後編
成り行きで、アリオスたち、自称「大人軍団」とコンパをすることになってしまったアンジェリークは、妙な気分だった。 レイチェルやエンジュはかなり乗り気だし、快諾してくれたアンジェリークたちの先輩であるリモージュにしてもかなり楽しみにしてくれているようだった。 「成り行き任せでこうなってしまったけれど、女子高生とコンパするなんて、アリオスの周りはロリーが入っているかもしれないな…」 アンジェリークはひとりごちながら、一抹の不安を払拭出来ないでいた。 アリオスはきっとからかうばかりだろうし、その他の男性にも、いるのだろうか。アンジェリークの運命のひとが…。 「アリオスの友達だもの、あまり期待しないでおこうかな」 公園の桜の蕾が大きく膨らむのを見つめながら、アンジェリークは想いを乗せる。 桜色に色付き始めた蕾は、正に大輪の華を咲かせようとしている。まるで本当の恋を知る前の乙女のようだ。 「でも、私はこれかもしれないな」 アンジェリークは、膨らんで柔らかくなり始めた桜を尻目に、まだ硬そうなものを見つける。まるで子供っぽい自分のような気がする。 アンジェリークは愛しげに目を細めながら、まだ硬い蕾にエールを贈った。 「また、この桜を見ていたのかよ?」 アリオスだ。建築士とはそんなに隙なのだろうか。アリオスを見ればそう思わずにはいられない。売れっ子のようだが、いつもこの公園の桜の下で出会うのだ。隙なのかと勘繰るのは、無理ないと思う。 「アンジェ、また桜を見てたのかよ。桜は明日にも咲くみたいだがな」 「うん。もう蕾がぱんぱんだもん。綺麗なものを見せてくれるよきっと」 「そうだな…」 アリオスが横に立って、一緒に桜を眺める。ふと、アンジェリークは、アリオスがこんなに身長が高かったかと、意識せずにはいられなかった。アリオス自身の存在を妙に意識する。胸がドキドキと、バスケットボールのように何度も音を立ててジャンプしている。 こんなことは、今まで経験したことはなかったというのに、ときめきに似た感情を持つなんて、不思議な感じだった。 桜よりもアリオスの横顔に興味を持ってしまい、アンジェリークはじっと見つめてしまう。 「なあ」 「あ、はいっ! 何?」 アンジェリークは、アリオスの横顔を見ていたことを指摘されるのかと思い、胸が傷むほどドキリとした。 「コンパの日が決まったぜ。おまえも桜を見ながらが良いだろうから、花見が出来るダイニングを予約した。四月の四日だ」 「おかまの日!」 その日付にアンジェリークは思わず反応せずにはいられなかった。 「アホかおまえ」 アリオスのいつものツッコミに少しだけほっとしながら、アンジェリークは笑顔を向けた。 「そういうことだから宜しくな。オスカーみたいなのも、ロボットみたいなメガネも、むさいやつもいるが気にするな。じゃあ頼んだぜ。 あいつら、期待しているみてえだからな」 「こっちはとびきりのを連れて行くんだから、ちゃんとしてよね」 「ああ。教育しとくぜ」 アリオスは手をひらひらっと振ると、また仕事に出掛けてしまった。 アリオスが出掛けていく後ろ姿を見つめながら、アンジェリークは何だか綺麗だと思わずにいられなかった。 コンパ当日。 女の子軍団は誰もが気合いが入り過ぎて、結局は、ナチュラルな自分たちに合ってしかも好きなスタイルのおしゃれをしてきた。 レイチェルはパープルのシックな大人のタイトなワンピースで躰のラインを強調していたし、リモージュは正にスノウホワイトのような白を基調とした愛らしいワンピース、エンジュはよく映える赤を基調とした可愛いミニスカートと白いニットだ。アンジェリークはと言えば、みんなより抑え目だが、ピンクの花柄シフォンスカートに薄いブルーのラブリーなトップス、髪は邪魔にならないように編み込みにしている。 それぞれのスタイルで待ち合わせ場所に行くと、期待以上の男たちが待ち構えていた。 当然レイチェルたちは色めきあっている。 アンジェリークは男たちを見て、すぐにピンときた。三人の好みはバラバラだが、それぞれのストライクゾーンにぴったりとはまった男たちが、そこにはいたのだ。 アンジェリークは何だか嬉しくなってしまった。 だが、あんなに素敵な男性がいるのにアンジェリークには色褪せて見える。 アリオスがやって来た時に、その理由はすぐに判明した。アリオスが輝いて見えるのだ。アンジェリークには…。 「よし、そこのダイニングだ。しっかり食うから着いてこいよ!」 アリオスの掛け声で、みんないそいそとついて行く。後ろにいるエンジュたちは、第一印象で、すっかりときめいているようだった。 座る順番も、お互いに自主的に狙っている相手の前にしたので、結局アンジェリークはアリオスの前に腰を下ろした。 「おまえかよ。いつも見ている顔をまた見なければならねえのかよ」 アリオスがまた、いつものように意地悪な事を言うものだから、アンジェリークは拗ねるふりを最大限に見せる為に、アリオスの前からひとつずれて座った。 