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いきなり金髪美人は、アンジェリークをじっと見つめ、何度か頷く。 アンジェリークはアリオスの恋人だと思ったが、それにしては少し態度が違うことに気付いた。 「あ、あの…」 たじろいでいると、彼女は笑う。笑うと意外に若い娘だった。 「あ、ゴメン、ワタシ、アリオスの妹のレイチェルっていうの。腐りアニキはいてる?」 「寝室でインフルエンザにかかって寝ていらっしゃいます」 「ふーん」 レイチェルは更にアンジェリークを覗き込む。たとえ女の人でも、じっと見つめられると本当に恥ずかしい。 「アナタ、ナース?」 「いいえ…。ここで働かせて頂いてる掃除婦です」 言い終わった瞬間に、明らかにレイチェルは落胆ともとれる溜め息をつく。 「…何だ、腐れアニキの恋人じゃないのか…」 何に落胆しているかと思えば、意外に過ぎることだったので、アンジェリークは驚いて目を丸くした。兄の恋人でないと解って落胆するのは珍しい。 「じゃあ、ちょっと腐れの様子を見てくるわ。アナタは掃除の続きでもしてて」 「はあ…」 勢いに押されて、アンジェリークはキッチンに戻った。昨日の大根飴と栄養たっぷりのスープを作ってやるのだ。 しかし、レイチェルがアリオスの妹で良かったと、思わずにはいられない。もしそうだったら、逃げ帰っていただろう。 そこまで考えて、アンジェリークは胸が軋むように痛いのを感じた。 どうしてこんなに痛いのか解らない。瞳に浮かんだ涙を消してしまおうと、アンジェリークは目をごしごしと擦った。 直ぐにレイチェルがリビングに戻って来たのは、物音で解る。 受話器を取り、誰かに電話しているようだった。 「掃除婦さん!」 声をかけられ、アンジェリークがびくびくと振り返ると、レイチェルが笑って手招きしていた。 「ちょっと、いいかな?」 「はい」 「アニキにお医者さんを呼んだからさ、もう大丈夫だと思うんだ。アニキがアナタに看病して貰ってるって言ってたから、任せていいかな」 「はい、もちろんです」 アンジェリークが心を込めて言うと、レイチェルは満足そうに何度も頷く。 「じゃあ頼んだわ。アナタなら信頼できるし、それに…」 再びじっと見つめられて、再びたじろいだ。こんなに愛らしい少女に見つめられると、妙に緊張する。 「アニキのこと、好き?」 ストレートに聞かれて、その途端アンジェリークは耳まで真っ赤にしてしまった。それをまたレイチェルが嬉しそうに見ている。 「アナタなら良い感じかな。アニキを任せられそうだし…。じゃあ頼んだわよ」 ウィンクをして、レイチェルはそっとアンジェリークに耳打ちをする。 「アナタなら、きっとワタシの期待通りだから」 「???」 この時は、レイチェルがどんな意味で言っているのか、全くアンジェリークには理解することが出来なくて、頭にクエスチョンマークが飛び交っていた。 「じゃあね!」 レイチェルはご機嫌に挨拶をすると、そのまま鼻唄なんぞを歌いながら帰っていく。 兄がインフルエンザにかかっているというのにどういうことかと、アンジェリークは頭を捻った。 暫くして、インターフォンがまた鳴り、出ると医者だった。 「こんにちは、医者のフランシスです。マダム、ご主人様の容態を診に参りました」 来てくれたのは物腰の柔らかそうな青年医師で、アンジェリークは些かほっとした。”マダム”と呼ばれたのは、至極気になるところだけれども。 「奥にいらっしゃいますのでお願いします、先生」 「はい、おおせのままに、マダム…」 少し調子が狂うと思いながら、アンジェリークはアリオスの寝室にフランシスを案内する。 「まあアリオス…、苦しそうですね」 「誰が見ても苦しく見えるだろうが、このヤブ医者!」 咳をしながら悪態をつくアリオスに、フランシスはくすりと笑う。 「そこまで元気なら死にませんよ、アリオス…。マダムもついてますから、すぐに治りますよ」 「おまえの診察より治りそうだ」 フランシスはくすくすと穏やかに笑いながら、アリオスを診察する。やはり聴診器を下げると頼もしく見えた。 アリオスがパジャマを大胆にというか、当たり前に脱いだ時、アンジェリークは恥ずかし過ぎて視線を合わせられなかった。ちらりと 見ると、アリオスが意味深に笑っているのが判る。 それが更に恥ずかしくて、アンジェリークが視線を宙に這わせていると、フランシスは更に含んだ笑いを漏らした。 「おかわいらしいマダムですね、アリオス」 「だろ? からかいがいがある」 大の男二人に、アンジェリークは恨めしい視線を投げると、恥ずかしさの余りに寝室から出る。