〜夏の恋の物語第十三章〜
「無理はしなくていいんだぜ。おまえが出来る限りのことをすればいいんだぜ」 アリオスに言われ、アンジェリークは恥ずかしい気分になりながらも、しっかりと頷く。 アリオスのことは、ずっとずっと好きだった。生まれる前から好きだったかもしれない。 だから、どんなことでも出来る。 アンジェリークは唇をきゅっと噛み締めると、アリオスを抱きしめた。 アリオスへの想いをしっかりと抱擁に託すと、抱き返してくれる。想いに応えてくれたような気がして、アンジェリークは嬉しかった。 「…アリオス」 名前を呼んだ後、アンジェリークはぎこちない手つきのままでアリオスの鍛えられた躰のラインを一生懸命なぞった。 それだけで気持ちが良い気分になるのが不思議だ。 アリオスにもっと喜んで貰いたい。 アリオスにもっと感じて貰いたい。 アンジェリークは、アリオスの剥き出しの胸にいつしか唇を押し当てていた。 「アンジェ」 アリオスの綺麗な指先が髪を梳いてくる。掬われた髪が指から零れ落ちた。 「あ…」 ほんの僅かな指先の動きにも、アンジェリークは反応してしまう。 どのようなシチュエーションでも、アリオスから愛情を感じるだけで嬉しかった。 「おまえはホントに可愛い女だよ」 アリオスが息を乱してくれるのが嬉しくて、アンジェリークは唇から微笑みを漏らす。 それに釣られてかアリオスも艶やかな笑みをくれ、アンジェリークはまた幸せな気分になれた。 アリオスにもっと何かをしてあげたい。 だが自らしてしまうのが恥ずかしくて、またまだ馴れていないせいか指先が震える。 覚悟を決めてアリオスのパジャマに手をかけようとしたところで、アリオスに手首を掴まれてしまった。 「無理はするな」 「…アリオス」 アリオスの心遣いはひどく嬉しいが、やはり”してあげたい”とも想う。 アンジェリークが複雑な心情で眼差しを送ると、アリオスはぎゅっと抱きしめてくれた。 「…無理するな。少し、恐いんだろう?」 「でも、ほんの少しだけ…。こんなこと男の人にするのは初めてだし…」 「何度もあったらたまるかよ」 アリオスは不機嫌な声で言うと、アンジェリークの小さな顔のラインを緩やかに撫でてくれる。 「馴れてねえおまえに教え込むのも、楽しいからな…」 アリオスが触れて来た部分がとても熱い。そこだけが焔のようになると、アンジェリークは想った。 「少しずつ馴れていけばいい」 アリオスのさりげない優しさはとても嬉しい。 だが、躊躇っているとはいえ、やはりアリオスにずっと触れていたいとも想う。 「もっとアリオスに触れていたいの…。上手じゃないし、とてもぎこちないし…、綺麗な女性みたいに出来ないし…。だけど、アリオスに触れたいの。アリオスに触れて、もっともっと言葉じゃ伝えられないものを伝えたいの…!」 アリオスは静かに聴いてくれている。だからこそ、滑らかに舌も動く。 「…私は、ずっと言葉で伝える愛が重要だと想っていた。だけど、そうじゃないんだって、アリオスが教えてくれた。言葉よりももっと深い 意味で愛を交わすことが出来るんだって、私はようやく解ったのよ」 自分では何を言っているのか、途中で訳が解らなくなってしまった。だが、アリオスはちゃんと辛抱強く聴いてくれている。アンジェリークにはそれが何よりも幸せなことだった。 「…だったら練習して、少しずつ馴れていけばいい。ここから帰った後も、俺がしっかりとコーチしてやるよ」 「ホントに…? アリオスが嬉しいところだとか、アリオスが感じるところだとか、全部教えてくれる?」 アンジェリークはまるで幼子のように必死の眼差しをアリオスに向け、アリオスもまたその想いを受け止めてくれる。 「ずっと、おまえの専属で、沢山のことを教えてやるよ。覚悟をしておけよ?」 「うん!」 「いい返事だな。愛の伝え方は俺がしっかりと教えてやるから、ついて来いよ」 「うん!」 アンジェリークはアリオスにしっかりと抱き着くと、その想いを抱擁に託す。 「早速、おまえだけのプライベートレッスンが必要だな」 「きゃん!」 アリオスに押し倒され、アンジェリークは無防備にベッドに寝かされる。 アリオスの熱い眼差しを感じて、全身が潤んだ。 「俺の授業料は高いぜ?」 「え? いくら」 アンジェリークは高いと聞いて驚きを隠せず、果たして自分のお小遣で払える金額なのかと考えを巡らす。 「…私でも…、払えるかな…」 「バーカ、その気になれば払えるぜ。