Dream's End

〜夏の恋の物語第六章〜


 皇子様のキスでお姫様が目覚めるのは、フェアリーテールではお約束。

 冷たい唇が何度も触れてくるのを感じる。
 温かな唇から、命が吹き込まれているような気がした。
 ずっと知っていたように、しっとりと自分の唇を包み込んでくれる。
 幼い頃読んだフェアリーテールの、白雪姫や眠り姫が受けたキスも、こんなに心地がよいものだったんだろうか。
 定期的に触れられ、命を吹き込んでくれる唇に、アンジェリークはうっとりとしていた。
 そのせいかぼんやりとしていた意識が、唇が触れる度に戻ってくる。
 ゆっくりと瞳を開けるとアリオスが覗きこんでいるのが解った。
 近くには心配そうにしているセイランもいる。 
 ひょっとしてアリオスが人工呼吸をしてくれたのかもしれない。
 きっとそうだと思う。
 だってキスはとってもロマンティックで素敵だったから。
 そう思うだけで、アンジェリークは胸が痛くなるぐらいドキリとする。冷たかったはずの全身が、瞬く間に熱を帯びてくる。
 ほわほわとした温かな気分に包まれているのを壊したのは、アリオスの視線だった。
「ったく、人騒がせなやつだな!」
 アリオスの視線と声にびくびくとしながら、アンジェリークは小さくなる。
「ごめんなさい…」
 アリオスの言うことはごもっともなところがあるので、アンジェリークは小さくならずにはいられない。
 しょんぼりとしていると、アリオスがいきなり抱き上げてきた。
「…あ、あの、アリオス!?」
「今日はもう解散だ。おまえのとても大事な友達には悪いけれどな」
 ”友達”にアクセントを置くのはアリオスらしい。
 アリオスの強引さには、いつも辟易しているところもあるというのに、今の瞬間、明らかにアンジェリークはときめきをかんじていた。
 腕に食い込むアリオスの指先の強さですらも、ときめきの対象だ。
「じゃあな。こいつは俺が連れて帰る」
 アリオスはきつい眼差しでセイランを睨みつけて牽制後、すたすたと歩いて行く。
 アンジェリークはセイランに振り返ってただ一度だけ頭を下げて謝罪した。
 アリオスは女子更衣室の近くまで連れていってくれたのだが、何だか人の視線もちくちく感じて恥ずかしい。
「アリオス、もう歩けるから、大丈夫よ」
「ふらふらになっておまえが倒れたら困る」
 困惑気味にやんわりと言ったつもりだったのだが、アリオスは全く取り合ってはくれない。それどころか、更に強い力でアンジェリークを抱き、益々不機嫌になっていた。
 ようやく更衣室の前で開放された時は、嬉しいやら恥ずかしいやら複雑な感情が渦巻いていた。
「温かいシャワーを浴びて、直ぐに着替えろ。着替えたらロビーに集合だ。解ったな?」
 アリオスの口調は、まるで引率をする保護者のよう。先生のような有無言わせない口調に、アンジェリークは苦笑した。
「はい、手早くやって集合します!」
アンジェリークはわざと明るく振る舞おうと、敬礼をしながら茶目っ気たっぷりに笑って見せる。
 だがアリオスは相変わらず不機嫌そうだ。
 じっと見つめられていたのに気付き、俄かに心臓が踊り出す。
 頑固そうな表情なのに、クールで綺麗な異色の瞳だけが、熱くなっているように見える。
 あまりに官能的過ぎて、アンジェリークは胸が更に高鳴るのを感じた。
「…アリオス、着替えてくるよ」
「ああ」
 アリオスの視線が甘い痛みを呼び起こし、アンジェリークはこれ以上ここにいられない気分になる。息が苦しくて、浅い深呼吸を何度となく繰り返した。
 更衣室に入り、アリオスの視線から免れた後にも、ドキドキはまだ続いていた。
 肌もとても敏感になっているのが解る。
 アンジェリークは、ちくちくとした甘い痛みを抑えるかのように、熱いシャワーをたっぷりと浴びた。

