい!」
 エステ台に乗せられて、先ずは蒸しタオルを顔に当てられる。
 同時に大きな機械からスチームが出始めた。
 ほんのりとハーブの香りがする。
「顔を剃った後に、浸透力の強いパックをしていくから。先ずはオイルマッサージからな」
「はい」
 まだまだ若いので、アンジェリークはパックの経験などなかった。
 興味があるような、緊張するような不思議な感じだ。
「おまえぐらいの年齢は、あまりスペシャルケアをしなくていい。肌を甘やかせることになって、逆に乾燥等を生むから良くねえ。こういったスペシャルケアは、まあ二月に一度ぐれえでいいだろう」
「はえ」
 余りにも気持ちが良すぎて、アンジェリークはゆるみきった返事しか出来ない。
「おもしれ、おまえ」
アリオスは愉快そうに笑いながら、マッサージの準備をしているようだった。
「あ…」
 ひんやりとしたアリオスの指が、肌に吸い付いてくる。気持ちが良すぎて、アンジェリークは思わず声を上げた。
「変な声を出すなよ」
 アリオスが苦笑しながらマッサージをしてくる。
「き、気持ちが良かっただけですっ!」
「ふうん。気持ちが良かったら、おまえはそんな声を出すのかよ」
 意地悪な笑みを含んだ声に、アンジェリークは胸の奥が切なく軋んだ。
「からかわないで下さいよ」
「いや。もっと聞きたいと思っただけだ。気にするな」
 アリオスは低い声で言ったのを最後に、黙り込む。
 森の奥が木漏れ日のような光の照明が、部屋の中に漂い始める。リラックス出来るヒーリング音楽が流れ始め、アンジェリークは 徐々に躰から力を抜く。
アリオスの魔法の指が、緩やかにマッサージをしてくる。
「気持ちが良い〜!」
 アンジェリークはすっかりリラックスしてしまい、躰から力を完全に抜く。
 これだけ気持ちが良いので寝てしまいたいぐらいだが、アリオスの指を意識してしまい中々そういう訳にはいかない。
 鼓動を高めながらマッサージをして貰った後、拭き取り作業に入った。
「次は顔剃りだな。動くなよ」
「はいっ!」
 人に顔の産毛を剃ってもらうなんて、子供の頃に行った散髪屋さん以来だ。
 あの時はくすぐったくて堪らなかったが、今は緊張し過ぎてくすぐったい。
 ふわふわした生クリームのような泡を顔中に塗られるが、生暖かさが気持ち良い。
「おまえ、ひげじいさんみてえ」
「ひつれいですよ!」
 泡のせいで上手く話せない。それをいいことに、アリオスは喉を鳴らして笑った。
「黙れ」
 アリオスはピシャリと言うと、産毛剃りにかかる。
 肌に触れているか、触れていないかのぎりぎりのところで巧みに剃ってくれるアリオスの技術に、アンジェリークは感心せずにはいられなかった。
 顔剃りが終わると、今度はリンパマッサージが施される。
「この後は、しっとりとするアミノ酸パックで仕上だ。その後に、とっておきに綺麗にしてやるよ」
「有難う」
 一体どんな自分になるのだろうか。
 アンジェリークは期待に胸を膨らませながら、アリオスのエステティシャンとしての腕に、うっとりとしていた。
 アリオスこそゴッドハンドの持ち主ではないだろうか。
 触れられるだけで、こんなに気持ちが良いのだから。
 ゆらゆらと、現実と夢の狭間に漂っているところで、エステが終わった。
「後は髪のセットとメイクだけだ」
 アリオスはゆっくりとチェアーを起こしてくれると、綺麗な指を差し出してくれた。
「おら、後は向こうでメイクと髪のセットだ」
「はい…」
 アンジェリークは、アリオスの手を取りながら複雑に想う。
 早く綺麗になりたいのに、アリオスと刹那な出会いになるのは何だか寂しかった。ずっとこうしていられればと思ってしまう。
 アリオスはまるで子供の手を引くように、アンジェリークをサロン中央のチェアーまで連れて行ってくれた。
 そこで綺麗に髪がセットされる。
 何時ものボブカットとさほど差がないはずなのに、何故だかよりスタイリッシュに見える。
「何だかいつもよりも、よりスタイリッシュに見える」
「”スタイリッシュおかっぱ”だろ?」
「そんなんよりずっといいよ」
 アンジェリークは笑いながらも、アリオスをさりげなく絶賛してみせた。
「後はメイクだな。これをすればおまえは完璧」
 アリオスに言われれば、全くそう思えてしまうのが不思議でならない。アンジェリークはアリオスに肌を差し出した。
「お願いします」
「ああ」
 アリオスがコットンに化粧水を含ませて、丁寧に肌を染み込ませるのが解った。
 その後に栄養クリームをマッサージしながら塗ってくれた。
「先ずは下地を塗る。これはしっかり薄目にして、肌のでこぼこを少し抑えるんだ。次はコントールカラー。ファンデーションが綺麗に 乗るように。続いてはコンシーラーだ。目のくまだとか、でこぼこをけす。そうしてようやくリキッドファンデーション。パウダリーはよれる危険性もあるから、基本はリキッド。これを人肌で温めた後、肌に馴染むように叩きこむ」
 アリオスは言った通りの順番でアンジェリークにメイクをしてくれる。巧みな技を鏡ごしで見るだけで、息を飲むほどだ。
「ここまで来たら馴染ませた後に、ハーブミストをかけて馴染ませる。それをティッシュオフ。その後に白い粉で顔を叩いて抑えた後に、肌色のパウダーをはたくんだ。基礎は完了。これさえ出来ていれば、完璧だ。どんなメイクも映える」
 アリオスは基本的なメイクをしてくれた後、眉を整えたり、淡くシャドーを目元に乗せてくれた。
 そして唇。
 アンジェリークに似合う、ピーチベージュを選んでくれた。
 男のひとにルージュを塗ってもらうなんて、なんと親密な行為なのだろうか。
 アンジェリークは考えるだけでどきどきする。震えが、指の先までやってきていた。
「よし、綺麗になるにはもうひとつ秘訣がある」
 アリオスは仕上げはまだとばかりに言うと、アンジェリークの手を握る。
「アンジェリーク、俺と恋愛しねえか?」
  
コメント

メイクもの。
1回で終了予定が意外に長くなってしまいました。
続きは早急に上げます。

途中のメイクの乗せ方は、某有名メイクさんがじっさいにやっているもので、
 わしもプロに教わった時、同じ事を言われましただ。
 「土台には30分! これが崩れず寄れないメイクの秘訣!」なのだそうです。

美容ものといえば、必ず想い出す往年の少女マンガの名作「まゆ子の季節」
さくらまんはあの絵が嫌いらしいが、なかなか美容師スポ根もので楽しいマンガでした。
あ、リアルタイムでは読んでませんが、連載している時は生まれていました(笑)
高校生ぐらいの時に「ガールズ・文庫」っていうので読みましただ。





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