だが、それなりの”覚悟”が必要になってくるけどな」 「覚悟?」 アンジェリークはさぞ大層なものを要求されると思ってしまい、生唾を飲み込んだ。 「…そうだな。一生おまえを拘束させてもらおうか?」 「…!?」 アンジェリークは真っ赤になりながらも、希望に満ちた表情でアリオスを見つめる。 ”一生拘束” そんなことが実現すれば、これ以上に嬉しいことはない。 「拘束して下さいって言ったら?」 ドキドキしながらも、アンジェリークはなるべくさりげない口調で呟いた。 「そうだな…。俺が専属になって、ずっとおまえだけを拘束する。他の男には渡さない」 「…私が拘束すると言ったら?」 アンジェリークが上目使いで照れたように言うと、アリオスは喉を鳴らして笑う。 「”ギブアンドテイク”だからな。それは当然だ」 アリオスは唇を熱く重ねてくると、アンジェリークの華のような唇を独り占めにする。 やはりアリオスにキスをするのも好きだが、してもらうのもとても心地が良い。 アリオスばかりが一方的ではなく、アンジェリークは何度か啄むような形でアリオスのキスに応えていった。 くりかえされるキスに、頭をぼんやりとさせていると、アリオスが唇を離して額を付けて来た。 「…愛してるぜ、アンジェ」 突然降ってきた愛の言葉に、アンジェリークは驚きを隠すことが出来ずに、ひたすら驚いてしまう。大きな瞳を更に見開いて、何を言われたのか、頭の中が真っ白になってしまい、暫くは理解が出来なかった。 「…アリオス、今、何て…」 「さあな…」 相変わらず意地悪だが、アリオスが照れているのは、瞳の周りが紅くなっていることでアンジェリークにも理解することが出来た。 だが、あんなにさりげなくではなくて、もっと愛情が篭った形で聴くのは、我が儘なのだろうか。 アンジェリークは笑みが零れることを気にもかけずに、もう一度アリオスに迫ってみる。 「アリオス、もう一度、ねぇ、お願い」 「ダメだ。男がそんな歯の浮く台詞を、そうぽんぽんくりかえして言えるかよ」 アリオスの言葉は相変わらずひねくれている。 だが、アンジェリークは辛抱強く、アリオスに甘えるようにねだってみた。 「お願いっ!」 「ダメだ」 アリオスはきっぱりと言い切り、アンジェリークを門前払いする。だが照れを含んだところを見ると、まんざらではなさそうなのが解る。 「ケチ」 「そんな言葉を大安売りする男は信用出来ねえことを、よく覚えておけ?」 「もう!」 アンジェリークが頬を膨らませて怒ると、アリオスは甘く笑う。 「拗ねるなよ、おい」 「誰のせいだと思っているのよ」 アンジェリークはわざとぷいっとアリオスに背を向けていたが、その瞳はにんまりとした笑みが宿っていた。 「おい、こっちを向けよ」 つーんとわざとしていると、アリオスは背中を包み込むように抱きしめて来た。 胸がドキドキして、アリオスにも聞こえるぐらいの大きな音で鼓動を打っている。 アリオスの唇が耳たぶにつき、ぞわりとした快感が、全身に走った。 「…愛してる、アンジェ…」 甘いテノールで囁かれてしまい、アンジェリークは顔を真っ赤にさせて、鼓動を更に速める。 アリオスの甘い声は何よりも威力があり、アンジェリークを骨抜きにする。 「一生拘束されて、俺のプライベートレッスン受けるだろ?」 「そ、そんなの解らないじゃない…」 声を震わせ、わざと拗ねると、更に羽交い締めのように抱きしめられる。 「…その気にさせるように、たっぷり濃厚なレッスンを今からゆっくり始めねえとな…」 「うん…」 アンジェリークが期待を込めてアリオスを見ると、艶が滲む笑みで応えてくれる。 アリオスはそれからゆっくりと丁寧に、アンジェリークの希望通りに、プライベートレッスンを開催してくれた。 ゆっくり、ゆっくりと…。 アリオスの仕事も終了し、ふたりは現実の喧騒に帰ることになった。 だが、レッスンは引き続き続けられる。 指と指を絡ませあって”恋人繋ぎ”をしながら、ふたりは幸せな時間に酔いしれる。 「これからは毎週末、まったりゆっくりとレッスンだからな?」 「うん! 無遅刻無欠席を目指すわ!」 明るく宣言するアンジェリークの左手薬指には、アリオスから贈られた指輪が光っている。 幼い頃からの夢は成就し、アンジェリークはまた新たな夢を見始める。 勿論、アリオスと一緒に。 |
| コメント 終わりました〜。 よかった…。 |