〜夏の恋の物語第十一章〜
目覚めると、ベッドに緩やかに寝かされていた。下半身の四肢が鈍い痛みが走る。 意識がはっきりしてくる度に、それがリアルに躰に響いているのを感じた。 「おい。飯、食うか?」 アリオスの声に顔を上げると、目線が合った。それだけで、アンジェリークは胸が烈しく高鳴るのを感じる。 白い頬が赤く染まり、アリオスを意識していることを、まざまざと見せ付けてしまっている。 「…下着とワンピースを着て、ダイニングに来い。簡単だが、ちゃんと飯を作ったから」 「有り難う…」 アリオスの視線を見るだけで、裸であることを意識してしまう。恥ずかしくて震えながら、アンジェリークは上かけを首まで引き上げていた。 「んな風に隠さなくたって、おまえの躰はじっくり見させて貰ったからな。無駄だ」 アリオスは何でもないことのようにさらりと言い切ったが、アンジェリークにとってそれは大問題に違いなく、頭の先から湯気が出てしまうぐらいに、真っ赤になっていた。 「恥ずかしがってねえで、とっとと出てこい」 アリオスが背中を向けたので、アンジェリークは怖ず怖ずときく。 「…アリオス、ホントに全部見たの…?」 「ああ。おまえの胸に隠れている、その下の小さな黒子までな」 アリオスが具体的に言うものだから、アンジェリークは益々恥ずかしくなってしまい、真っ赤になりながらも睨み付けた。 「…もう、バカ…っ!」 たっぷりと恨めしさを込めて言えば、アリオスが喉を鳴らして笑う。 「そんな顔をしてもしょうがねえだろう? 俺の印が肌にいっぱい付いているんだからな。今更だ。ほら、拗ねてねえで、さっさと来いよ。冷めちまうからな、飯」 アリオスが行ってしまった後、アンジェリークは上掛けを取り払い、自らの白い肌を見つめた。 朱いアリオスが付けた妖しい華たちが咲き乱れているのが解る。 「もう…! アリオスのバカっ…!」 発作的に、アンジェリークは枕を叩き付けて、恥ずかしさを飛ばそうとした。心も躰もこそばゆい感じがする。 「アンジェ、早く来い!」 「はあい!」 とりあえずは返事をした後、アンジェリークはもたもたと衣服を身につけた。肌がかなり敏感になりすぎている。 ワンピースの絹に痛みを感じながら、アンジェリークは何とかワンピースに袖を通した。 ダイニングに入ると、とても良い香りが充満していて、アンジェリークは怒る気にはなれなくなっていた。やはり食べ物の威力は大きいものだ。 「ほら、席につけ!」 「うん、有り難う。アリオス、これ全部アリオスが作ったの?」 「ああ」 アンジェリークが目を丸くしてしまうほど、アリオスが準備してくれたものは素晴らしかった。 食卓には、ロブスターの刺身、中華風魚貝サラダ、ロブスターのスープ、特製魚貝茶漬け、ロブスターをボイルして特製ソースで頂くものなど、どれも豪快かつ美味しそうで、しかも酒にピッタリのものばかりだった。 「どれもそんなに時間かからずに作れたからな」 「うん…」 アンジェリークはアリオスはやはり凄い男性だと、つくづく感心しながら、椅子に座る。 ぴりりとした痛みが走り、アンジェリークが顔をしかめると、アリオスの視線と出会った。 真摯なのだが、どこか艶めいている。 「アリオス…」 「痛いか?」 ダイレクトにきかれて恥ずかしかったが、アンジェリークはそっと頷いた。 「少しの辛抱だ。直ぐに馴れる」 さらりと言うアリオスに、アンジェリークはまたときめきを感じてしまう。 それはいつかアリオスが痛みから開放してくれることなのだろうか。 妖しいときめきが、アンジェリークを支配した。 「ほら、食え」 「うん!」 アリオスお手製の料理は、どれも最高に美味しかった。このリゾート地に来てから、一番食べたかもしれない。 バランスよく野菜と魚貝を食べられて、アンジェリークは幸福だった。 「美味いか? アンジェ」 「うん、凄く美味しい」 「アンジェ、俺の女になれ。だったらこんなもん、食べ放題だぜ?」 アリオスに顔を近付けられても、ドキリとしただけで、アンジェリークは曖昧に笑うことしか出来なかった。 アリオスの女になるには、その心がちゃんと欲しい。言葉と態度でそれを表して欲しいと言うのは、自分の我が儘なんだろうか。 他の女性と共に、アリオスの女性コレクションとして陳列されるのも嫌でたまらなかった。 専属になりたい。 そう思うのは、やはり我が儘なのかと想ってしまう。 「…考えておく…」 「ああ」 アリオスは返事をした後、アンジェリークの手の甲を意味深げになぞって微笑む。 