「あんだよ」 「私もしけた面を見たくないってこと!」 アンジェリークのかなりな拗ねぶりに、アリオスは余裕を持って受取りながら笑っていた。 レイチェルの好みであるロボットのような研究員はエルンストと言い、リモージュの好みはアンジェリークには馴染み深い司法修習生オスカー、エンジュの好みはレストランのオーナーシェフであるレオナードという男だった。 お互いにすぐに打ち解け意気統合したようで30分後には、メールアドレスを交換しあっていた。 アンジェリークは横目でお似合いだとしみじみ思いながら美しい桜鑑賞に心を奪われていた。 夕焼け色に染まる桜は、はにかんだ少女の色から、情熱を帯びた女へと変化する、夜の戸張が下り始めた頃には、ライトアップされ、艶のある年月を経た、成熟した女の美しさを醸し出している。 まるで女の一生だ。 まるで優れた小説を読みこむように、アンジェリークは芸術を鑑賞するように魅入っていた。 さりげなく皿が移動する音を聞いて、アンジェリークは緩やかに意識を普段使いに戻していく。 視線をテーブルの上に落とすと、美味しそうな料理が、他の人よリも多く並んでいた。 やってくれたのはひとつ開けて向こうに座っているアリオス。知らん顔して、酒を飲んでいる。 「アリオス、有り難う」 アンジェリークが素直な気持ちで礼を言うと、アリオスはクールにも笑ってくれた。 「それおまえが好きなやつばっかだろ?」 「ホントだ…。有り難う!」 ぱああっ頬を赤らめるなり機嫌が良くなると、誰よりも凄い勢いで食べ始める。 「どれも美味しくて、好みの味だよ! アリオス!」 「だろ?」 新鮮な野菜と魚を使ったカルパッチョも、鶏のから揚げ黒酢がけも、大根梅サラダも、蓮根まんじゅうも、わたりがにのトマトソースパスタや、海老とブロッコリーのオイスター炒めも…。アンジェリークの好きな味付けばかりだ。 しかも満開の桜まで愛でることが出来る席に座らせて貰っている。 どてもアンジェリークが大好きなもの…。 ふと気付いた。 全部アンジェリークの好みに合わせて、店が選ばれている。ここまでパーソナルなことを知っているのは、アリオスしかいない…。 アリオスが総てを包んで受け止めてくれていたから、アンジェリークはこんなに自然な自分でいられた。 アリオスがずっと特別な存在だったのに、気付かなかったのは、近過ぎたから。 好きなんだ、アリオスが。 どうしてずっと気付かなかったんだろう…。 そんな自分がとても重苦しく思える。なんと馬鹿だったんだろうか。 アンジェリークは気付いた衝撃で、箸を置く。 「…私ってなんてバカなんだろう…」 「あ? おまえがバカなのは、今に始まったことじゃねえだろ?」 アリオスは何をアホなことを言っているのかとばかりに、呆れ顔をしている。 突然、何時もの公園の桜を見たくなった。こんなバカにも良いアドバイスをくれると思うから。 幸い、ここからはとても近い。 突如、アンジェリークは立ち上がると、桜の木に向かってむやみに走り出す。 「おい!? ったくどうしちまったんだよ!?」 アリオスが製するのを聞かずに、アンジェリークはひとり走って行く。 アリオスが好きだ。 でもアリオスはどうだろうか? 今更だと思っているのだろうか。それとも、アンジェリークのことなど、妹ぐらいにしか思ってはいないのではないだろうか。 様々な考え事をしながら、息を乱して桜の木に辿り着く。 桜の木に抱き着くと、アンジェリークは問い掛ける。 「ねえ、どうやったらアリオスに振り向いて貰える?」 「もう振り向いてるぜ」 大好きな良く通るテノールが響き、アンジェリークは振り向く。 心臓が耳にうるさいぐらいに鳴っている。 時間が桜が齎した奇跡に彩られ始める。 「俺がずっとおまえばかり見ているのを好い加減に気付けよ?」 「アリオス…」 緩やかにアリオスが近付いてくる。まるで夜桜の精か、桜の王のように思える。 これぞ魔法の瞬間だった。 「アリオス、好きよ。私のことが好き?」 アンジェリークは率直にきき、アリオスをただただ見つめる。 「好きに決まってるだろ!? 今日はおまえと俺が主役のコンパなんだぜ?」 アリオスに力強くしっかりと抱きしめられる。アンジェリークはアリオスの精悍な香りを楽しみながら、幸せな深呼吸をした。 唇を重ねる。 背伸びはしても、精神的な背伸びはしない。いつもフラットに楽しく。 なんてファーストキスはロマンティックなのだろうかと思う。 キスをした後、アンジェリークは硬い蕾だったあの花を見つめた。 いつの間にか、何よりも美しい桜の花を咲かせている。 アンジェリークは、まるで自分のようだと深く思わずにはいられなかった。 ちなみに。アリオス主催のコンパは大成功を納め、カップル誕生率百パーセントとなった。 |
| コメント 少し短い短編シリーズを書いてみたかったので〜。 |