Cinderella Game

1


 アンジェリークは手帳を見つめながら、溜め息をついた。ようやく本日最後の掃除先だ。
 今から行くフラットのオーナーは、契約した時から逢ったことすらない。アンジェリークが知り合いの紹介がある掃除婦だと言うことで、一切面接などなく採用して貰えたのだ。
 知っていることと言えば、アリオスという名前だけ。
 合鍵を渡されているが、面接もしていないのに、こんなに容易に人を信じていいものかと思う。
 いつも生活感のないフラットを掃除し、テーブルに置かれた小切手を受け取るだけ。
 相手が何をしているか、アンジェリークには皆目検討がつかなかった。
 今日も部屋を磨き上げる。一生懸命掃除をするのは大好きだ。
 親を亡くして自活をしなければならなくなってから始めた掃除婦の仕事だが、上手く軌道にのって来た。
 アパートの家賃ぐらいは出るし、通信制の高校にも通える。生活だって慎ましいが、食べてはいける。
 今の環境に満足しているわけではないが、なかなかだとは思っていた。
 ”ミスター・ シークレット”と呼んでいる、”アリオス”の部屋を掃除し、満足が行くまで綺麗に磨きかける。掃除が終わると、内緒 でここのリビングでこ一時間勉強をする。それがアンジェリークの日課だった。
 ここなら見晴らし良く、静かに勉強をすることが出来るから。
 真剣に数学の勉強をしていると、玄関が後を立て、アンジェリークはびくりとした。
 閑静な住宅街だとは言え、最近はピッキングの被害等も増えていると聞く。
 オートロックなのでちゃんと鍵は閉まっているはずなのにと、不安を覚えながら、アンジェリークは箒を片手に玄関に向かった。
 玄関に回ってアンジェリークは驚いて、声にならない声を上げる。具合の至極悪そうな青年が、ふらふらになって中に入って来た。
「…おまえは、何者だ…? 新手の強盗か?」
 熱っぽい鋭い眼差しで睨まれると、それは凄みがある。
 アンジェリークは怯むまいと必死に自分に言い聞かせ、青年に対峙した。
「私は、ここのお掃除をさせて貰っているアンジェリーク・コレットです」
「ああ…、そうか…。こんなに若いとは思わなくて…。俺はここの家の住人、アリオスだ…」
 ぶつぶつ言った後、解ったとばかりにアリオスは頷いたが、かなり具合は悪そうに見える。
 蒼白の顔色と震えている見事な躰がそれを物語っていた。
「ご苦労さん」
 労いの言葉すらもどこか虚ろで、ふらふらと部屋に向かう。きっと寝室に行きたいだろうに、中々進めないアリオスに、アンジェリークは咄嗟に手を貸した。
「寝室はこちらです!」
「ああ。サンキュ」
 アンジェリークは自分よりかなり体格の良いアリオスを、何とかして寝室に連れていく。時折、感じられる熱い吐息は、彼の熱がかなり高いことを、如実に表していた。
 寝室に着くとベッドに座らせる。
「直ぐにパジャマに着替えてください! 後は水分とか、薬とか用意しますから。服は脱ぎっぱなしでいいですよ! 片付けるので!」
「ああ…」
 アリオスは本当に気分が悪そうで、何度か咳をする。インフルエンザかもしれない…。アンジェリークは咄嗟に思った。
 この冬、アンジェリークもかかり、大変な思いをしたのだ。
 だが、医者でもないので、とりあえずは、解る範囲内での応急処置を取るしかない。
「ちょっと買い物に出てきます。その間に、ちゃんとベッドで寝ておいてくださいね!」
「ああ…」
 アリオスはもうどうなっているか解らないほど、朦朧としているようだ。
 アンジェリークはアリオスを残して、少し歩いたらあるコンビニと薬局へと向かった。
 それはもうマッハな速さでの買い物で、今日の給金は総て使ってしまう勢いだった。
 薬局では風邪薬と濃度の濃い栄養ドリンク、額と脇を冷やすシート、喉飴、うがい薬、くず湯の基を買い、コンビニではスポーツドリンクと、冷凍うどんとお粥を買った。
 それを持ってアリオスのフラットに戻り、急いで寝室に向かう。
 こちらの指示通りにパジャマに着替えていたのには少しだけほっとした。
「先ずは水分を取ってください」
 ビタミンがたっぷりのスポーツドリンクを飲ませた後、今度は風邪薬を飲ませる。その後に、恥ずかしかったが、腋の下と額に冷却シートを張りつけた。
「少し…、これでおやすみになって下さい」
「サンキュ…。おまえは名前通りに”天使”だな…」
 熱っぽい夢うつつに呟かれて、アンジェリークは真っ赤になった。アリオスは笑うと、やはり目を閉じて眠り込んでしまった。
 とりあえずは、夕方までここにいて、様子を見てみよう。アンジェリークはそう決めて、その合間に勉強することにした。
 今まで色々想像していたアリオスに逢えた。
 アンジェリークはまだ胸がドキドキしているのを感じる。
 アリオスは想像していたよりもかなり素敵だった。
 生活感のない部屋だったし、美しいセレスティア川が見えるロケーションの良い部屋に済んでいるのだから、中年のスマートなビジネスマンだと思っていた。
 だが現実は若く、そしてくらくらするほど素敵だった。
 思い出すだけで胸が高まる。
 不謹慎なことかも知れないが、熱のあるアリオスもセクシーだと思ってしまう。
 勉強を真面目にしなければならないと思うのに、なかなか手に着かなかった。
 何度か様子を見に行ったが、アリオスは少し苦しげにしているようだ。
 これではお粥も喉には通りにくいだろう。
 アンジェリークは冷蔵庫を調べた後、再び買い物に出た。今度はスーパーに大根と蜂蜜、レモンを買いに行く。
 帰って来て直ぐに大根を摺り降ろして、そこに蜂蜜と少量のレモンを混ぜた。
 これならするすると喉を通るし、躰にも良い。
 様子を見に行くと、アリオスがようやく目覚めていた。
「…まだ、いてくれたのか…」
「もう、帰りますけど、これだけは食べておいてください」
 アンジェリークは大根卸しをアリオスに差し出すが、それには首を振る。
「余り、食欲がねえんだ…」
「大丈夫です! これならするすると胃の中に入って行くはずですから」
「そう…か・ ホントに喰えるのかよ…」
 半信半疑のアリオスの表情に苦笑しながら、アンジェリークは大根卸しを差し出した。
 一口食べた後、アリオスはするする食べてくれる。それがアンジェリークには嬉しかった。
「喉や咳にもいいですから。これを食べて、薬を飲んで、栄養ドリンクを飲んだら寝てくださいね」
「ああ…」
 アリオスが全部食べた後、薬と栄養ドリンクを飲ませる。ふうっと息をついたのを確認して、アンジェリークはアリオスを寝かし、冷却シートだけを取り替えてやった。
「明日が土曜日で良かったですね。今夜はゆっくりとなさって下さいね」
「ああ…」
「じゃあ、おやすみなさい」
 アンジェリークは枕元にスポーツドリンクを一本だけ置いてから、寝室を辞した。明日、起きてお腹が空いた時も困らないように、テーブルの上にレトルトお粥を置いてから、フラットを出る。
 ”食べてください”と、一言メモに残しておくのも忘れない。
 アンジェリークにとっては、とても忙しい一日が幕を閉じようとしていた。

