Beauty Cinderella

2


 眼鏡とコンタクトの度を測った後、使い捨てで瞳が美しく見えるコンタクトレンズを装着してもらった。瞳の中に異物を入れるというのは、抵抗があったが、着けてみると意外にスムーズにいった。
 スッキリしていて、眼鏡よりも気持ちが良い。
 世界が明るくなったような気がした。
「眼鏡より、おまえはコンタクトのほうが似合っているんじゃねえか?」
 アリオスに言われると本当にそんな気分になるから不思議だ。
「有り難うございます…。あ、あの…費用は…」
 アンジェリークは目の前の変化に目を見開きながらも、おどおどと不安げな眼差しでアリオスにお伺いを立てた。
「費用は気にするな。高くはねぇからな、使い捨てのコンタクトレンズは…。ただ、診療が発生しているから、明日、診察費用と保険証をここに持ってきてくれたらいい」
「はい」
 ここまでしてもらって悪いといった気持ちでいると、アリオスはぽんと肩を叩いてくれた。
「眼鏡が出来あがる間に、上のサロンに行くぜ? そんな状態だと、折角のコンタクトした姿が勿体ねぇからな」
 アリオスは本当に不思議な男だ。ただ眼鏡を弁償するだけで、役割は済んでしまうというのに、とことんまで変 身させようとしてくれている。全く有り難い話だ。アリオスの職業柄がそうさせてくれるのだろうか。
 ビルの上には、アンジェリークも雑誌で見たことがあるようなサロンがあった。予約はないのに、アリオスが一緒というだけで、アンジェリークはスルーパスだった。
 明るい光が当たる場所のチェアーに座らされて、鏡ごしでアリオスと美容師を見る。
「このヘアスタイルのベースはそのままで、軽くしてくれ。後は、顔剃りとトリートメントを頼む」
「はい」
 アリオスが事細かに指示をすると美容師は頷きながら、アンジェリークをじっと見つめてくる。
 綺麗な顔をしていたので、アンジェリークはドキリとした。
「軽く毛先が遊ぶような形にしますね」
「はい…」
 今までは、おばあちゃんの代から使っている古びた美容院を使っていたので、ずっとおかっぱ一辺倒だった。男性美容師に髪を触らせたことすらないのだ。
「シャンプーとトリートメントをしたらきっていきます」
「はいっ!」
 男性にシャンプーをされるなんて初めてだったが、なんて気持ちが良いものなのだろうかと、アンジェリークは思った。
 トリートメントをした後、カットに入ったが、本当に毛先を切る程度だった。
 カットの後は、綺麗な女性のカウンターに連れていかれ、そこで顔剃りと簡単なフェイスパックをしてもらった。
 トータルでアリオスに綺麗にしてもらっている感じがする。
 アリオスが戻ってきた頃には、アンジェリークからは野暮ったさが消えて無くなっていた。
「悪くねぇな。学校ぐれぇなら、綺麗になって目立つぐれぇだな」
 アリオスが顔を余りにじろじろと見てくるものだから、アンジェリークは恥ずかしくなってしまった。
 確かに数時間前まであった、アンジェリーク・コレットの雰囲気はなくなっている。
「まだまだおまえは磨く価値はあるな。俺がおまえを最高の女に磨いてやるよ。どうだ?」
 鏡ごしに見るアリオスは、誰もが色褪せてしまうぐらいに素敵だ。先ほどいた美容師ですらも、顔を思い出せないぐらいになってしまっている。
 こんな素敵なひとに、綺麗にしてもらって、本当に構わないのだろうか。アンジェリークは戸惑いを感じた。
「…あの、私なんかでも、キラキラ輝くことが出来るんでしょうか…」
 アンジェリークは不安に思うことをアリオスに吐露し、切なく眉根を寄せる。
 アリオスの綺麗な眉が歪む。怒っているのは、明らかなように思われた。
「おまえは、その考え方や姿勢から変えていかねぇと、綺麗にはなれねぇな」
「え…」
 アリオスにストレートなまでに言われてしまい、アンジェリークは顔色を失う。アリオスにはそれぐらいの威力があった。
「俺は、女は誰だって宝石だと思っている。綺麗になりてぇって思うのは当然だし、またならなければならねぇって思う。誰だってな、真剣に磨けば綺麗になるもんなんだよ。おまえはそれを良く解ってはいねぇ」
 ストレートにズバスバ言うアリオスの声も言葉も、説得力があり過ぎる。
「わ、私も頑張ったら宝石になれますか?」
「ああ。勿論」
 アリオスにキッパリと言って貰え、アンジェリークは内側から元気が溢れてくるのを感じる。
 本当に綺麗になれるのなら、やってみたいと思う。
 アンジェリークは深く息を吸い込み、決意を固めていく。
「綺麗に…なりますっ!」
 今までの想いを吐き出すように、アンジェリークはしっかりと言った。
「よし。良く言った。俺もおまえのサポートが出来るようにするぜ」
 アリオスが手伝ってくれるのであれば、とても力強い。とことんまで綺麗になれるような気がした。
「宜しくお願いします!」
 深々と頭を下げた後、アンジェリークの心には決意か溢れる。
 本当に綺麗になりたいから。
 アンジェリークは本気で強く思った。
「おまえは宝石でいうならエメラルドだ。ダイヤより希少で美しく気高さを秘めた宝石だ。磨けばおまえは絶対に変わる」
 アリオスが言うと本気で変われるような気がする。
「変わります、必ず」
 唇から力強い言葉が出てくるのが、何とも不思議だ。
「先ずは背筋をしっかりと伸ばしてもらわねぇとな」
「はい」
 見よう見真似で背筋を伸ばしてみると、心がしゃんとするのが不思議だ。
「もっと背筋を伸ばしてみろ。ピンとな」
 アリオスが背筋に手を置いて、更に伸ばしくれた。綺麗で大きな手の平の感触に、アンジェリークは胸が飛び出てしまうかと思う程に、ドキドキした。
「こうやって胸をはる。すると気持ちがスッキリするからな」
 アリオスの言う通りだ。背筋を伸ばすだけで、内面に自信が持てたような気がした。
「座る時も、ちゃんと脚を揃える。そして脚を心持ち横に倒す。そうだ。そうするとエレガントに見える」
 アリオスはまるでマナー講師のようにきちんと指導をしてくれる。アンジェリークは、そのひとつずつを聴き入り、実践していった。
「歩く時も、前をちゃんと向いて歩け。背筋を伸ばして前を歩くだけでも、全く違う」
 アンジェリークは試しに、アリオスが言うように歩いてみた。すると本当に明るい気分になるので、不思議だ。
「ウォーキングはきちんとやらなくちゃいけねえかもしれないが、中々じゃねえか?」
 アリオスはちゃんと褒めてくれる。それがアンジェリークには嬉しくてしょうがない。
 アリオスに褒められると気持ちが良いのだ。かけねなく。
 このままアリオスのレッスンを受けていていたかった。しかしアリオスが不意に時計を見て、時間を気にした。
「よし。また明日でも来い。どうせ放課後に眼科に来るだろ? その時にこのサロンにまた来い。俺の名前を呼んでくるたら降りていく。俺の事務所はこの上だからな。明日は事務所で仕事をしているから、大丈夫だ」
「はい!」
 アンジェリークはしっかりと返事をすると、アリオスにもう一度、深々と礼をした。
 アリオスに出会ってからというもの、劇的に人生が変化を遂げていく。そんな瞬間が今現れたのだ。今まで、こんなに短い時間で変わることが出来るなんて、思ってもみなかったのだ。
「じゃあ明日ここに来ます」
「ああ。待ってる」
 待ってる-----
 そんなことを誰かに言われたことなんて、今までのアンジェリークにはなかった。だからこそときめきが躰のあちこちから沸き上がってくる。
 手を振って、アンジェリークは走っていく。
「また、明日!」
 自分でもびっくりするぐらいの声が聞こえる。明るく幸せな気分で、アンジェリークは駆けていくことが出来た。


