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別にセクシャルなことなど何もないはずなのに、アリオスのフラットで一晩過ごすということが、アンジェリークの心を甘く乱す。 アリオスの傍に一晩着いているだけなのに、凄くドキドキとした。 「シャワーを浴びて汗をさっと流して下さいね。まだ肌がべたついて、気持ち悪いでしょう? その間にシーツも代えておきますから。さっぱりとした状態で、眠って下さい」 「ああ。サンキュ。肌がべたついて気持ち悪ぃ」 アリオスは少し不機嫌に言うと、いきなりパジャマの上半身を脱ぎ捨てる。突然汗ばんだ逞しい胸板が露見したものだから、アンジェリークは目を大きく見開いて驚いた。鍛えられた胸を見るだけで、くらくらする。恥ずかしくて目を赤くする。 「…あ、パジャマは、脱ぎ捨てないでちゃんとランドリーボックスに入れてくださいね…」 目線を明後日の方向にさ迷わせながら、アンジェリークはなるべく落ち着いた風に言ったつもりだった。だが、声が震えていたので、動揺は明らかだ。 「…アンジェリーク、おまえはヤローの裸を見たことがねえのかよ」 「…そんなもの…あるわけありません…」 アリオスが直ぐ背後に来ているのは判っている。だが、恥ずかし過ぎて上手く振り返ることが出来なかった。 「クッ、おまえさんおもしれえな。俺はざっとシャワーを浴びてくるぜ。戻って来たら、また看病頼むぜ?」 「私をからかうことが出来るんでしたら、アリオスさんの看病はもう必要ありませんよ!」 アンジェリークがぷりぷり可愛いらしく怒ると、アリオスは太く笑いながらバスルームに入って行った。 「もう!」 アンジェリークは真っ赤になりながら、アリオスのベッドを綺麗にメイキングをする。 皺になったシーツを見ると、鼓動が早くなった。寝乱れたアリオスの姿が脳裏に浮かび恥ずかしい。 こんなことを想像する自分がいやらしいと思う。 アリオスのシャワーの音が止むまでは、そんなに時間はない。とにかく邪念を振り払って、アンジェリークはベッドメイキングに集中した。 何とか奇麗な状態にすると、ほっとする。安堵の溜め息と共に、腰にタオルを巻いただけのアリオスがベッドルームに入って来た。 「……!!!」 先ほどよりも更に刺激的なアリオスの姿に、アンジェリークは卒倒しそうになる。 僅かに雫で濡れる胸は、本当に逞しく見える。この胸に顔を埋めたら、きっと安心出来るだろう。アンジェリークはアリオスの胸に抱き着きたい衝動を、何とか抑えた。 余り慣れないものなので、じっと見るのも恥ずかし過ぎる。アンジェリークは視線を窓に向け、アリオスに言った。 「ベッドメイキングは出来ていますから、早くパジャマを着てください…。風邪…、引きますから…」 「解った」 アンジェリークはドキドキしてこれ以上はこの場所にいられなくて、そっと部屋を出る。リビングに戻ったときは酸素が欠乏し過ぎていて、大きく深呼吸を何度もした。 アリオスのあんなシーンを見せられると、酸欠した金魚のような気分になる。 アンジェリークは何度も深呼吸をしてから、落ち着いた。 「おい、おまえさん、寝る場所を作ってやるよ」 いきなり部屋からアリオスが出てくると、ぶっきらぼうに言う。 「あ、それぐらいは自分でしますから、アリオスさんは寝ておいて下さい」 アンジェリークはアリオスを寝室に戻そうとしたが、彼は戻ろうとしない 「どうせおまえさんのことだ。俺が準備をしなけりゃ、机の上でつっぷして寝るのがオチだろ?」 図星だった。その証拠にアンジェリークの瞳が僅かに赤く染まる。 「それとも、俺の横で添い寝をしてもらっても、俺はいっこうに構わねえんだけれどな」 瞳を覗き込むような仕種で意味深に笑われると、アンジェリークは胸の高まりの余りに鼻まで真っ赤にさせた。また、アリオスが鼻で笑う。 「…添い寝じゃないほうが良いので、指示をして下さい。私がやりますから…」 「ああ。じゃあ、そのソファーの背もたれを倒すと、ベッドになるから、それを利用してくれ。毛布だとか寝具は簡単なものしかねえがクローゼットにあるから使ってくれ」 「はい」 ちゃんと横になれるだけでも助かる。今夜は余り眠れないが、それでも机を抱いてうとうとするよりはかなりマシだ。 「有り難うございます。アリオスさん。一旦、寝てくださいね。薬の時間になりましたら、起こしますから」 「解った」 不意にアリオスがじっとアンジェリークを見て来た。何気ない仕草なのに、アリオスがするとドキドキする。 「とりあえず言っておく…。おやすみ…」 突然、額に唇を感じて、アンジェリークは驚く。まだ微熱があるのか、アリオスの唇は微妙に温かかった。 「…おやすみなさい…」 アリオスが部屋に戻っても、アンジェリークはドキドキの余りに、暫くその場でじっとしていた…。 アンジェリークもシャワーだけは浴びさせてもらい、少しだけさっぱりした状態で仮眠を取る。