Close My Love


「アンジェ!!」
「アリオスくんアンジェが!」
「すぐに診察をします。場合によったら緊急手術になりますので」
 アリオスは適格に診断しているつもりだった。
 だが、心の中でどこか焦る自分がいる。
「腹膜炎を起こしている可能性があるので、今から手術します。すぐに済む手術ですから」
 診断結果を言いながらも、アリオスは自分を落ちつかそうと必死だった。
 アンジェリークの手術の準備はすぐに行われ、麻酔医によって麻酔が施された。
 いつもならこのレベルのオペはしないのだが、今回はアンジェリークゆえ特別だ。
 手術室に運ばれ準備が整ったアンジェリークを、アリオスはしっかりと見つめた後深呼吸をした。
「メス」
 手術の結果、幸いなことにも腹膜炎の一歩手前でほっとする。
 執刀している間、アンジェリークが小さな間からの思い出が蘇ってくる。
 そして。この間に見せつけられた、大人の女としての顔。
 アンジェリークの様々なシーンが思い浮かんでは消えていく。
 一生懸命後ろを追いかけてきた少女が、振り返れば大人の女となり、アリオスを激しく惹き付ける。

 もう判ってる・・・。
 いつまでも俺の後ろをちょろちょろと歩くガキじゃねえことぐらい。
 しっかりと手を繋いで共に歩くパートナーであることぐらい、もう判っている・・・。

 アリオスは、アンジェリークの傷が最小になるように配慮し、手早く手術を終えた。
 きっと麻酔が切れれば痛がるだろうが、その時もそばにいて支えてやりたい。

 たかが盲腸の手術なのに、甘やかせ過ぎてるな、俺・・・。
 アンジェリークが病室に運ばれていくのを見守っていると、母親がやってきた。
「アンジェは・・・」
「手術は成功です。懸念されていた腹膜炎も併発していませんから大丈夫です。退院もすぐに出来るでしょう」
「よかった。有り難う・・・」
 安堵の溜め息を吐くアンジェリークの母親を見るなり、アリオスは自分も安堵する。
 自分の手で少女を病から救ったが、いつもの術後よりもつい心配してしまった。
 手術着を脱いでシャワーを浴びて汗を流し切ると、私服に着替えてアンジェリークの病室に向かう。
「あ、アリオスくん」
「まだ麻酔は覚めないと思いますが、念のため」
「今は落ち着いて寝ていますよ」
 ベッドで眠るアンジェリークを覗きこみながら、あどけなさと女の部分を強く持っているアンジェリークをしっかりと見つめた。
「また、後で見にきます。少し仮眠を取りますが、何かあったら知らせてください」
「有り難う」
 今のところは安心できる状態だったので、一端は仮眠室に戻り、疲れを取ることにした。

 アンジェリークの麻酔が切れる時間を見計らって、病室を尋ねてみる。
 まだアンジェリークは眠っていたが、浅くなりつつあった。
 その証拠に鈍い痛みに顔をしかめ始めている。
「んん・・・っ!」
 麻酔からようやく覚めると、アンジェリークは母親よりもまずはアリオスを見つめた。
「アリオス、痛みを取ってくれたの?」
「ああ。心配するな、ただの盲腸だ。少し入院したら痛みと傷が癒える」
「うん・・・」
 手術のすぐ後のせいか、アンジェリークは僅かに返事をするだけで、いつものような生彩はない。
「まだ少しは痛むだろ?」
「さっきよりはまし。アリオスが痛みを取ってくれたんだもん」
「まだ傷の痛みはあるけどな」
 コクリと頷いて、ほっと一息吐く。
「手術してくれて有り難う・・・。アリオスが最後まで担当医なの?」
「ああ。不満かよ」
 眉を僅かに潜めてアリオスは少し不機嫌になった。
「違うの! アリオスが担当なのは嬉しいんだけれど・・・、その、あの・・・」
 耳まで真っ赤になりながらアンジェリークは俯いている。
 すぐに、アンジェリークが何を意味しているかすぐに判り、アリオスは意地悪な微笑みを向けた。
「ああガスか。ちゃーんと報告するんだぜ」
「もう、バカっ・・・!」
 ぷりぷりと真っ赤になって怒る。
 それが可愛くて、アリオスはクッと喉を鳴らして笑ってしまう。
「イタっ!」
 急におなかを抑えたアンジェリークを、アリオスはすぐに覗き込む。
「大丈夫か!?」
「大・・・丈夫。ちょっと油断しただけ・・・」
「無理すんな」
 栗色の髪にぱふりと大きな手が乗り、アンジェリークは少し切なくなる。
「ガスが出なきゃ、俺の手術は失敗だってことなんだからな」
「うん・・・」
「ちゃんと養生しろよ。まあそれぐらいで傷口は開かねえように、ちゃんと”祭り縫い”してやっているからな」
 頭を子供のように撫でられて、その温もりがアンジェリークは少し辛い。
「ゆっくり直せよ?」
 病室から出ていくアリオスを見つめながら、アンジェリークは泣きたくなった。

