〜夏の恋の物語第七章〜
完全にアリオスに軟禁状態にされることになり、アンジェリークは憂鬱な気分に陥る。 アンジェリークが溺れたこともあり、今日はデリバリーの食事になってしまった。 素直に助けて貰った御礼を言えぬまま、重い空気の中での夕食になった。 ほとんど話すこともなく、アンジェリークが不機嫌なアリオスの様子を伺うと言った形だ。 「いたっ!」 何気なく、新鮮な魚を使ったお刺身の盛り合わせを食べている時に、醤油がしみてしまい、アンジェリークはついつい顔をしかめてしまった。 アリオスにキスをされた場所が、ひりひりと痛い。 アリオスがじっと唇を見ているのが、アンジェリークにも解った。 熱さと冷たさが交差するアリオスの瞳で見つめられれば、アンジェリークの胸の鼓動も、いやがおうなく高まって来た。 恥ずかしくてしょうがない。 真っ赤になって、アリオスを見ていると、突如、彼が立ち上がった。 向こうに行ったかと思うと、直ぐに薬を持って戻って来た。 「唇のひび割れを抑える薬だ」 「…有り難う…」 受け取りつつも、アンジェリークは誰のせいでこうなってしまったのかと、恨めしくアリオスを見る。 「んなもんは、舐めていたら治るが、あいにくお姫様は、俺に舐められるのはいやらしいからな」 イチイチ刺のある言葉を投げ付けてくるアリオスに、アンジェリークは腹が立ってしょうがない。 ぷんと顔を背け、無言で食事を続けた。 アリオスとの夕食は、結局は険悪に終わってしまう。 更に重い雰囲気になっていたので、アンジェリークは一緒の部屋にいるのが嫌で、花火をベランダで見ていた。 観光客向けに上がる花火は、規模は余り大きくはないが、見ていてとても癒される。 花火も終わり、まだ夜風に当たっていると、流石にアリオスの不機嫌過ぎる声が突き刺さってくる。 「おい! アンジェリーク! そこにいると風邪を引くぞ!」 「あ、うん!」 アンジェリークは慌ててベランダから出て、扉を閉める。 寝室に行くと、シャワーを浴び終えたアリオスが、ベッドに入るところだった。 銀の髪が濡れているのが解る。 雫をたらすそれが余りにもセクシィで、アンジェリークはじっと見つめることしか出来ない。 再び甘いときめきが心を揺らしてくる。 「…風呂に入って、とっとと寝ろ」 「うん」 アンジェリークは胸のドキドキを抱えたまま、シャワールームに入っていく。敏感な肌にシャワーを浴びると、感覚が鋭くなり、痛みすら感じる。 肌がアリオスの熱に包まれたいと思っている。 肌に触れるだけで、アリオスの温かな肌を思いだし、アンジェリークは女としての甘いときめきを見出だしていた。 シャワーから出て、アンジェリークは色気のないパジャマを着て、寝室に戻る。あんなに緊張していたのに、アリオスは寝息を派手に立てて眠っている。 少し安心したような、だが残念なような…。全く複雑な乙女心を持つ、アンジェリークであった。 ベッドに入っても、また眠れない。 目が異常に冴える。 だが、それを何とか無視して、アンジェリークは眠ろうとする。 羊を心の中で数えているうちに、かなり冷静になれたが、眠りに落ちたのは、実に羊を一万近くまで数えてからであった。 翌日から、アリオスは帰りが尋常でないほど遅くなった。 夕食も何もいらないと言い切られて、アンジェリークは何の為に、自分をここに連れて来たのかと、アリオスに疑念すらも浮かべる始末だった。 当然、買い物にも行かせては貰えず、コンドミニアムで支給される食事のみだったので、アンジェリークは当然のことながら、食べる気を無くしていた。 篭の鳥状態になってしまい、食欲もなく、毎日覇気がなくつまらない。 持ってきた宿題が総て終わってしまうという、思いがけないおまけが付いていたが。 宿題が終われば、何もすることが無くなってしまい、うだうだとした時間を過ごす。 辛くて堪らない日々であった。 ある日、ベランダから外を眺めていると、雲行きが怪しく、波もかなり高いように思えた。 テレビを見ると、今年最大級のハリケーンがやってくるらしい。 こんな状況を、ひとりで過ごすのは不安だが、かと言って、あんなに冷たい態度を繰り返すアリオスが、早く帰ってくるとは思えない。 き っと女性のところにでも、行ってしまうのが落ちだろう。 アンジェリークはそう思うと悔しくて切なくて、泣きそうになりながら、唇を強く噛み締めた。 やはり夕方からはかなりの風と雨が烈しくなる。 雷も加わり、アンジェリークが大嫌いな状況になる。 子供の頃なら、いつもアリオスが抱きしめて慰めてくれていた。 「アリオスお兄ちゃん、雨が酷いし、風も酷いから、お家がぺちゃんこになっちゃうよ!」 