アリオスに薬を飲まさなければならない時間に携帯のアラームを合わせて浅い眠りに落ちた。 ようやく眠りに落ちたと思った矢先に、お約束のようにアラームが鳴る。アンジェリークは、すぐに起き上がると、アリオスの為に薬の準備をした。 部屋に入ると、アリオスは安らかな寝息を立てている。かなり気持ちが良さそうだ。起こすのは忍びないが、致し方ない。 額を押さえて熱が下がっていることを確認すると、アンジェリークはアリオスを起こした。 「アリオスさん、お薬の時間ですよ…」 「…ん、もうちょっと…、寝かせてくれよ…」 アリオスは低い声で本当に不機嫌そうに呟く。 可愛いかもしれない。 アンジェリークはくすりと笑うと、アリオスの肩を軽く叩いた。 「アリオスさん…、お薬を飲まなくては、治るものも治りませんよ?」 「…ん。もう治った…。天使が治してくれたからな…」 ぶつぶつと寝ぼけた低い声で呟いたかと思うと、アリオスはいきなりアンジェリークの腕を掴む。 「きゃあっ!」 アンジェリークは驚いてしまい、バランスを崩してベッドの上に倒れ込んでしまった。 「あ、あの…、アリオス…さん」 「おまえが添い寝してくれたら、ちゃんと治る…」 「もう、ダメです…」 甘い吐息を吐くと、アリオスはようやく離してくれた。 「ちゃんと飲んで下さいね」 「ああ…」 いかにも面倒臭いと言った形で、アリオスはようやく起き上がる。 「はい、飲んで下さい」 「ああ…。飲ませてくれねえか」 「自分で飲んで下さい」 「ダメか」 苦笑すると、アンジェリークから薬とミネラルウォーターを受け取り、アリオスはそれらを一気に飲み干す。ふうと大きく息を吐くと、ゆっくりと横になった。 「一緒に寝ねえか?」 「ダメです! 早く寝てくださいね。明日までゆっくりぐっすり寝てください」 「看護士に従うか」 アリオスに苦笑しながら、アンジェリークは彼がちゃんと眠るまで見守る。 しばらくして、寝息が聞こえたので、リビングに戻った。 部屋に戻りソファーベッドに横になる。疲れていたのか直ぐに眠りにつくことが出来た。 うつらうつらしていると、直ぐにアラームが鳴る。 もう朝だ。 アリオスに先に起きられないようにいつも通りに目を覚ました。 身支度をしてから、アリオスの朝食を作る。朝食を食べさせて薬を飲まさなければ、薬が切れてしまう。 少しお腹に貯まるものが良いだろうと、アンジェリークはシンプルな卵雑炊を作った。 自分もそのおしょうばんに預かろうと思う。 野菜も取らないといけないので細かく切った野菜も中に入れた。 支度が終わると、アリオスの様子を見に行く。額を触ると、熱が下がっているのが良く解った。 良かった…。 アリオスの具合が改善されて、アンジェリークはほっとすると同時に、どこか寂しかった。 じっと見つめていると、アリオスの瞼が僅かに動いた。 「ん…、朝かよ…」 「おはようございます、アリオスさん…」 「おはよう」 アリオスは今までよりも強い感じで挨拶をしてくれる。アンジェリークはそれが嬉しかった。 「ご飯はここまで運びましょうか?」 「いや…。もうすっかり歩けるからな。大丈夫だ…」 「じゃあダイニングに準備をしますね」 「サンキュ」 アンジェリークがキッチンに向かうと、アリオスもその後ろをついてくる。彼がダイニングテーブルに付くと、温かな雑炊を土鍋ごとセットしてやる。 「いただきます」 ふたりは向かい合わせに座ると朝食を取り始めた。 「アリオスさん、具合は如何ですか?」 「大丈夫だ。おまえさんのお陰で、見違えるほど良くなった」 確かに顔色も良くなってきている。だが、油断は良くない。 「アリオスさん、今日は一日寝ていて下さいね。どうせ日曜日だし、今日しっかり寝ていたら、治りますから」 「今日は素直に従うとするか…」 アリオスは苦笑すると、雑炊を食べ進めた。 「悪かったな、看病までさせちまって」 「大丈夫です。今日はお休みでしたから。平日だったら、他のお宅の掃除もしないといけないので。こんなにつきっきりは出来ませんけれど…」 アリオスは眉根を寄せる。 「どれくらい、掃除の仕事を掛け持ちにしている?」 「アリオスさんのところ以外では三つです」 「随分な数だな…。大変だろう?」 アンジェリークは毎日フル回転だが、楽しいので、そうは思えない。 「大変に見えますが、何とか頑張れます」 「…そうか」 アリオスは何か考えるような仕草をすると、アンジェリークを真摯に見た。 「アンジェリーク、俺専用の仕事を頼まれてくれないか? 今まで以上に給料は弾む。今の4件の掃除分とプラスαをするつもりだ」 不意に手を握られる。 「なあ、俺の”婚約者”のふりをしてもらえねえだろうか」 「え!?」 余りに突然のこと過ぎて、アンジェリークは言葉を失った。 |
| コメント タイトル通りのシンデレラ物語を書きたかったので書きました。 楽しんでくださると嬉しいです。 さて。 アリオスさんのお願いの訳は次回に |