とらわれの姫君


 私はいつも待っている。
 ひとり窓辺に座り、大切な男性がやってくるのを。
 大切な男性の名前はもう判っている…。
 大切な、大切な、”アリオスお兄ちゃん”…。
 今日も月の光りに照らされてやってくる、私にとってはロマンティックな王子様を待ち侘びている…。
 月に浮かび上がる影に魅せられて、私は立ち上がる。
 現れたのは窓から…ではなく、ちゃんと部屋のドアからだけれども。
「ただいま、アンジェ、おう、また部屋の電気を付けていないのかよ!?」」
 ロマンティックとはほど遠い台詞付きで現れた影は、やはり大好きな男性。
 ロマンティックに逢瀬を楽しむお姫様気分に浸っていたいけれど、お兄ちゃんが私の部屋の電気を付けたから、それでおしまい。
「良い子にしていたか?」
「うん。ちゃんと、普通に生活していたよ。いつも通り」
「だったらいい。忙しくて、あまりおまえを構ってやれねえからな」
 優しいアリオスお兄ちゃんの手が、私の髪をくしゃりと撫でてくる。
 魔法が解けるのを感じた。
「…子供じゃないわ…もう」
 いつまでも小さな子供時代と同じ扱いに、私は思わず拗ねてしまう。
 アリオスお兄ちゃんは私をよく解っていない。私はもう子供じゃない…。17歳で女だ…。
 複雑な気持ちでアリオスお兄ちゃんを見つめても、優しくてどこか私を小ばかにしたような眼差しが降りてくるだけ。私がこんなに 切羽詰まった気持ちでいるのに、お兄ちゃんはからかいを止めてはくれない。
「俺にとってはおまえはまだまだガキだぜ? 大人ぶった顔をする前に、今日の宿題のことを考えやがれ」
「いひゃいっ!」
 私の鼻を少しだけ強く摘んで、お兄ちゃんは笑っている。
 私が望んでいることは、そんなことじゃないのに!
「下に来いよ。おまえの好きなケーキを食わせてやる」
「うん!!」
 お兄ちゃんは喉を鳴らしてくつくつと豪快に笑っている。ケーキに釣られて下にやってくる私が、愉快なんだろう。
 悔しいけれど、甘い誘惑には勝てない。
 私はリビングに下りて、アリオスお兄ちゃんが買ってきてくれたケーキにあう、紅茶の葉を探す。
「アンジェリーク、ダージリンをお願いね!」
「はあい」
 お母さんに言われて、私はダージリンをあたふたと探す。
 リビングには、お母さん、そしてもうひとりのお兄ちゃんがいる。
 堅物でどうしようもないけれど、私は大好きなんだ。
「アンジェリーク、今の時間におよそ280キロカロリーのケーキを食べたら、寝る前に30分はワークアウトをしなければなりませんよ」
 堅物学者である長兄のエルンストお兄ちゃんは、堅くてとてもきまじめ。悪気はないけれど、たまに私には”嫌み”にしか聞こえないことも言ったりする。研究者としての真面目さがそうさせるかもしれない。
「エルンストお兄ちゃん、そんなことを気にしていたら、美味しいケーキが食べられないじゃない。折角の”カフェオランジェ”のケーキ何だから」
 私はぶつぶつ言うと、準備をしているアリオスお兄ちゃんがまた喉を鳴らして笑っている。
 ホントにアリオスお兄ちゃんは、家ではよく笑う。
「おいエルンスト兄、アンジェはまだまだ幼児体型、ころころぐれえがちょうど良いんじゃねえの?」
「ひどい! 幼児体型じゃないわよ!」
 アリオスお兄ちゃんはいつも私をからかってばかり。それが心地良いと思う反面、切なくて苦しくも感じる。
 それをきっと、アリオスお兄ちゃんは知らない…。
「アリオスお兄ちゃんは、たまに帰ってきたら、いっつもからかってばかり」
 私が頬を膨らませると、アリオスお兄ちゃんの優しい手が、私の頬をつついて来た。
「ふぐみてえ!」
「もうっ!」
 からかいタイムが終わり、ようやくおやつの準備が出来る。
 掛け替えのない家族が揃った団欒。私には一番大切な時間かもしれない…。
 時間が9時を回り、人気の音楽番組が始まる。私たちはそれを仲良く見つめた。
 何故なら、私たちの家族であるアリオスお兄ちゃんが出演しているから。
