1
どんな女の子も綺麗になりたいと思っている。 特に恋をしたならば、誰よりも綺麗になってそのひとに愛されたいと。 本当の恋をする前、アンジェリーク・コレットはごくごく普通の女の子だった。せっかくの相らしい顔立ちも、取り立てて輝いてみえる訳ではなかったし、内面から光り輝くものも、ごくごく普通だった。 どこにでも転がっているような女の子。それがアンジェリーク・コレットだった。 あの頃は、自分の美しさになんて気付いてはいなかった。 自分を持たずに、ただだらだらと過ごしていた。 お洒落になんて気にかけたことなんてなかったのに、ひとつの出会いが、アンジェリークを変えた。 ほんの数ヵ月前まで、髪はボサボサで、地味な銀縁眼鏡をかけた、どこにでもいそうな、勉強好きな、変わった高校生------ それが、アンジェリーク・コレットに付けられたレッテル。 「好きです!」 数年来から温めて来た想いを白い封筒に託し、アンジェリークは死ぬほど緊張しながら、大好きな優等生にラブレターを渡した。 ずっと同じ委員をしていて、気になっていた。想いを秘めて、秘めて、熟成をさせたところで、ようやく告げられたのに、突き付けられたのは、あからさまな嫌そうな顔だった。 「いらない。おまえみたいなドブスから、手紙なんて貰いたくない」 信じられなくて、一瞬、何を言われたのか、アンジェリークには上手く理解することが出来なかった。頭の中が、変に真っ白になる。ほうけた顔で、アンジェリークは小首を傾げてみた。 「ブスがそんな顔をしても、可愛くないんだよ。僕には釣り合わないから君は、悪いけれど」 鼻にかけるような厭味な調子で言われる。その上、デリカシーのカケラなどない男は、アンジェリークが渡したラブレターを、読まずに目の前で破り捨ててしまった。 そこまでされて、アンジェリークはようやく、事の次第に気付いた。 フラれたのだ。しかも、これ以上ないとばかりにこっぴどく。 男が去っていく背中を見つめながら、アンジェリークは暫く立ちすくむことしか出来なかった。 その日は散々だった。 授業がある間は、何とか我慢をして、鞄を持ってぼんやりと帰る。 涙ばかりが瞳から溢れ出して、アンジェリークにはどうする事も出来ないほどになってしまう。 こんなにこっぴどく言われてしまうなんて、アンジェリークには今まで なかった。それ故に、ショックはかなり大きかった。 涙で瞳がどんよりとグレーに曇って、何を見るのも、切ないフィルターを通して見てしまう。こんなに胸が痛いだなんて、今まで知らなかった。 失恋がこんなに苦しいものだなんて、アンジェリークには解ってはいなかった。 何も見えない暗闇を歩いているみたいで、アンジェリークは周りの何も見えてはいない。この青緑の瞳は、ただのお飾りしかなかった。 何かが横切る。 アンジェリークは何が横切り、自分にぶつかって来たかが、全く見えなかった。 「きゃあっ!」 声を上げた時には、もう遅かった。躰がぐらりと揺れて、バランスが取れなくなってしまう。 涙で何も見えていなかったアンジェリークは、そのまま酷く転んだ。その弾みで、眼鏡を高く飛ばしてしまう。 「あっ…!」 手を付きながら叫んだがもう遅い。アンジェリークの銀縁眼鏡は、弧を描いて、そのまま地面に落下した。 ぱしゃりとレンズを割れる音が響き、万事休すだ。 「…眼鏡っ!」 叫んだが、もうどうにもならない。本当に今日は厄日だ。 「大丈夫か!?」 慌てた甘いテノールが、アンジェリークの頭の上から下りてくる。 顔を上げると、美しく整った顔が、アンジェリークを心配そうに覗きこんでいた。 「…眼鏡が…」 「眼鏡なんかどうでもいい! おまえさんは平気なのか?」 眼鏡よりも、この身を心配してくれるなんて。アンジェリークは、目の前にいる男が、かなり奇特な性格をしていることに先ずは感動していた。 