「んなことにはならねえから、おまえは安心してろ。俺が付いているだろうが、アンジェリーク」 あの頃のアリオスの頼もしい優しさを思いだし、アンジェリークは益々胸がキリキリと痛むのを感じた。 あの頃の優しさの半分でも良いから、優しさが欲しい。 アンジェリークは泣きながら毛布に包まり、迫り来る台風に怯えていた。 台風による雨風は弱まることを知らずに、かなり強くなってくる。 アンジェリークは頑丈なサッシすらも揺らす風に、恐怖以外は感じなかった。 その上。 突然、激しい落雷が起き、辺りが光る。同時に、折角付けていた電気が止まったのだ。 「て、停電!」 全くどこまでついていないのかと思う。 アリオスが帰って来てくれない間に、ハリケーンがやってきて、停電まで起きてしまうとは。 アンジェリークにとっては全くの踏んだり蹴ったりだった。 震えながら、アリオスの帰りを期待せずに待つ。 これで帰って来てくれなかったら、懇願してアルカディアに帰して貰おうと思う。 もう、篭の鳥の生活は、アンジェリークにとっては耐え切れるものでは無さそうだった。 じっと毛布に包まってリビングにいると、アンジェリークは益々惨めな気持ちになる。 だが、アリオスはいくら待っても帰って来てはくれない。 「…恐いよ…!」 久しぶりに声を出して泣き、アンジェリークは子供のように淋しがった。 嵐は止む気配すらなく、アリオスも帰って来てはくれない。 アンジェリークは泣き続け、とうとう疲れて眠ってしまった。 アリオスが帰って来たのは、アンジェリークが眠って暫くしてからのことだった。 連日会議が長引き、アリオスは首が回らないほどの忙しさだった。 昨日、今日と、少しは頑張ったせいか、明日は休みがようやく貰える。 アンジェリークとプールで出合った、あの接待の日以来の休息であった。 本当はもっと早く帰ってやりたかった。 だが、それも叶わず、アンジェリークはリビングで泣き付かれていた。 これでも激務の中、かなり頑張って帰って来たのだ。 アリオスは、嵐と停電が大嫌いなアンジェリークの為に、早く側にいてやりたかったが、結局はいてやることが出来なかった。 「…ごめんな、アンジェリーク」 リビングで毛布に包まって寝ているアンジェリークを、アリオスは抱き起こす。顔を見ると、涙の痕が深く遺っていた。 まだあどけなさが残る顔。 しかし、確実に”女”になり始めていることは、アリオスが一番よく解っている。 女として堂々と自分を惹きつけていることも。 涙の痕をなぞった後に、その部分にそっとキスを送る。 アンジェリークを起こさないように抱き上げると、ベッドに運ぶ。アリオスは自分が使っているベッドに寝かせると、その横に滑り込んだ。 セミダブルのベッドなので、アンジェリークを寝かせるのにはまだ余裕がある。 華奢なのにセクシィに成長したアンジェリークの肢体にくらくらになるが、何とか抑える。 守るようにアンジェリークをしっかりと抱き締めると、そのまま目を閉じる。 久しぶりにゆっくりと眠れるような気がする。 「おやすみ、アンジェリーク」 アリオスは緩やかで穏やかな眠りについた。 朝日を瞼の裏に感じて、アンジェリークはゆっくりと目を開ける。 温かくて安心する気配がして横を見ると、アリオスが手枕をして護るように眠ってくれていた。 「アリオス…」 子供の頃と同じように、アリオスはやっぱり護ってくれていたのだ。 アンジェリークにはそれが嬉しくてしょうがない。 胸の奥に温かいものが芽生えて、それが甘い感覚を呼び起こす。 やはり大好きだ。 こういったアリオスのさりげない優しさが、子供の頃から大好きだったのだ。 寝顔を見ていると、好きと言う名の感情が、烈しく沸き上がってくる。 アンジェリークが自分ではもう抑え切られないほどの恋愛感情を感じる。 お姫様に目覚めのキスが必要なように、王子様にも必要だ。 アンジェリークはそっと触れるだけのキスをアリオスに送る。キスをする間、躰が震えた。 唇を離してもまだドキドキする。 そんな中、アリオスの目がゆっくりと開いた。 「…アリオス!」 アリオスは目覚めるなり、アンジェリークを不機嫌そうに見る。 一瞬、びくりとしてしまう。 「アンジェリーク、おまえを手枕にしたら手が痺れるの何の」 アリオスの意地悪な言葉に、アンジェリークは一瞬、怯んだ。 「…なんてな」 ニヤリと笑うと、アンジェリークの腕を掴み、そのまま胸の上に押し倒してくる。 「きゃあっ!」 悲鳴を上げるとほぼ同時に、唇を重ねて来た。 「おはよう、アンジェリーク」 幸福が掌におりて来た。 |
| コメント 夏なので、リゾートものを書きたかったです〜。 8月中には終わらせます! |