その瞬間に、笑い声が起こった。 「もう!」 しゃくに触るので、アンジェリークは再び料理に没頭し始める。 それから間もなく、フランシスがアリオスの寝室から出て来た。 「マダム、診察が終わりましたよ」 「はい、先生、有り難うございます」 ぺこりと頭を下げると、フランシスはあの穏やかな微笑みを向けてくれた。 「あなたの初期の処置は正しかったです。アリオスはインフルエンザにかかっていますが、元々バカほど体力がありますから、抗生物質を飲んで、寝ておけば治りますよ。今日だけは、薬を少し頻繁に飲ませて上げてください。夜中も少し様子を看てあげてください」 夜中。 それにはアンジェリークは戸惑う。掃除婦風情が、そこまでしていいものかと。 「どうかされましたか?」 いきなりフランシスに表情を覗き込まれて、アンジェリークは焦る。 「大丈夫です!」 「だったらかまいません。精神医学もやっていますから、なにかあったら相談してください。赤ちゃんが出来た時も、ぜひ私に言って下さいね」 赤ちゃん。 そんなことはアリオスとの間では、全く有り得ないというのに、アンジェリークは照れてしまっていた。 「処方箋です」 「有り難うございます」 処方箋を貰い、アンジェリークはそれをしっかりと握り締めた。 フランシスを見送った後、アンジェリークは一旦薬を取りに行くことにする。アリオスのインフルエンザの為に処方してもらった薬だ。 早く元気なアリオスと話してみたい…。アンジェリークは心からそう思った。 薬を取りに行った帰り、小さなケーキ店で美味しそうなチーズケーキを買い求めた。アリオスが少しましなら一緒に食べたいし、今日は長丁場だ。 その後に、自分用に夕飯の食材を買って、アリオスのフラットに戻った。 手早く料理を仕上げて、アリオスに出すことにする。 消化が良くて野菜たっぷりな栄養スープだ。 「…アリオスさん、スープが出来ました!」 「…ああ…」 まだまだ辛そうにアリオスは起き上がる。アンジェリークはそれを辛く見つめた。 「あんまり、食欲がねえんだよ」 「これを食べて、お医者様が処方されたお薬を飲んで下さい。市販のものよりも楽になりますよ、きっと…」 「あの胡散臭いフランシスが処方した薬なんか、飲みたくねえ…」 アリオスは本当に嫌そうに言っていたが、アンジェリークはしっかりと薬を飲ませたかった。 「スープを飲んで、ちゃんと薬を飲んで下さい。じゃないと治りませんよ!」 ぴしりと言い放つと、アリオスは驚いたように苦笑した。 「…解った…。あんたには敵わねえよ」 「じゃあ、食べてください」 アンジェリークは、アリオスのベッドの上に、スープを入れた皿を乗せた頑丈なトレーを置く。 「どうぞ」 「サンキュ」 アリオスはゆっくりとスープを口に運ぶ。美味しいと言って貰えるか、アンジェリークはとてもどきどきとした。 ただ無言でアリオスは食べる。綺麗に皿が空になった後、ぶっきらぼうに言う。 「お代わりはねえか?」 「あ、はいっ!」 直ぐにスープのお代わりを持って行く。アリオスが沢山食べてくれるのが嬉しかった。 「フランシスの薬より、あんたの食事のが余程効くと俺は思うけれどな…」 「そんなことないですよ」 アンジェリークは嬉しい笑みを浮かべながら、アリオスの世話をいそいそとした。 食事の後、抗生物質をアリオスに飲ませて、暫く寝かせる。 その間、アンジェリークは掃除をしたり、勉強をしたりして時間を過ごした。 夕方になり、アリオスの寝室を覗き込むと、ようやく眠りから覚めたようだった。 「起きられましたか?」 「ああ。随分か気分はましだ。あんたのお陰だ」 アリオスの言葉通りに、顔色はかなりマシになっていた。だが、まだ油断は禁物だ。 「夕飯の仕度しますね。あれだけじゃお腹が空くでしょう?」 「そうだな…」 いつの間にか空腹を感じていた。こんなに短い感覚で感じるのは久し振りだ。 「ごはんを食べたら、シャワーを浴びてください。シーツをその間に取り替えますから」 アリオスは頷き、ふうっと大きな息を吐く。それはまだ熱っぽい。 「フランシスから…、今夜を乗り切れば、早く回復出来ると聞いた」 「夜中に薬をしっかり飲めば、大丈夫とおっしゃっていました」 ”傍にいましょうか?”差し出がましい気がしたので、喉まで出かかって、言葉を飲み込む。 だが。 「今夜は、傍にいてくれねえか?」 「…はい」 欲しい言葉を貰い、ドキドキしながら、アンジェリークは答えた。 |
| コメント タイトル通りのシンデレラ物語を書きたかったので書きました。 楽しんでくださると嬉しいです。 ブロンド美人は予想通りなレイチェルです。 |