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リアルなキスはロマンティック。そこに心があれば尚更。 アリオスから唇をのろのろと離しながら、アンジェリークはぼんやりと考えた。 「…これがリアルなキス?」 「おまえはそう感じた?」 「…うん」 アンジェリークは遠慮がちに呟く。するとアリオスは僅かに微笑んでくれた。 「おまえがそう思うならそうだろうが、俺としては、もっと深いのが欲しいけれどな」 アリオスはアンジェリークの細い腰を腕で抱き寄せ、より近づけさせる。 「…もっと深いものって?」 「練習すればいい。こうやって…」 今度はアリオスが唇を近づけてくる。アンジェリークはうっとりとした気分になりながら、瞳を深く閉じた。 アリオスのキスは例えるならば、極上のブランディ。しかも究極まで酔いしれることが出来るもの。 アンジェリークは期待を持ってアリオスのキスを待ち受けた。 しっとりとアリオスのやや固めの唇が、アンジェリークを包みこんでくる。 アリオスのキスは、すればするほどにロマンティックな香りがする。 アンジェリークはしがみついて、一生懸命それに応えた。 酸素を奪われる。限界まで深いキスをして、アンジェリークは頭の端がくらくらするのを感じる。 唇を離された後、アンジェリークは深い溜め息をついた。 「これが本当のキス?」 「だから言っただろうが。あのキスは、本物じゃあねえって」 「…うん」 アンジェリークは真っ赤になりながら俯き、反省をする。 でも譲れないところもある。 「…だけど、あれが私のファーストキスだったのよ…」 拗ねるように言うと、アリオスは頬に手を当ててくる。とても温かくて、アンジェリークは深く深呼吸をした。 「最初に唇を重ねたから、それがファーストキスだとは、限らねえだろう?」 「え?」 アンジェリークは驚いてアリオスを見上げる。 アリオスの瞳は、山奥の湖のように深い色を湛えている。 「アリオス…」 「おまえにとって、本当に心を通わせてキスをした相手が、ファーストキスの相手だ。それは変わらない。だから俺がした人口呼吸や、練習は おまえにとっては、リアルな意味でファーストキスではねえかもしれねえからな」 「それって、本気でそう思っているの?」 アンジェリークは泣きそうになりながら、アリオスを見上げた。 「ああ」 アリオスはきっぱりと深いテノールのラインで呟く。アンジェリークは胸が押し潰されるような気分になった。呼吸が上手く出来ない。 呼吸が上手く出来ないせいで、アンジェリークの瞳からは涙が零れ落ちた。 「おい…! どうして泣くんだ」 アリオスは悪態をつきながら、軽く舌打ちをする。苛立っているのが、アンジェリークには解った。 「アリオス…には、何でもないキスでも、私にはかなり何でもあるキスだったりするのよ…」 アンジェリークは鼻をすすりながら、絶望的な気分で呟く。喉をひくひくと鳴らすしかなかった。 「俺にとっては何でもねえと、本気で思っているのかよ?」 アリオスは更に不機嫌な声で呟き、アンジェリークは躰を小さくさせた。 「…だって、アリオスは私なんかに比べたら、経験豊富だし、何をやらせてもそつなくするし…」 アンジェリークは鼻をぺしゃんこにしながら、卑下して呟いた。 「おい、アンジェリーク、んなことばっかり言っていると、お尻をぺんぺんするぜ!」 アリオスがキツイ調子で言ったせいで、アンジェリークは更に萎縮してしまった。 「アリオス…」 「こら、んな目をするな。マジで怒るぜ?」 アリオスは鋭利な眼差しをアンジェリークに向けるなり、腰をきつく抱き寄せてきた。 「きゃあんっ!」 アリオスは宣言通りに、アンジェリークの小さなお尻を何度も叩いてくる。 痛いのか、それとも気持ちが良いのかがよく解らない。 アリオスはお尻を叩く度に、アンジェリークのそこを持ち上げるかのように撫でつけていたから。 「アリオス痛い!」 「おまえが変なことを言うから悪い」 アリオスは容赦しないとばかりに、アンジェリークをしっかりとお仕置きしてくる。 「…へ、変なことなんて、いっ、言っていないよ…? だってホントのことを…」 「ホントじゃあねえから、怒っているんだろ?」 