 私、子供じゃないのよ、アリオス・・・。

 この俺がこんなに焦っちまうことがあるんだからな・・・。

 病室を出て、アリオスは大きな溜め息を吐く。

 あいつに何かあったらどうしようかと、思った・・・。

 アリオスは大きく深呼吸をすると、自重気味に笑う。

 完全に、あいつにイカれちまったみたいだ・・・。

 アリオスは、美しい異性として成長した小さな少女に完敗だった。


 翌日はベッドでおとなしく小説やマンガを読んでいた。
 アリオスは休みと聞いていたので少しつまらない。
 不意にノックと共にドアが開き、そちらを見つめた。
「具合はどうだ?」
「アリオス!!」
 アリオスが私服を着て現れたので、アンジェリークはびっくりする。
「え、アリオス、今日おやすみじゃ・・・」
「ああ。じゃじゃ馬の様子見にきた」
 アリオスはベッドの前の椅子に腰掛けると、アンジェリークを覗き込む。
「どうだ具合は」
「結構ましよ。まだちょっと痛いけど」
「すぐ治る」
 ただそばにいてくれる。
 それが一番の特効薬だと思う。
「退院まで毎日診てやるからな」
「うん、有り難う」
 退屈な入院生活だが、アリオスがいるだけで楽しく感じられた。


 楽しく入院生活を過ごして一週間、とうとうガスが出て退院日が決まった。
「アンジェ、良かったな。俺も安心したぜ」
「・・・うん」
 真っ赤になりながら俯いて、恥ずかしさの余りアリオスをまともに見ることが出来ない。
「明後日、退院だ」
「うん・・・」
 ガスが出たのは嬉しいけれど、切なくも恥ずかしいどこか複雑な気分だった。

 退院の日、アンジェリークは母親と一緒にアリオスに挨拶に行ったが、休みでいなかった。
「また、お礼を言いに行きましょうね」
「うん」

 アリオスにちゃんとお礼を言わないとね・・・。

 病院の外に出ようとした時、長身の銀色の髪の青年が玄関先に薔薇の花束を持って現れた。
 眩しくて目をすがめても誰だか判る。
 アリオスだ。
 まっすぐと見つめられて、アンジェリークは見つめることしか出来ない。
「アンジェ、退院おめでとう」
 花束を渡されてそれを受け取ると、嬉しさの余りに花に埋もれて泣く。
「有り難う、アリオス。こちらこそ、有り難うじゃ足りないぐらいお世話になって…」
 アンジェリークは何とか涙を誤魔化すように、アリオスに笑いかけた。
「お礼しなくっちゃね」
「お礼ならもうあるぜ」
「-----え!?」
 息を呑んだ時は既に遅く、アリオスにしっかりと抱き上げられる。
「きゃあっ!」
「お礼はおまえ自身だ」
「アリオス…」
 腕の中にしっかりと抱き上げられて、アンジェリークは真っ赤になって俯いた。
「みんな見てる…」
「構うもんかよ」
 悪びれずに言うと、アリオスはアンジェリークを連れて駐車場に向かう。
「お母さん、アンジェをお借りますから」
「あ、はい」
 あまりにもの出来事にアンジェリークの母親もただ呆然と見送るだけだった。
「…アリオス」
 車の前で下ろされて、助手席に乗せられる。
「アンジェ、おまえが運ばれた時は心臓が止まりそうだった…。
 そこでようやく気づいた」
 アリオスはひくい声で囁くと、アンジェリークをしっかりと抱きしめる。
「------愛してる」
 甘く低い声で囁かれて、アンジェリークは感極まって泣いた。
 唇が重ねられ、幸せの熱が唇を通して流れ込んでくる。
「盲腸が幸せを運んでくれたみたいね…」
「そうだな。もう病気するなよ? 気が気じゃねえから…」
「うん」
 再び触れるようなキスを何度も重ね合う。
 アンジェリークはアリオスとの幸せに浸りながら、盲腸にほんの少し感謝していた------

コメント

定番のガスです(笑)
無事に終わりました




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