Dream's End

〜夏の恋の物語第十二章〜


 早く帰ってきて欲しい。
 そう祈りながら、暗くなる空を見つめている。
 アンジェリークはまるでこどもが母親を待つかのように、じっとアリオスを待つ。
 本当に純粋な仕事でありますように。
 アンジェリークは涙が滲むほど切なくて、暗い気分になりながら部屋を動き回る。
 アリオスのことばかりが脳裏に焼き付いてどうしようもない。
 あの幸せなひと時を思い出すと、下肢が切なく痛み、アンジェリークは唇を噛んだ。
 どうしてアリオスはこんな仕打ちをするのだろうか。
 どうして重要な出張に連れて来たのだろうか。
 来なければ良かった。だが、行かなければ幸福は味わえなかった。
 複雑な想いのせめぎ合いに、アンジェリークは項垂れる。
 何度も溜め息を吐きながら、アンジェリークはひとりごちていた。
 時計を見れば深夜に近い時間。
 溜め息をまた躰から吐ききると、アンジェリークは頭から冷たいシャワーを浴びることにした。
 頭から冷たいものをかぶれば、ほっとするだろうから。
 冷たいシャワーを浴びて、肌のほてりを冷ました後、ジュースを口に含んだ。躰の熱は随分と落ち着いてきたが、アリオスにつけられた所有の痕だけが、ズキズキと痛んでいるような気になった。
 そこだけがひりひりとして、痛む。
 アリオスはあの女性と過ごすのだろうか。そう考えるだけで、鼻水が出て来た。本当は涙なのにじっと我慢をするものだから、涙が鼻 水に姿を変えていた。
 アリオスがあの島でアンジェリークにしたことを、あの女性にするなんて堪えられない。
 熱いアリオスを感じるのは、自分でありたかった。
 ずっと時計と睨めっこをしてもアリオスは帰ってこず、疲れのせいか、いつの間にかアンジェリークは机に突っ伏して眠ってしまっていた。
 鼻水か涙か解らない液体でぐちゃぐちゃになりながら…。
「アリオスのバカ…」
 半分夢の世界にいながらも、アンジェリークの唇はしっかりと悪態をついていた。