アリオスはあくまでお仕置きを止めることはしないようだ。 「アンジェ、おまえのその性根を叩きのめしてやりてえよ。どこをどう履き違えて、んな思考になるかをな!」 アリオスが余りに腹を立てるので、アンジェリークも次第に腹が立ってきた。全く、どうしてこねくりまわしてやろうかと、本気で思った。 「どこをどうしなくったって、事実を言ったまでよ! ア、アリオスは恋愛ゲームには慣れっこかもしれないけれど、わ、私はそういう訳には、い、行かないんだから…。まだ、馴れてないし…」 アンジェリークは余りに恐ろし過ぎて、アリオスの瞳をまともに見ることが出来ない。息が詰まりそうになるから。 「アンジェリーク! おまえはどうしてんな考えになるんだよ! 俺がんなに、恋愛ゲームを楽しんでいるかのように見えるのかよ!?」 「たああっぷり、楽しんでいそうです!」 「そいつはどうも!」 ふたりはお互いに息を乱しながら、言いたいことを言い合う。 重い沈黙の後、アリオスがアンジェリークの肩をがっしりと握った。 「な、何よ…」 「ちゃんと俺の目を見ろよ」 「…見たくない」 「見ろ!」 何度か押し問答をした後、ふたりはまた喧嘩を始めた。 「俺は色魔なんかじゃねえからな! ほいほい誰とでもキスなんかしねえ!」 「したじゃない!」 「誰と?」 「私と!」 アンジェリークは大声どいきり立ちながら勢い良く言う。 「俺は誰でもほいほいキスなんかはしねえ! おまえが好きだからしたんだ!」 アンジェリークは一瞬、時間が止まったような気がした、 アリオスが何を言ったのか。 思い出そうとするだけで、ドキドキする。 アンジェリークはアリオスをほうけた顔で見つめることしか出来ない。 「アリオス? 今、なんて…」 今度は逆の意味で上手く呼吸が出来ずに、アンジェリークはこう言うのが精一杯だった。 神経質に瞬きを繰り返してしまう。 「聞いてなかったのかよ?」 アリオスは億劫そうに言う。 「…聞いていたけれど…、何だかハッキリしないの…。ホントにそんな夢のようなことを言われたのかなあって…」 アンジェリークはアリオスの眼差しを覗きこむと、答えを知りたくなった。 「男に二言はねえよ」 「お願いします。もう一度…」 アンジェリークは素直に頭を潔く下げた。 「解った。こっちへ来いよ」 「うん」 アリオスが手招きしたので、アンジェリークはそこに行く。 「ほら、こっちだ」 アリオスの唇が、アンジェリークの耳に触れる。耳が熱を帯びた。 「…俺はおまえのことが…」 そこまで言って、アリオスの声が更に低くなった。アンジェリークは背中が心地良く震えるのを感じる。 「…おまえのことが…」 鼓動が激しくなり、深く深呼吸をした。 アリオスはどこまで焦らすのだろうか。心臓が今にも飛び出てしまいそうになるのに、肝心の一言を言ってはくれない。 「アリオス…」 ねだるようにアンジェリークはアリオスに言う。 するとアリオスはフッと笑った。 「…アンジェリーク、おまえを愛している」 アリオスの言葉が胸にじんと染み込んでくる。 「おまえは?」 アンジェリークは頬を染めると、アリオスに手招きをする。 「耳貸して?」 「ああ」 アンジェリークはアリオスの耳元に自分の唇を触れさせる。 「…わたしも、あなたのことが…」 ここで深呼吸をする。焦らされたから、あえて焦らし返してみた。 「焦らすなよ」 アリオスが甘い苦笑いを浮かべるものだから、アンジェリークも小悪魔のような笑みを唇に浮かべる。 「…アリオス、私も世界で一番あなたが大好き。愛して…ます」 恋の言葉を言いきってしまうと、アンジェリークは真っ赤になって俯いた。 やっと言えた…。 そんな充実感がアンジェリークを包み込む。 「告白後の最高のキスをしてやるよ。俺もおまえもこれがファーストキスだ」 「うん」 アリオスと顔を突き合わせる。 やがて極上のキスが、アンジェリークの唇に舞い降りた。 闇には輝くばかりの光の宝石。 そして、空には珍しく白いものが、祝福の花びらのように舞落ちてくる。 アンジェリークはアリオスとしっかりと抱き合いながら、本当の意味のファーストキスを知った。 |
| コメント 性懲りもなく、ロマンティックコメディをまた。 愉しんで読んで頂けると嬉しいです。 キスをテーマにしたお話し。 |