 翌日、午前中に仕事をしてから、アンジェリークは青年の様子を見に行く。
 インターフォンを押して、ちゃんと起き上がることが出来るか、確かめてみた。
 押して一分ほどしてから、まだがらがらな声の青年が出て来た。
「アリオスさん、昨日の掃除婦のアンジェリークです。具合は如何ですか?」
「昨日のか…。昨日よりましはましだが、まだ本調子じゃねえさ。節々はかなり痛いからな…」
「何か必要なものがあれば言ってください…」
「ああ。新聞と冷たい飲物が欲しい…。後、昨日の奇妙な食い物でもいいから、何か食いたい…」
 まだまだ苦しそうな声ではあるが、昨日よりましだとは思う。食欲があるというのは、やはり良いことに違いない。
「じゃあ、また、大根飴を作りますね。後は消化に良いものを見繕ってきます」
「…有り難う…」
 アンジェリークは直ぐに買い物に行き、アリオスが所望する物を中心に買い揃えた。
 栄養を取っていないようなので、卵スープでも作ろうと思う。ワカメなどを入れて、消化の良くて栄養のある美味しいスープを作ろうと思う。
 買い物を手早く済ませて、アンジェリークはアリオスのフラットに入った。
「こんにちは…」 
鍵は持っているので、直ぐに中に入る。そっと足音を抑えながら、アンジェリークは寝室を覗いてみた。
「アリオスさん、アンジェリークです」
「ああ、天使様か…。ご覧の通りだぜ…」
 苦しそうにアリオスはしているが、昨日の有様よりはかなりマシのような気がする。
「ちゃんとしたお医者様にみせなくっちゃ」
「寝ていれば直る」
「でもかなり苦しそうですよ…」
 アンジェリークは額に貼りっぱなしの冷却シートを取る。熱がねっとりととなり、総ての熱がその場所に集中した。
「熱は昨日よりましですが、まだ油断は禁物です。パジャマと下着一通り代えてくれませんか?」
「ああ」
「ざっとシャワーぐらい浴びてもいいかと思いますよ」
「ああ、判った」
 アリオスをバスルームに着替えと共に入れると、その間に色々と準備をする。
 幸せかばら色になって、アンジェリークには満足が行くひと時だった。
 アリオスのスープを作っている時に、ふと扉が開く。
 アンジェリークがじっと見つめていると、ブロンドの若い女性が入って来た-------
コメント

タイトル通りのシンデレラ物語を書きたかったので書きました。
楽しんでくださると嬉しいです。
ブロンド美人の詳細は次回にて(笑)





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