 アリオスお兄ちゃんは、カリスマミュージシャンとして知られていて、出す曲総てをチャートのナンバー1に送りこんでいる、凄いアーティストだ。
 その整った美貌から、「抱かれたい男ナンバー1」にも選ばれ、私たち女子高生の間でもかなりの人気だ。
 お兄ちゃんが格好良くて素敵なのはよいけれど、みんなの憧れの的で、人気者なのは複雑な心境だ。
 だってお兄ちゃんを独占したいと思っているから。
 ケーキを食べながら、みんなでアリオスお兄ちゃんの出ている見るのが習慣になっている。
 これが我が家の一家団欒。
 といっても、早々と寝てしまったおばあちゃんと仕事でまだ帰っていないレオナードお兄ちゃんはいないけれど。
「次はお兄ちゃんじゃない。へぇ、”チャンプ”扱いかあ」
 私はケーキをぱくつきながら、テレビの向こうに映っているお兄ちゃんを見た。
 身内がテレビに出るなんて、ホントにドキドキする。しかも大好きなお兄ちゃんなら尚更。
 ホントに、アリオスお兄ちゃんは、我が兄ながら素敵だと思う。
 けれどこんなことを言えば、お兄ちゃんのことだから私をからかってくるのに決まっている。だから何も言ってあげなかった。
「お兄ちゃんって、テレビに映ると、”別人28号”だよね!」
「いいから黙って見てろ!」
 お兄ちゃんは私の頭を軽く叩いてくる。ホントに暴力兄だ!
「もう! 痛いなあっ!」
「気にするな」
 私はぷりぷりと怒りながら、お兄ちゃんが出ている映像を真剣に見た。
 ホントにかっこよくて、誰よりも素敵だと思う…。
 子供の頃は、アリオスお兄ちゃんと結婚したかったけれど、それは無理な相談。
 私は…、今でもアリオスお兄ちゃんが王子様だと思っている。
 私の大切で掛け替えのない王子様…。
 だけど、ホンモノの兄妹だからどうしようもない…。
 私の恋は一生実るはずがない…。
 中学生になったばかりの時、アリオスお兄ちゃんが好き過ぎて、とても甘くてロマンティックでだけど許されない夢を見た…。
 私が”眠れる森の美女”のオーロラ姫で、王子様であるアリオスお兄ちゃんがキスをしてくれる…。
 他愛のないよくある夢だ。
 きっと、世界中のアリオスお兄ちゃんが大好きな女の子たちが、私と同じ夢を見ているに違いない…。
 大好きな男性…。産まれた時からこれは変わってはいない。
 テレビに輝いて映るアリオスお兄ちゃんを見つめる。
 アリオスお兄ちゃんは、今や実力と人気を兼ね備えたスーパーカリスマミュージシャンになってしまった。
 一番近い場所にいる”異性”である私から見ても、最近のお兄ちゃんは更に素敵だ。
 表現が出来ないほどの、切なくて苦しい感情が込み上げて来て、私は息苦しくなった。
「おい、おまえ、俺の分を食うか?」
「うん、有り難う! カフェオランジェのケーキなんて中々食べられないもんね」
 私はアリオスお兄ちゃんのケーキを取り上げて、ほくほく顔で食べ始める。だけど、鋭い視線でエルンストお兄ちゃんが見て来た。
「太りますよ、アンジェリーク」
「いいのよ! 別腹だからね! レイチェルもそう言っているでしょう!」
「…アンジェリーク、お兄ちゃんをからかうのは止めなさい」
 エルンストお兄ちゃんが照れ臭そうに笑うので、私も幸福になった気分で笑った。
「アリオスお兄ちゃん、ルヴァおばあちゃんとレオナードお兄ちゃんの分は?」
「ばあちゃんのは買ったが、レオナードのは買ってねえ」
 何時ものようにアリオスお兄ちゃんは不機嫌そうにいう。
 レオナードお兄ちゃんは、所謂”パパラッチ”。本当はもっと硬派なカメラマンを目指しているけれど、今は儲かると言って、芸能関係のスクープカメラマンをしている。
 だからミュージシャンであるアリオスお兄ちゃんはあまりよく思っていないのは事実だ。
「どうせ今夜もクラブとかに行って、帰ってこねえだろう」
「だと、思うよ」
 これがうちの家族。
 お父さんは私が小学校の時に亡くなりいない。今は、ルヴァおばあちゃん、やり手の生命保険セールスレディであるお母さんのディア、長男エルンストお兄ちゃん、次男 アリオスお兄ちゃん、三男レオナードお兄ちゃん。そして私。居心地がいいのか独立した者はおらず、狭いながらも楽しい我が家だ。
