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目覚ましが鳴ったのは、キスをしようとした瞬間。 当然夢の話だ。 アンジェリークは今朝、久しぶりに素敵な夢を見た。 眩しい光りに包まれて相手の顔は見えない。ただ白い服を着ているだけしか解らなかった。 だが、自分はこの人が大好きだという自覚が、不思議なことにアンジェリークにはあった。 シンプルに、夢の中の恋人はロマンティックに大胆に迫ってくる。 「好きだぜ?」 その瞬間、目覚ましが鳴った。 全く勿体ないことをしたものだ。もう少しで、素敵な夢見るKISSが、文字通り夢の中でできたかもしれないのに。 溜息を吐き、大きく伸びをした後、アンジェリークはベッドから思い切り下りた。日差しを遮るカーテンを大胆に開ける。 今朝は窓から通り抜ける日差しが柔らかくなり、空気がぴんと張り詰めている。秋の気配が色濃くなっているのだ。秋の朝は、ひんやりとした落ち着いた『大人の朝』に思えた。 この時期になると、なぜだか人肌が恋しくなる。手を絡めたり、脚を絡めたりしたくなる。当然相手などはいないが。 だから、あんな夢を見たのかもしれない。 時計を見るといつもの時間。アンジェリークは制服に着替えた。ブラウスに袖を通すと、ひんやりとして肌に気持ちが良い。更衣の頃は暑くてしょうがなかったのに、たった二週間でちょうど良くなった。全く、季節の移ろいは、アンジェリークの乙女心よりも早い。 しっかりと頭が起きる為に朝食を食べ、レディでは当然の歯磨きと顔を泡立て洗顔すれば、はい完成! あ、ローションを塗って、リップでアクセントを付けるのを忘れていた。 いつでもどこでもある、朝の風景。 家をいつもの時間に飛び出して、走って学校に向かう。 ここまでは何時もの風景、何も変わらない日常だった。 「あっ!」 ただ走っているのに夢中になって前が見えていなかった。 厚いものにぶつかるなり、バランスを崩す。視界がぐるぐると揺れて、気がついた時には地面を見ていた。 「あつっ!」 見事に転んだ。それも酷く。朝からなんてついていない。 視界を少しばかり上げると、脚が見えた。 少し考えると事実が見える----人にぶつかって転んだのだ。 背中に汗が流れて、嫌な気分になる。正直、気まずい。だがここはグズグズしていられない。素直に謝るのみ。 「す、すみませんっ! 不注意で…」 相手の顔を見て謝ろうと、ゆっくりと視線を上げていく。 驚いた。 口をあんぐりと開けたと言ってもいい。 ぶつかった相手は精悍で整ったボディラインの青年。だが『マッスル! マッスル!』ではなく、直線を描く逞しいラインは、まるで彫刻。 顔を見ると益々驚いた。 綺麗と男らしさが程よく入り交じった、正に精微な顔。 瞳は厳しさが映りこみ、冷たさを感じさせる。鼻梁は高く鼻筋もすっきり。鼻も小さめ。唇は薄くて情が無さそうに見えるが、綺麗だ。 じっと観察するように見つめられて、アンジェリークは胸の鼓動が激しくダンスするのを感じる。青年の顔が、シャツから覗く鎖骨が、怒涛のように意識に流れ込んだ。 舌の根まで渇く衝撃。 朝陽を弾いた銀の髪も、翡翠と金が対を成す宝石のような瞳も、総て鮮烈な色で眼差しに焼き付いた。モノクロ映画ばかりを見ていて、初めてカラー映画を見たような衝撃。 世界がビビッドな総天然色の世界に変貌。今まで生きて来た世界が、陳腐なモノクロームに思えた。 「おい、大丈夫かよ!?」 声もまた躰から溢れるような甘いテノール。顔に合っている。それどころか、声を聞くだけで、何だかそわそわした。セクシィ過ぎて、自分のエロい部分を刺激されているようだ。 顔が熱くなった。 「おい!? 何ぼーっとしてんだよ! 栗!」 栗だなんて失礼な。だがアンジェリークはもっと失礼なことをしていた。青年がずっと手を差し延べていてくれたのにも関わらず、ぼんやりしていたのだから。 「あ、あの! どうも有り難うございますっ!」 陽射しに透き通るぐらいに美しい手を取る。肌を触れ合った瞬間、パルスが跳ね上がった。このままでは血管や心臓が壊れてしまうかと想うほど、スピードは勢い余っている。 顔まで影響を受けて、耳の中まで真っ赤になっていた。 力を込めてぎゅっと青年の手を握り締めると、想像出来ない程の強さで引き上げられる。 力に乗ろうとして、アンジェリークは激痛が走るのを感じた。 足首に力が入らない。痛い。 転げ回って、大きな声で叫びたいぐらいに。 顔をしかめて、アンジェリークは痛い足を浮かせて、片足だけで立った。”けんけん”状態だ。犬ではないが。 「どうした!?」 青年の綺麗な眉が酷く潜められる。どこか怪訝さを感じた。 「…痛くて…」 痛みとは別に、青年とより近い目線でいることが、呼吸を速め、アンジェリークは旨く表現出来ない。 「…痛い? 足がか?」 素直に頷いた。嘘をつく理由も婉曲する理由も何もない。 「足、捻っちまったかもな。酷い転がり方をしたからな。木から落ちる栗みてえに」 栗。 確かにアンジェリークの髪色は栗色。顔立ちもわりと幼い。だからといって栗はないだろう。