Dream's End

〜夏の恋の物語第八章〜


 殆ど軟禁状態にあるのにも関わらず、アンジェリークは幸福を感じていた。全く現金なものだ。
 小さな時と同じように、アリオスは嵐の夜にはちゃんと側にいてくれた。
 きっとアリオスに護られていたから、安心して眠ることが出来たのだと想う。
 だから、今日は感謝を込めて、いつもより気合いを入れて朝食を準備した。
 アリオスはいつもとは違って、シャワーを浴び、着替えた時も、がしりとしたパワーエリートを示すスーツではなく、Tシャツとヴィンテージジーンズという、ラフなスタイルだった。
 本当は、アンジェリークも、スーツスタイルのアリオスよりも、少しばかり危険な香りがする今のアリオススタイルのほうがかなり好きだ。
 朝食を並べながら、アンジェリークはアリオスを見た。
「今日は、仕事はラフスタイルなの?」
「いや。今日はオフだ。ここのところ馬車馬みてえに働いていたからな。まあ、俺へのご褒美だ」
「そうなんだ」
 アンジェリークは納得すると同時に、かなりほっとする。ここのところアリオスが遅かった理由が、ただ単に仕事が猛烈に忙しく、女性とのアバンチュールではないことに。
「今日はおまえをすげえいいところに連れて行ってやるから、楽しみにな」
「うん、有り難う!! 私、すごく嬉しいよ!!」
 本当に嬉しくて、アンジェリークは飛び上がって喜ぶ。このリゾット地に来てからというもの、アリオスとふたりで出歩いたことなどなかったからだ。
「凄く嬉しい…」
「そいつは良かったな」
 久し振りにアリオスも笑ってくれた。ここの所、アリオスはずっと不機嫌で、事あるごとにアンジェリークはびくびくしていなのだ。
 だがアリオスの憎たらしいぐらいに素敵な笑みを見てしまうと、総てが洗い流してしまえるような気すらした。
「すげえ綺麗な場所があるんだ。未開の地だから楽しみにしていろよ。ここにも、まだ人の手で荒らされていない土地があるんだ」
「うん。楽しみ」
 どんな素敵な場所が待ち構えているのか。
 ただですら、コンドミニアムの周辺だってかなり美しいと言うのに。
「楽しみだわ」
 夢見心地に言うアンジェリークに、アリオスは微笑んでくれた。

 アリオス御用達のリゾート地に行く準備をせかせかと済ませて、アンジェリーク小型のジェット船に乗り込んだ。
 このコンドミニアムが所有する小島らしく、手軽に隔離された美しい空間を楽しむことが出来るらしかった。
 小島に来るのは、二日に一組のみで、電気などは通っていて小さな小屋はあるが、それ以外はなにもない場所。
 食料品も持ち込みをしなければならないらしく、アンジェリークとアリオスは大量の荷物を持って、島に渡った。
「喧嘩をしても、明日の昼までは帰ってはこられないからな。そのつもりでな」
「解った…」
 喧嘩をしても帰れないのは少しばかり痛いが、要は喧嘩をしなければいいのだ。
「アリオスは明日までお休みなの?」
「ああ。ここでの唯一の休暇になるかもしれねえけれどな」
「そうなんだ…」
「明日までは、島の島民は俺とおまえのふたりだけだ」
「…うん」
 それを聞くなり、アンジェリークは急に意識をしてしまう。
 アリオスとふたりきり…。
 明日までは、文字通りにこの世界ではふたりだけになってしまうのだ。
 昔見た映画のように、私たちの間が狭くなればいいのに…。
 アンジェリークは胸をときめかせながら、そう願わずにはいられなかった。
 船に揺られながら、風を感じる。
 台風一過のせいか、幾分か風も爽やかで気持ちが良い。
 だが、ここに来た時に比べると、風も穏やかで優しくなってきている。
 どこかで秋が生まれているのだ。
アンジェリークは迫り来る秋を、肌と髪で感じていた。

「アンジェ、来いよ」
「うん!」
 アリオスに手を引かれて、アンジェリークはゆっくりと下船をする。随分と沢山の荷物を持ってきたが、殆どはアリオスが持ってくれたので、かなり楽だった。
「では、明日の夕方近くに迎えに来ますから!」
「ああ。ご苦労様!」
 アリオスとふたりで船を見送った後、本当の意味でふたりはふたりきりになった。
 対岸に行かない限りは、ふたりだけだ。
 男と女しかいないのた。
 アンジェリークは急に心臓が飛び出してしまうかと思うほどの鼓動を感じて、戸惑いすら感じる。
 耳の後ろまで真っ赤になってしまい、喉も渇いてどうしようもない。
 この鼓動がアリオスに聞こえませんように。
 アンジェリークは祈らずにはいられなかった。
 嫌だから震えているんじゃない。
 むしろ好き過ぎて、意識を過剰に持っているから、震えてしまう。
 アンジェリークがちらりとアリオスを見ると、アリオスが甘く微笑んで、手をそっと握ってくれた。
「行くか。食糧も早く冷蔵庫に入れてやらねえとな。クーラーボックスだと限界がある」
「うん!」
 ふたりはロマンティックなログハウスに入り、早速、夢のような一日の準備を始めた。
 大量に持ってきた、食糧も飲料も冷蔵庫に突っ込んだ後、ログハウス内を探検する。
 かなり小さかったので想像はついていたが、小さなリビング、ダイニングキッチン。そして寝室がひとつ。
 寝室にはセミダブルのベッドがふたつ鎮座していたので助かった。
 とりあえずは安心する。
 だが、ここには本当に誰もいないのだ。
「おい、こっちにビーチがあるぜ」
「ホントに!」
 アリオスに呼ばれて、アンジェリークは裏庭に出ると、確かにそこには美しいビーチがあり、パラソル付きのロングチェアーが置いてあった。
 格好の日光浴の場所になる。
「なあ、おまえは日焼け止めを塗って、探検に行かないか?」
「嬉しい!」
 直ぐに大賛成とばかりにアンジェリークは跳びはねると、日焼け止めを塗りに寝室に出向いた。
 ここに来る前もしっかりと日焼け止めは塗ったのだが、改めてアンジェリークは塗り直した。そうすれば効力が高いことを知っていたから。
 日焼け止めを塗った後は、UV加工された帽子、可愛いサングラスをかけ、ペットボトルに入ったミネラルウォーターを用意すれば完璧だ。
「アリオス、お待たせ!」
「ああ」
 アリオスは帽子も被らず、ただサングラスをしているだけだ。だがその姿は、本当に素敵過ぎて、アンジェリークはくらくらした。
「出来たか?」
「うん!」
 すると本当に自然な動きで、アリオスが手を繋いでくれる。
 アンジェリークはさりげないアリオスの仕種に、ときめきを感じていた。

