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もっとそばにいたくて、モデルを辞めてアリオスのアシスタントになった。 けれども、仕事上のアリオスは冷たくて厳しくて、最近、モデル時代のほうが懐かしい気分になる。 もっと、アリオスの視線にさらされて、もっと近い位置にいられたような気がする。 元々ちやほやする人ではないけれど、けれども大切な被写体であるモデルを大切に扱うのには違いない。 アンジェリークは思い切って荷物をまとめてアリオスのマンションに向かった。 何度かインターホンを押すと、アリオスが出てくる。 「新聞勧誘はお断りだ!」 「こんにちは、アリオス」 アリオスはアンジェリークの姿を見るなり、いつもの鋭く感情のない視線を向けてきた。 「どうした?」 「押しかけてきたの。もっとそばにいたくて」 アンジェリークはアリオスにバッグを見せて、すましたように笑う。 「入れよ」 「うん!!」 いつも仕事の後は必ず打ち合わせと称して、アリオスのマンションに泊まっていたが、それだけでは溢れる気持ちが治まらなくて、とうとう押しかけてしまった。 「荷物は適当に置いておけ」 「うん!」 リビングの端に小さな荷物を置いて、アンジェリークはフローリングに座り込んだ。 アリオスはカメラをアンジェリークに向けると、気紛れに訊き始める。 「どうして押しかけてきた?」 「好きだから」 アンジェリークは満面の笑顔を浮かべると、即答した。「 おまえの答えはいつもシンプルだな? ここにいろよ。いつまでも」 アリオスは木マフレにアンジェ陸の写真を撮りながら誘ってくる。 「そのつもりだもん! 私”おしかけ女房”だから!」 アンジェリークは最高の笑顔を見せ、アリオスに輝くような表情を向ける。 ここから、ふたりの生活が始まった---- カメラマンとしてのアリオスの仕事ぶりは、相変わらず厳しいものであったが、それでもアシスタントとしては充実した時間を過ごすことが出来ている。 マンションに帰れば、アリオスとの甘くも不思議なひとときが待っている。 同棲を始めた時から、アリオスは日記のように毎日アンジェリークをカメラで捕らえていた。 主にモノクロームのフィルムに焼き付けていた。 眠っている姿、真剣に本を読んでいる姿。 日常生活のシーンを好んでシャッターを切っていた。 「あ、アリオス、子猫ちゃん!」 夕食の買い物の帰り、アンジェリークは路地裏を見た。 まだ産まれてそんなにも経っていない子猫がたった一匹でぴーぴー鳴いている。 「可愛い〜!」 アンジェリークは本当に嬉しそうに子猫を拾いあげた。その慈しみに溢れる表情も、もちろんカメラに納める。 最高の表情をしやがるな。 モデル時代もそれはピカイチだったからな。 アリオスは子猫と戯れるアンジェリークに、夢中になってシャッターを切った。 「アンジェ、連れて帰るか? そいつ」 「いいの?」 アンジェリークは本当にいいのかと、愛らしく小首を傾げてきた。 「ああ。家に帰って綺麗にしてやろうぜ。こいつの道具も揃えてやらねえとな」 「アリオス、大好き!!!」 アンジェリークの光り輝く満面の笑顔に、アリオスは何度もシャッターを切る。 俺が一番綺麗に写真が撮れるのは、被写体がこいつだからだな・・・。 アリオスはしみじみと思う。大切に、自分のプライベート写真として、ずっと持っておきたいと思っていた。 まずは猫を家に連れて帰り、プラスティックの皿にかつおぶしを入れてあげる。 「いっぱい食べてる〜!」 目を細めながら見つめているアンジェリークを、何度もシャッターを切った。 「この子の成長記録を撮りたいわよね」 「そうだな」 アリオスは心の中で、アンジェリークを記録を取りたいと思った。 アンジェリークの写真を撮ることで、アリオスは癒されるような気分になる。 俺の最高のストレス解消だな。 