栗に手足が生えた姿の自分を、思わず想像してしまった。 ちょっと滑稽。いやだいぶん滑稽かもしれない。 「栗じゃないです!」 口を尖らせながらぶつぶつとさりげなく拗ねてみた。だが、青年には全く効かない。 「足、くじいちまったかもしれねえな」 アンジェリークの表情などまるで見てはおらず、青年の眼差しは足首に集中していた。 「足触るぞ」 「え!? やだっ!」 「ガタガタ言うんじゃねえ! 診療出来ねえだろうが!」 冷たい顔にぴったりとばかりに、青年はどすの効いた鋭い声でアンジェリークを叱責する。そろは抜群の効果で、アンジェリークは肩を縮こませた。 青年に結局は従い、少しばかり躰を緊張させながら、診察を待つ。 掌もなにもかもが熱い。 恥ずかしいのか、ときめいているのかすら解らない。 「診るだけだ」 青年の眼差しは厳しく、アンジェリークの足首を真剣に触診する。直ぐに結果は出た。 「いひゃいっ!」 悲鳴にも似た声がアンジェリークの唇から漏れる。完全に足首を捩ってしまっていたのだ。 涙が流れるぐらいに痛い。 足の痛みと胸のときめきが交互にやってきて、呼吸が速くなった。相手は真剣に足首に触れているのに、そこから熱が入り緊張する。 「捻挫か、最悪、骨にひびが入っているかもな」 「ひび!?」 青年の指摘に、アンジェリークは背筋がしゃっきりと伸びる。鼓動が嫌な感じの音を奏でていた。 足首にひびなど入ったら大変だ。捻挫でも辛いのに。 泣きそうな顔をしていると、青年は益々眉間に深いシワを刻んだ。 感情の含んだ眼差しがぶつかり合い、会話をしている。 「夜勤明けだがしょうがねえ」 「えっ!?」 目を丸くしている暇などないぐらいに素早く、青年に抱えられ、しっかりとした肩に乗せられてしまった。 早業。 「手当てしてやる」 見ず知らずの相手に、手当てなんてしてもらいなくない。恥ずかしいし何よりも不安が頭を擡げる。 「がっ、学校の医務室ど…っ!」 「学校の医務室は応急手当てしか出来ねえだろうが。大人しくしろっ!」 男の叱責は強く、抵抗できないものがある。恐怖が先行し、アンジェリークは畏縮した。 夜勤とか言っていたので、ひょっとすると、しなくても、「ホスト」かもしれない。整った容姿を見れば見るほど、そう思えて来た。 アンジェリークがぐるぐると頭の中で色々と考えている間、青年は長いストライドで、かなり進んでいた。 目前に見えた建物に、アンジェリークは青年を疑ったことを深く反省する。 見えたのは大学病院。 アンジェリークの街の”白い巨塔”。 青年は正面入り口から堂々と中に入り、無言で突き進む。 「アリオス先生その子は!?」 看護士の女性がぱたぱたと駆け寄り、牽制するようにちらりとアンジェリークを見つめてきた。媚びた嫌らしい眼差しに、アンジェリークは辟易する。 「酷く転んで怪我をした。手当をしたらすぐに帰る」 「私がやります!」 「いい。俺ひとりでやるからおまえは構わねえ。とっとと仕事に戻りやがれ」 アリオスは低い声で不機嫌そうに呟くと、看護士を置き去りにして先に進んだ。 「い、いいんですか!?」 「こんな怪我、俺一人で充分」 随分と自信家だと想う。きっぱりとした態度を見ると、揺るぎのない何かを持っているのだろう。 一番奥にある、アリオスは外科用の診療室に無造作に入ると、直ぐにアンジェリークを硬くて白いベッドに寝かせた。 「足が擦りむいたのもついでに診てやる」 「有り難うございます」 アリオスは慣れた手つきで手指を消毒し、先ずはひざ小僧に作った大きな擦り傷を診てくれる。 「フン、たいしたことねえ傷だ」 「でも痛いです!」 ひざ小僧がじんじんと痛い。傷の部分の汚れを丁寧にアルコールで拭き取ってくれたが、かなり染みた。 「先生、痛いですっ!」 「ガタガタ言うな。これぐらいは我慢しろ」 「ふえー!」 アンジェリークは涙を滲ませて、頭を突き抜けるような痛みに耐え抜く。 「アリオス先生は、何科のお医者様?」 「外科」 何気ないように言い、アリオスは治療を続ける。医師だと解ってほっとすると同時に、ホストと間違えてごめんなさいと心の中で何でも謝った。 「あ…っ!」 突如、アリオスの舌がアンジェリークの膝頭を舐める。余りに突然の行為に、アンジェリークは全身に旋律を覚えた。 「…せんせっ!」 「これで治ったぜ」 ニヤリと深みのある素敵な笑みを浮かべられて、アンジェリークは頭から湯気が出るほど真っ赤になる。 「さてと問題はこの足首だな…」 再度様子を診て、アリオスの顔付きは厳しいものになる。アンジェリークは表情を見ながら、内心ハラハラしていた。 「恐らく骨は折れていねえと想うが、酷い捻挫なのは確かだな…」 アンジェリークはビクリとする。不安が渦巻き、落ち着かなくなる。 「先生! 私、バレエをやっていて、もうすぐ”エトワール”をやるんです! お願いです! 何とかなりませんか!?」 一生に一度だけのお願い事。 アンジェリークは真摯に願った。 |
| コメント 文章修行のために書いた一品。 あはは〜な出来ですが、愉しんで頂けると嬉しいです。 直ぐに終わります。たぶん(笑) |