 シンデレラになったような気分で、翌朝、アンジェリークは学校に登校した。
 自分でもかなり変わったと思っていたので、意気揚々と校門を潜る。
 だが待っていたものは、好奇な視線ばかりだった。誰もがアンジェリークを見るなり、くすくすと笑っている。
 その声を聞くにつれて、アンジェリークの背筋はどんどん丸まっていく。
 いつものアンジェリーク・コレットに逆戻りだ。
「…告白してこっぴどくフラれたらしいわよ」
「まだ脈でもあると思っているのかしら。ブスなのに!」
 中傷がアンジェリークの胸を深くえぐっていく。教室に入る頃には、いつものアンジェリークになってしまっていた。
 暗くて俯いてばかりのアンジェリークに。
 ようやく学校が終わり、アンジェリークはとぼとぼと途方に暮れて歩いた。
 とりあえずサロンと、眼科だけには顔を出さないといけない。
 眼科で診療費用を払った後、サロンに向かった。
 入口まで来てアンジェリークが顔を上げると、そこにアリオスが立っている。
「待ってた」
アリオスはそれだけを言うと、アンジェリークの腕を強引に引っ張っていく。
 アンジェリークは躰を浮かせるように着いていく。
 ドアを開けられてはっとする。
 大勢のモデルが、アンジェリークを一斉にこちらを見てくる。
「新しい雑誌とCMのイメージモデルのオーディション会場だ」
 一瞬、アンジェリークは何が起こっているのか解らなかった。
コメント

新しいアリコレ。
シンデレラものです。
現役コンパニオンの頃、ウォーキングやら姿勢やらのことについてよく言われたので、
思い出しながら書きました(笑)





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