「ちょっと色々買ってくるから」 「うん! 早く帰ってきてね」 「ああ」 子猫を愛らしく着飾ってアンジェリークと一緒に写真を撮るのも悪くない。 アリオスはペットショップに行き、食事とトイレに必要なグッズと、子猫を可愛らしく着飾るにはぴったりな、バンダナなどを買い求める。 どれも、アンジェリークが喜ぶ姿を見たいためだった。 グッズを持って帰ってくると、アンジェリークはどれも一目で気にいってくれ、アリオスは嬉しい。 「凄い可愛い〜! 有り難う、嬉しいわ凄く!!」 アンジェリークは猫にグッズを見せて、とても嬉しそうにしていた。 「アンジェ」 名前を呼んで彼女が振り向くと、つかさずそこを写真に収める。 「きっと、いい写真になるぜ」 「うん。私もそう思う。でも、アリオスの撮る写真は全部素敵だから・・・」 「サンキュ」 アリオスはぎゅっとアンジェリークを背中から包み込むように抱き締めると、彼女もその腕を握って慰めてくれた。 それからというものの、子猫が癒しの存在となり、ふたりにとっては細やかな幸せの日々が続く。 毎晩、激しく愛し合った後は、ふたりの間に子猫を寝かせて川の字で寝る。 アンジェリークの膝の上で腹を出して眠る子猫を、アリオスは毎日のように撮り続けていた。 「アンジェ、今日の撮影は気合いを入れてくれよ。女優のエリザベスの広告写真だからな」 「うん!」 エリザベスと言えば、その美しさでは定番のあるモデル出身の女優で、アリオスは指名されて彼女を撮っている。 衝撃だったヘアヌード写真集もアリオスの手によるもので、当時ふたりは噂になっていた。 それゆえに少し切ない。 アンジェリークはアシスタントとして現場の準備にかけずり回った。 その間、アリオスとエリザベスは楽しそうに談笑している。 この瞬間が、いつも嫌だった。 何だか惨めになるから。 アンジェリークがアリオスを好きになったのも、モデル時代この打ち合わせの時間で色々と話すようになり、恋に落ちたからだ。 「じゃあ、撮影を始める。今日はよろしくな?」 「はい」 流石プロなだけあり、エリザベスは色々とポージングしていき、それをアリオスは的確にシャッターを切っていく。 アンジェリークはすぐにフィルムをアリオスに渡し、てきぱきとアシスタントの業務に努めようとした。 だが、そう意識してしまうと、アンジェリークは余計に動作が鈍くなる。 「アンジェ、フィルム!」 「はい」 「遅いっ!!」 いつも仕事に入ってしまえば、アリオスはかなり厳しいせいか、アンジェリークに冷たい罵声が浴びせられる。 いつものことだとは、割り切れない何かがアンジェリークにはあり、切なかった。 「休憩する」 アリオスの声が響き、アンジェリークは正直ほっとする。 アリオスがエリザベスとスタジオで談笑している間、アンジェリークは次の撮影の準備に余念がない。 喉も乾いたりしているが、水分を買いに行く時間すらなかった。 「これ飲んだらどうだ?」 汗を拭いながら顔を上げると、オスカーが冷たいものを差し出してくれる。 彼はトップモデルで、アンジェリークも共演したことのあったのだ。 今回の広告にも、エリザベスの相手として少しだけ顔を出している。 「お嬢ちゃんは、相変わらず一生懸命だからな?」 「オスカーさん」 「ほら」 「有り難う」 アンジェリークは軽く会釈をすると、ミネラルウォーターを受け取る。 「それ、モデル時代に好きだったやつだろ?」 「はい、嬉しいです」 乾いた喉を癒すようにアンジェリークは水を飲み干した。 「美味しい」 「有り難う、美味しかったです」 少し躰がしゃきっとした気がする。 「よかったな?」 「はい!」 アンジェリークとオスカーが仲良さそうにしているものだから、アリオスは鋭い瞳でアンジェリークたちを冷ややかに見つめていた。 |
| コメント 以前描いたアリオスカメラマン、アンジェアシスタントのお話です。 急に書きたくなりました。 もちろん続く(笑) |