 ようやく着替え終わりロビーに行くと、既に完璧に身支度をしたアリオスが待ち構えていた。
「帰るぞ」
 先ほどよりも更に声が怒っているような気がして、アンジェリークは怯みながらも返事をする。
「はい」
 返事をすると、全くのいきなりにアリオスが手を握り締めに来た。きちんと手を繋がれて、アンジェリークは再びときめきを感じずにはいられない。
「行くぞ!」
「はい!」
 今度は明るく返事をすることが出来、アンジェリークは嬉しかった。
 こうやって、アリオスとしっかり手を繋ぐことが出来るのが、嬉しくてしょうがない。
「ほら、これを飲め」
「有り難う」
 アリオスがくれたものは、甘くてフレッシュなマンゴージュースだった。アンジェリークの大好きなものをさりげなく出してくれるアリオスが、かなり素敵に思えた。
 手を繋ぎながらホテルを出て、駐車場に入る。そこで、アリオスが現地で使っている車に乗せて貰った。
 まるでこどものような扱いなのは解っているが、それでもアンジェリークは幸福だった。
 車だと直ぐにコンドミニアムに到着する。歩いても20分ぐらいの距離なので当然だ。
 まるで恋人たちねようだと、アンジェリークか甘い夢に陶酔していたのもつかの間。
 部屋に入るなり、アリオスからのキツイお仕置きが待っていた。
「アンジェリーク、どうして俺に一言も言わずに、プールに行った?」
「特に言うことではないと思ったもの…」
 やはり始まったアリオスのカミナリに、アンジェリークは躰を小さくさせ、恐縮しながら答える。
 正座をさせられて、本当の意味で、針の筵にいる気分だった。
「ちゃんと子供の時に習わなかったのか? 外に出るときは、必ず大人のひとに言ってから出掛けると」
 アリオスが余りにも子供扱いするので、アンジェリークはカチンとくる。いつまで経っても、幼稚園や小学校の子供じゃない。
「小さな子供じゃないわ! 自分のことは自分でちゃんと出来るもの!」
 アンジェリークはついいきり立ったが、アリオスを余計に怒らせる結果となっただけだった。
 現にアリオスのこめかみがかなり神経質にぴくぴくと動いてしまっている。
「…ほう、だったら、俺に助けられなくても大丈夫だったと言うつもりかよ!?」
 アリオスの声が邪悪に低くなり、アンジェリークを動揺させる。だが震えたら、また馬鹿にされる。
「助けてもらったのはとても嬉しいし、感謝もしている。だけど、セイランさんだっていたし…」
 セイラン。
 その名前が出ただけで、アリオスの不機嫌は頂点に達する。アンジェリークは今までにも増して厳しさを増したアリオスの眼差しを一身に受けて、躰を小さくした。
「だからおまえみてえにしょんべん臭いガキが、あんな男を選ぶんだよ。もっと大人になれ」
 アリオスの嫌味たらたらな一言に、アンジェリークは感情が沸いてくるのを感じる。沸点まで達した時に、アンジェリークはついに爆発した。
「アリオスは、何かあったら、私のことを、ガキ、ガキって子供扱いするけれど、17歳はね、立派な大人なの! アリオスに心配して貰わなくたって、ちゃんと出来るの!」
 ここまで言った瞬間、アリオスに腕を思い切り掴まれる。
「…痛い、離してよ…」
 アリオスの眼差しも腕の力も、彼が男であることを実感する。
 胸が烈しく鼓動を刻み、呼吸を取られる。
 だが、アリオスを追い払うことなんて、出来やしなかった。
「だったら、おまえがどれほど大人で、ガキじゃねえか、試してやろうじゃねえか」
「え!?」
 息を飲んだときにはもう遅くて、荒々しいアリオスの唇で唇を塞がれていた。
 少し体温より冷たい唇は、人工呼吸をしていたものと同じだ。
 アンジェリークはその唇をしっとりと受け入れてしまう。
 荒々しかったアリオスのそれが、少しずつ優しく甘くなる。
 舌はアンジェリークが心地良く感じるところを、的確に押さえ付けている。
 キスが深くなるにつれて、アンジェリークは苦しくなる。支えて欲しくて、アンジェリークはアリオスの肩を掴んだ。
 アリオスの肩に指が食い込んだが、腰に力が入らずに、そうでないと支えられないような気がした。
「ん……っ!」
 ぴりっとした痛みを感じると同時に唇を離される。口の中で血の味がした。
 ひりひりと唇が痛い。
 唇がぽってりと腫れているのを感じて、舌先でそこを舐める。
 痛くて熱い。そこだけが炎のようになっている。
 アリオスが冷たいのに奥に炎を隠し持っているような眼差しに、アンジェリークはどきどきした。今度は全身が熱い。
「罰だ」
 低い声で囁かれて、アンジェリークは奥が熱くなる。
 アリオスの親指が唇に触れてくる。なぞられて、いやらしい気分になる。
「…明日からは買い物以外の外出は一切禁止だ」
 アリオスは冷酷に言い渡し、アンジェリークを睨むように見る。その眼差しは、従わせてみせるだけの効力があった。
「…横暴だわ!」
「これ以上危険な目にあっても、困るのはおまえだろうが!」
 アリオスにぴしゃりと言い切られてしまうと、流石のアンジェリークもぐうの音すら出ない。
「買い物に行くのも、俺の許可制にするつもりだからな」
「…そんな…!」
 いくら抵抗しても、きっとアリオスは自分の考えを曲げることはないだろう。
 アンジェリークは大きな失望の溜め息をつき、うなだれる。
 結局、それが同意をした証になってしまい、アンジェリークは翌日からの自由を奪われてしまった。
「おまえは、俺の仕事が終わるまでは部屋から出るなよ? いいな」
 返事もしないが否定も出来ない。
 ただアリオスに噛まれた唇が痛くて、アンジェリークはうっすらと涙を浮かべた。
コメント

夏なので、リゾートものを書きたかったです〜。
8月中には終わらせます!




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