その眼差しの光には、”おまえは俺から逃げられない”と、書いてあるような気がする。 何度か手の甲を撫でられると、躰の奥深いところから熱くなるのが解る。 「少なく手もおまえの躰は、既に俺には抵抗できない俺のものだってことは、間違いねえみてえだからな」 アリオスの的確な指摘に、アンジェリークは俯くしかなかった。 たらふく夕飯を食べた後、アンジェリークはアリオスと共にバルコニィに出た。 対岸にあるリゾートホテルの明かりがとても美しく見える。 いつもひとりで見ることが多い花火を、今日は反対側でアリオスと一緒に見ている。 それが幸福に感じる。 いつもとは対岸から、アリオスと見る花火は、また格別のように思えた。 「アンジェ、俺の女になったら、幸福にしてやる。どうだ…?」 背後から包み込むように抱きすくめられて、アンジェリークは胸の奥が苦しいぐらいに甘くなるのを感じた。 「…私だけじゃないと嫌…」 ポツリと切ない胸の内を吐露すれば、アリオスが手を握り締め、胸の上に持ってきた。 「俺はそんなに器用な男じゃねえぜ。何人もの女に、おまえと同じことをねっちょりとしちまったら、それこそ躰がもたねえよ」 アリオスは何を言っているんだとばかりに呟くと、アンジェリークを更に抱きしめて、羽交い締めの状態にしてくる。 抱きしめられるだけで、アンジェリークは苦しくなった。 「…だったら、あのプールで一緒にいた女性は一体何なの?」 「ビジネスだ。ビジネスだからしょうがなく行きたくもねえ場所に、嫌な相手と行かないといけねえんだよ。行きたい場所には、一緒にいたい相手と、オフを使って行く。これが俺のやり方だ」 アリオスは明快に言う。どこにも言葉を選び過ぎて言い澱んだところなどない。きっぱりとストレートだった。 「アリオス、だったら私は?」 「さあな。言葉なんかより、おまえの躰にしっかりと刻み付けたまでだぜ?」 やはりアリオスは捻くれてている。 ことに恋愛に関してはストレートな言葉はくれないけれど、確かに躰には沢山のものを刻み付けている。 「…それって、アリオスのお気に入りの場所に、私を連れていってくれたと思って良いのかな?」 思い切って聞いてみるが、アリオスは何も言わない。ただ唇を重ね、甘くて大切にしたいと想うキスをくれた。 夜は、流石に下半身が痛くて、アリオスはそれを察してくれたのか、ただ抱きしめて眠ってくれた。 「おやすみ…」 じっと抱きしめてくれると、自然と力を抜いて眠れる。 どうしてこんなに安心出来るのだろうか。温かくて、優しいアリオスの温もり。 良い夢が見られそうな気がした。 アリオスの仕事の都合で、翌日には、この小さな島を離れなければならなかった。 迎えの船がやってきた時、アンジェリークは非常に切ない想いを禁じ得なかった。 寂しそうに想い出の入江を見ていると、アリオスがそっと肩を叩いてくれる。 「また、来ようぜ。今度はもう少しゆっくりとな」 「うん! アリオス!!」 約束の言葉をしっかりと胸に閉じ込めることが出来れば、もう寂しくなんかはない。 アンジェリークは微笑みながら、アリオスにしっかりと頷いた。 船に乗り込み、対岸までの僅かな旅を楽しむ。 躰に感じる風は、すでに秋色になっていた。 もうこんなに近くまで秋がやって来たのかと、感じずにはいられない。 夏は確実に終わりを告げつつあった。 「また来年な」 「うん」 アリオスの言葉に確かな真心を感じながら、アンジェリークは自然と精悍な肩に頭をもたせかける。 この瞬間、アンジェリークは幸せだった。 船が桟橋にかかり、降りようとした時に、アンジェリークはどす黒い雲が立ち込めているのを感じた。 アリオスと一緒にプールにいた相手を見つけたのだ。相変わらずの美しさだ。 アリオスと船を下船するなり、彼女はゆっくりと近付いてきた。 「アリオス、仕事で重大なミスが起きて、今すぐ処理をしなければならないの! 直ぐに来て頂戴!」 女は縋るようにアリオスを見つめ、アリオスはアンジェリークを見つめる。 本当は行かないでほしい。だが、我が儘だと判っているせいか、それが出ない。 ちらりと眼差しでアリオスは謝罪を送り、女に向き直る。 「解った」 アリオスは答えるなり、女とすぐに車に乗り込む。 それを見ながら、アンジェリークは心に冷水を浴びさせられた気分になった。 |
| コメント 夏なので、リゾートものを書きたかったです〜。 8月中には終わらせます! |