あんなに酷い扱いを受けた日に、まるで王子様がお姫様にするように、ひざまづいて手を差し延べてくれる。 こんなこと、今まで想像だに出来ないことだった。しかも、相手はとてつもなく整った顔をしている。眼鏡をかけているとは言え、そんなに悪くないアンジェリークは、直ぐに男の綺麗なハンサムぶりに息を飲む。 これは、まるっきりロマンス小説や、少女マンガの展開だ。 アンジェリークは驚きの余り、口をあんぐりと開ける。その自分の表情が、目の前の青年に似つかわしくない、余りに間抜けな顔であったが。 「おら、掴まれ。他にどこもケガがなかったならな」 男は少し苛々しているようで、アンジェリークに対してぶっきらぼうに手を差し延べてくる。 ときめいているのに、何だか遠慮が先立ってしまう。 「ったく、しょうがねえ女だな」 「えっ!」 青年は強引にアンジェリークの手を取ると、立ち上がらせてくれる。ぽんと魔法を使うかのように立たされて、アンジェリークはきょとんとしてしまった。 「痛いところは!?」 「ないです…」 アンジェリークがはにかんで言うと、男は軽く頷いてくれた。 「眼鏡を壊しちまったな。すまねえ」 「いいえ。それは私が悪いから、構わないです」 「だがこっちにも非はあるからな」 男はそこまで言うと、アンジェリークをじっと見つめてきた。余りに綺麗な顔をしていたものだから、アンジェリークはときめきを覚えてしまう。 「おまえの眼鏡は責任を持って弁償するぜ。後、コンタクトもいるよな」 「あ、あの…、そこまでしなくてもっ!」 男が余りに親切過ぎるものだから、アンジェリークはたじろぐ。こんなに素敵な男性に、親切にされるのは何だか分不相応のような気がした。 「そこまでは、いいです。私が悪いですから…」 アンジェリークは丁寧に頭を下げて青年に断りを入れる。本当に申し訳がないと思っていたから。 「ったく、ぐずぐずするな。俺に付いて来いっ!」 睨まれてびくりとしている隙に、男はアンジェリークを強引に引っ張っていく。 誘拐されるかもしれないと、アンジェリークが思ったのもつかの間、男は眼鏡とコンタクトを扱っている、お洒落な店へと連れていってくれた。 「おまえさんはもっと洒落た眼鏡をかけたり、コンタクトをしたりしたら似合うし、もっと可愛くなれるはずだ。そんな 自信が無さそうな顔とは、無縁になれるはずだぜ?」 男は、自分の言葉に揺るぎのない自信を持っているかのように言い、アンジェリークをシンデレラのような気分にさせてくれる。今までこんなことすら言われたことはなかった。いつもアンジェリークは、誰かの引き立て役だったから。 「…綺麗になれるって…、言われたことなんて、今まで言われたことがなかったから…」 「おまえが変われば、なれるんじゃねえか?」 目の前の男はフッと笑いかけると、アンジェリークに名刺を差し出した。 そこには、CM監督アリオスと書かれている。 アリオスと言えば、数々のドラマティックなCMを監督し、CM界の魔術師とうたわれている。勿論、アンジェリークもアリオス監督のCMが話題になったことも知っているし、好きなものもある。 しかしそのアリオスの実像が、こんなに若いとは思わなかった。 名刺を見て、アンジェリークはアリオスをじっと見つめる。 「なあ、綺麗になって、誰がを落とす時に、誰かに綺麗だって自慢したくはねえか? おまえならその価値はある ------やってみねえか?」 目の前にいる男性が、まるでシンデレラの魔法使いのように思える。 実際には皇子様のように素敵な魔法使いだけれども。 なんだか素直に男の言うとおりになれるような気がする。 アンジェリークは背筋を伸ばすと、素直に返事をした。 「はい!」 |
| コメント 新しいアリコレ。 シンデレラものです。 |