 どれぐらい眠れたのか解らないが、朝の目覚めは意外と良かった。
 きちんとボタンを留めていたはずのパジェロが、綺麗に外されていて驚く。
「あ…」
 理由は直ぐにでも解った。いつの間にかアリオスが帰って来て、アンジェリークをベッドに運び、包むように眠ってくれていたのだ。
「アリオス…」
 名前を呼ぶと、アリオスの瞼が僅かに動き、瞳が開けられる前兆であることに気付いた。
 その素晴らしい瞬間を、アンジェリークは固唾を呑んで見守る。
 緩やかに開いたアリオスの瞳はやはり素敵で、アンジェリークは見惚れずにはいられない。
「おはよう…」
 恥ずかしくて想わず挨拶をした言葉を、そのままアリオスに取られるように唇が重ねられる。
「可愛いな、おまえ…」
「ん、んんっ…!」
 角度を変える度に深くなる唇は、アンジェリークを甘い世界に追い詰めていく。
 その間に、アリオスの手は、アンジェリークの白い肌に我が物のようにさ迷っている。
 このまま流されたくはない。
 アリオスのことは好きだが、心をなくして、躰の関係だけを結ぶのは、アンジェリークには堪え難いことだ。
 齢を経ていないアンジェリークには、まだ若さ故、”妥協”などという言葉は、辞書になかった。
「…アリオス、ちょっと…!」
「何だよ…」
 焦るような声を出しても、勿論アリオスは止めてはくれない。それどころか、まだまだひどくなる一方だ。
「…昨日は何時に帰ってきたの…?」
「3時過ぎ。処理に手間取ったからな」
「あの女性の?」
 嫉妬の含んだ声で、アンジェリークが拗ねるように言うと、アリオスは不機嫌にも顔をしかめてしまった。
「純粋に仕事だ…」
 アリオスはかなり不機嫌になっているが、アンジェリークは話すのを止めることは出来なかった。
「あの女性にもこんなことをするの?」
「あれは若かりし頃の過ちだ。今はねえよ。俺もそんなに若くはねえからな、そう学生みてえに毎日オッタテテは出来ねえよ。好きなヤツ以外はな」
 アリオスにしっかり抱きしめられた状態から、アンジェリークはイキナリ組み敷かれてしまう。
 アリオスの艶やかな瞳にくらくらとしながら、濡れた瞳でドキドキに見つめた。
「…おまえ相手に、したら充分だ。俺は全く貯まっていねえ」
 アリオスはアンジェリークの唇に軽くキスをした後、イタズラをするように白い躰をまさぐって来た。
「…や…、こんなこと…、私だけにして…」
「だから、俺の女になりやがれ」
「あ…!」
 パジャマの上を取られてしまい、じかにアリオスに抱きしめられる。
「お仕事は…」
「んなことは、どうでもいいんだ。きちんとけりは付けて来た」
 アリオスは更にパジャマをぬがしにかかってくる。こんなことで構わないのかとも想いながらも、アンジェリークはアリオスの魔法の手に自らを任せてしまう。
「ったく…。おまえとやれば充分だ。何で、ちゃんとおまえがいるのに、他の女とやらなくちゃならねえんだよ」
 呆れと僅かな苛立ちが、アリオスの言葉には些か感じられる。
 だが、アンジェリークは少し切なかった。
「アリオスは、するために私を連れて来たの?」
「平たく言えばな。おまえが欲しかった」
 アリオスは全くもってストレートに言い、アンジェリークを苦笑させる。それはそれで切ない。
「私は…、アリオスのやりたい気分を静める役目なの?」
 まるで愛玩だ。そんな扱いだったら、言い表せないくらいに悔しい。
 アンジェリークの胸の切なさが現れた言葉に、アリオスは些か不機嫌な顔をした。
「…おまえバカかよ」
 アリオスの声は硬く、その眼差しはかなり怒りに震えている。
 怒りに燃えるアリオスの瞳はかなり恐ろしく、アンジェリークは喉を鳴らした。
「俺はそんなにほいほい女が抱けるわけじゃねえ。子守をしている手前、おまえに手出しはしにくいはずなのに、手出しをした意味、解るかよ?」
 アンジェリークはアリオスが何を意味して言っているのが直ぐには理解できず、ただ呆然と見ることしか出来ない。
「それともおまえは、誰かれ構わず抱かれるのは平気だって言うのかよ?」
「それはないわ!」
 アンジェリークは自分の想いを即答する。
「だったらよく考えろ」
 アリオスが躰を離し、アンジェリークは失望感を覚えた。
 アリオスは相当怒ってしまっている。
それが切なくて苦しくて、アンジェリークは自らアリオスに抱き着いていた。
「…アンジェ」
「…私だって、アリオスだから抱かれたのに…! 私だって好きな男性意外に触れられるのは嫌なの!!」
 アンジェリークは初めて感情を爆発させるように言い、アリオスに明確な意思を示した。
 すると、怒りに揺れていたアリオスの眼差しが僅かに緩む。
「だったら、俺をどれぐらいおまえが好きなのか、証明してもらおうじゃねえか」
 アリオスに挑戦するように見つめられて、アンジェリークは動けなくなる。
「…証明するって…」
 胸がドキドキする余りに、喉がからからに渇いて、アンジェリークは思わず唇を舐めた。
「俺が海でやったみてえにやってみろよ」
 アリオスが何をやれと言っているのか解るなり、アンジェリークは真っ赤になる。
「…だって今は朝だし…、アリオスはお仕事があるし…」
「時間とか、仕事は関係ねえ。昨日は夜通しやったから、何とか蹴りもついた。やるのか、やらねえのか?」
 アリオスに言われると催眠術にかかったようになり、やらなければならないような気がしてくる。
「…うん…」
 素直に返事をして、アンジェリークはアリオスの唇に自分のそれを重ねる。ただアリオスはアンジェリークに為されるがままになっており、いつものように烈しく迫っては来なかった。
 アリオスが全然反応しないので、アンジェリークは彼の反応を高めるために夢中になる。
 ぎこちなく舌を口腔内に侵入させて、アリオスの舌を絡める。
 いつもはアリオス絡める仕掛けることを、アンジェリークは自らするのが不思議でならなかった。
 妖しいときめきすら感じてしまう。
 アリオスの舌を愛しく吸い上げてみたり、舌で自分がされて気持ちが良いところを攻め立てていく。
 アリオスの躰がほんの少し震えたのが、何よりも嬉しかった。
 お互いの呼吸を交換しあい、唾液を飲み干す。
 アリオスが相手だからこんなことですら躊躇いなく出来るのだと、改めて感じた。
 キスの度に愛が溢れる。
 アンジェリークはアリオスへの愛をキスに込めて、しっかりと伝えた。
 途中で呼吸が苦しくなってしまい、アンジェリークは自ら唇を離した。
 餌を求めて水からはい上がる金魚のように、アンジェリークは空気を噛む。
「そんなんじゃ足りねえんだよ」
 アリオスの言葉が頭に突き刺さる。痛くて顔を上げると、アリオスと視線があった。
「…足りない…?」
「もっとおまえの”好き”が欲しいんだよ。”愛してる”とか”好きだ”っていう、陳腐な言葉はいらねえんだよ。んな言葉以上のものを躰で示せよ。そうしたら、おまえの”好き”ってやつを認めてやるよ」
 アンジェリークに選択の余地は、勿論残されてはいなかった。
コメント

夏なので、リゾートものを書きたかったです〜。
8月中には終わらせます!




back top next