「さあて、お腹一杯になったし、部屋に戻って寝るわ」
 私が席から立ち上がると、エルンストお兄ちゃんはじっと見つめてくる。私はその視線の意味をよく解っていた。
「お兄ちゃん、明日はレイチェル来るからね。心配しなくても大丈夫だよ」
「アンジェリーク…、いらないことを言っていないで早く歯を磨いて寝なさい」
「はあい!」
 お風呂は入ったので、後は歯を磨くだけだ。しゃかしゃかと歯を磨いた後、私は部屋に戻った。
 部屋と言っても自分の部屋じゃない。アリオスお兄ちゃんの部屋。
 お兄ちゃんが帰って来ている日は、たまにこうやって部屋に忍び込んで寝ることがある。
 お兄ちゃんの大きなパジャマの上をネグリジェのようにして着て、一緒に寝るのだ。
 大好きなアリオスお兄ちゃんと兄妹なのはかなりのダメージだけれど、一緒に眠れるのは兄妹の特権だと思っている。
 お兄ちゃんの香りがほんのりとするパジャマににんまりとしながら、私はベッドの中に潜り込んだ。
 気持ちが良くてうとうとしていると、アリオスお兄ちゃんの気配がした。
「ったく、また潜り込んできたのかよ…。困ったヤツだぜ…。パジャマも盗りやがって…」
 お兄ちゃんがいつものように悪態をついてくるものだから、私はわざと寝たふりをする。
「おい、アンジェ!」
 声をかけられても、私は勿論寝たふりを気取る。
 上掛けを取られても、私はニセモノの寝息を立てた。
「おい、アンジェ!」
 何度呼んだって、目は覚まさないもんねえ。すると、お兄ちゃんが苦笑するのが聞こえた。
「ぐふっ…」
 いきなり鼻を摘まれて、私は呼吸を奪われる。ホントにアリオスお兄ちゃんは意地悪だ。
「くっー!」
 私はとうとう耐えられなくなって跳び起き、アリオスお兄ちゃんの思惑通りになってしまった。
 ぜえぜえとまるで犬みたいに、私はうずくまって呼吸をする。
「狸寝入りするからだぜ?」
「もう、意地悪なんだからっ!」
 私は悔しくて頬を膨らませると、ベッドの端に寄って、アリオスお兄ちゃんに背を向けた。
「たまにはちゃんと自分の部屋で寝ろよ?」
「どうして?」
「だっておまえの寝屁臭えもん」
「アリオスお兄ちゃんだって!」
 乙女に対して、兄の癖に何て言い草だと思う。けれど、ベッドから出ていけないのは、ここは私の”アルカディア”だから。
 暫くじっとしていると、お兄ちゃんが観念したとばかりに溜め息をつく。
「しょうがねえな。シャワー浴びてくるから、俺の場所は空けておけよ!」
 ドアの閉まる音がした後、私は幸せな気持ちになる。ふわふわとした温かさに包まれて、お兄ちゃんが戻ってくる前には眠ってしまった。


 規則正しくノックする音が響く。
 私はその音で目が覚めた。直ぐに時計を見て、まだ起きる時間ではないことを確認する。
 ホッとして、また眠ろうとすると、ドアが静かに開いた。
「…アリオス、今朝は早いと言っていなかったか…」
 入って来たのはエルンストお兄ちゃん。
 お布団の、お兄ちゃんの顔色が変わる。
 驚きと戸惑いが交差し、何故か青白くなっている。
 するとエルンストお兄ちゃんはドアを思い切り閉めて、そのままバタバタと走っていってしまう。品行方正なおにいちゃんには、かなり珍しいことだ。
「おまえたち、一緒に寝ているのか!?」
 エルンストお兄ちゃんの声は動揺の余りに、明らかにひっくりがえっているようだった。
 だが、どうしてなのか、私には解らない。
「うん、たまにね。お兄ちゃん、知らなかった?」
 何の罪悪感もなかった私は、素直に言ったが、この時は、エルンストお兄ちゃんが本当に驚いた理由を、まだ知らなかった。
 
コメント

ふと書きたくなった、アリコレ兄妹物です。
コメディタッチでいきたいなあと思っています、




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