 ふたりでログハウスを出て、仲良く狭い島を散歩する。
「おまえ、ガキの頃に、そんなに日焼けを気にしていたっけ?」
「気になり始めたのは最近かなあ…」
 アンジェリークはさりげなく言葉をごまかす。アリオスには知られたくなかったが、明らかに色白が好きなアリオスの為に頑張ってきたのだから。
「俺は、屈託なく焼けるおまえが好きだったけどな」
 ”好き”
 その言葉に、アンジェリークはときめきを隠すことが出来ない。
 ドキドキして、呼吸が総てばら色になった。
「アリオスは色白の女性が好きだと思ってた…」
「まあ、実のところ、好きになる相手にはそんなことは想わねえな…。割り切ることが出来る相手なら、まあ、色が白くてもいいかって感じだからな」
「ホントに?」
 知らなかった。アンジェリークはアリオスの意外な言葉に、それこそ目から鱗の状態だった。
「…私はてっきり、アリオスは色白が好きだと思ってた…」
「それは勘違いだぜ、アンジェ。俺にも明確な好みがあるが、肌の色なんかじゃ左右されねえ」
「そうなんだ」
 だったらどんな女性が好み何だろうか。アンジェリークは知りたくてしょうがなくて、多少ドキドキしながら、勇気を持ってきいてみることにした。
「アリオス…、だったらどんな女性が好みなの?」
「俺の好みか? それは…」
 アリオスは言い澱むようにすると、アンジェリークを真面目くさった顔で見つめてくる。
 余りに真摯過ぎて、胸がときめいた。
「ひみちゅ」
 早口で言った後、アリオスはからかうような笑みを浮かべてくる。それが悔しくて、アンジェリークは口を尖らせて拗ねてしまった。
「イジワル」
「ほら、拗ねてねえで、プライベートビーチに行こうぜ?」
「うん!」
 アンジェリークは現金なもので、直ぐにご機嫌を直すと、笑ってアリオスに絡み付いた。
 こんなにアリオスと親密な時間を過ごすのは、本当に久し振りだ。
 手を繋いでビーチに着いた途端に、アンジェリークは走り出した。
「凄い、アリオス! 綺麗だわ!」
 感嘆の声を上げながら、アンジェリークは砂浜をかける。
 海の色は、アンジェリークと同じエメラルドで、砂浜はアンジェリークの肌の色と同じで真っ白。
 走るとさらさらの砂は零れ、綺麗に足跡が着いた。海のエメラルドは太陽と仲良しのようで、日差しを浴びると宝石のように光り輝いた。きっとこのビーチは、季節を写し出す素晴らしい鏡になっているのだろう。
 アンジェリークは胸の奥深くに感動を滲ませて、ただじっと瞳に映る光景を見る。開拓されていないビーチは、言葉では表現出来ないほど美しい。
「…綺麗だわ…。ボキャブラリがあんまりないから、そうしか表現出来ないんだけど…」
「言葉で表現するより、躰で楽しんだほうがいいと思うけれどな」
「そうね! うん、そうする! 」
 アンジェリークはアリオスにしっかりと同意すると、早速砂浜に駆け出していく。
「こけるなよ?」
「うん! 大丈夫!!」
 波打ち際でばっと海が拓くような気がする。
 波と追いかけっこをしながら、アンジェリークは屈託のない声を上げた。
 ただ走っているだけなのに、楽しくて気持ちが良い。
 ふと、アンジェリークは足元に桜色の可愛い貝殻を見つける。
 踏むのが可愛そうで、それを除けた時であった。
「きゃあっ!」
 そのまま砂浜の海にダイビングし、まるでカエルのようにひっくり返った。
 それに追い撃ちをかけるかのように、大きな波がアンジェリークにかかる。
「きゃああんっ!」
「おい、大丈夫かよ!?」
 アリオスが慌てて抱き起こしてくれたが、アンジェリークの躰は水で濡れて、どうしようもない状態になってしまっている。
 白いワンピースは躰のラインに密着をして、その上透けている。
 栗色の髪も砂と海水でまみれている。
 とてもじゃないが綺麗じゃなくて、アンジェリークは恥ずかしい想いをした。
「有り難う…、アリオス…」
 アリオスに礼を言った瞬間、砂まみれの唇にキスをされた。
コメント

夏なので、リゾートものを書きたかったです〜。
8月中には終わらせます!




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