1
恋のきっかけなんて、どこに落ちているか解らない。ほんの些細なところで落ちていて、それを見逃しがちになる。 愛はどこにでもある。本当に自分の側にも。 「やっぱりオトナなカレシはいいよねェ! 煩わしくないし、五月蝿くなくて落ち着いているもの!」 既に年上の彼がいて、様々な事も経験済みのレイチェルが、うっとりと呟いた。全く掛け値なしで幸せそうた。 「オトナな恋ってやつ!?」 エンジュも何だか楽しそうにしており、くすくす笑っている。エンジュにもまた、かなり上の恋人がいる。ワイルドな雰囲気のある豪快な男だ。 そう。仲良しグループの中で、まっさら、男と付き合った経験がないのは、アンジェリークだけなのだ。 「アンジェもそろそろネンネは卒業しなくっちゃね! オトナな男性、紹介してあげよっか? 楽しいよ!」 いつも、彼がいないからだとか、発言がオコサマだと言われては、からかわれている。 何だかそれが今は切ない。 リアルでロマンティックな恋をしてしまいたいのに、なかなか相手がいない。相手はスマートな王子様と決めているから。 「アンジェもカレシが出来たら、もうちょっとオトナになると思うんだけれどね! それに今度、カレシとかパートナーと一緒に参加をするダンスパーティーがあるじゃない!? アンジェもそれにオトナな男性と参加したらどう?」 エンジュにまで言われたら、どうしても見栄をはりたくなる。 「もう、みんなしてばかにして! アンジェにも、ちゃあんとオトナなカレシがいるの! かっちょいいんだから!」 ついつい口から出た出まかせ。だが止められない。アンジェリークは勢い余って立ち上がると、友人たちを見つめた。瞳には拗ねた光を浮かべている。 「ねえ! マジ!? どうしてそれを黙っていたのよ!」 「今度の日曜日にデートをするもん!」 「逢いたいっ!」 レイチェルとエンジュがここぞとばかりに声を揃え、身を乗り出してくる。ふたりのノリの良さに、アンジェリークはついたじろいでしまった。 「だって…日曜日はふたりともデートでしょ!? ムリじゃないっ!」 嘘であることを見破られるのが恐くて、アンジェリークは焦ってあたふたとする。 「だったらトリプルデートをすればいいじゃないっ!」 エンジュが突拍子もないことを言うものだから、アンジェリークは更に焦りを募らせる。 「あ、私の彼は群れるのが嫌いだったりするから…」 必死に言っても、友人たちは聞いてはくれない。 「だったら、その時点で、アンジェたちは抜けて、個別デートをすればいいじゃない! 待ち合わせだけ一緒にね!」 レイチェルにここまで言われたら無理だ。撤回することは出来ない。 「…じゃあ…、待ち合わせする?」 「昼の12時に、駅前のアルフォンシア像の前でどうかな? ランチの時間だし」 テキパキとレイチェルは段取りを決めて楽しそうだ。たまらないのはアンジェリークだ。 今更、これが嘘だとは言えずに、ただ引き攣った笑顔を浮かべるだけだ。 「いいね、それ! じゃあ、仲良しグループ初のトリプルデートってことで決まりよね!」 エンジュもノリノリの様子で、本当に愉快そうに笑っている。 「じゃあ決まりよね!」 レイチェルとエンジュが手を握りあい、アンジェリークはそこに遠慮がちに手を置く。 「じゃあ約束!」 「うん!」 どこがどう間違ってこうなってしまったのか。アンジェリークは全快に素直な笑顔を浮かべながら、ふたりを見た。 見栄から大事な友達に嘘をついてしまった…。 アンジェリークは良心の呵責に胸を痛めながら、きゅうっとうさぎのように口をばってんにさせて、困り切っていた。 「…うー、どうしよ、どうしよ、どうしよ!」 何度言っても、事態の打開には繋がるはずもなく、アンジェリークは胃が痛い日々を過ごす。 こういう時に限って、時間は早く過ぎ去ってしまうのだ。 そして。運命の日曜日。時間より早く先ずはレイチェルの彼であるエルンストがやってきた。かっちりとした研究員である彼は、時間にもきちんとしている。挨拶までもが固かった。 続いて、約束の時間から5分遅れで、エンジュのカレシであるレオナードがやってきた。こちらは、相変わらず時間にはルーズっぽい。 「残すはアンジェのカレシのみよね、レオナードより遅刻するなんて凄いよね」 レイチェルの一言に、レオナードはムスッとしている。そんな表情を楽しむひまなどないほど、アンジェリークの余裕はなくなっていた。 嘘がばれてしまう! ふたりには大目玉を喰らってしまうことは間違いないだろう。 アルフォンシア像横の時計を見ると、既に約束時間から10分経過している。 もうこれ以上は嘘をつくことは出来ない。 謝罪の言葉が、喉まで出かかった時だった。 「すまねえ、遅れちまったな。アンジェ!」 「え…?」 アンジェリークはいったい何が起こったのか、一瞬では上手く理解出来なかった。 耳触りがとても良い声に、甘い響き。ふわりと背中を抱きしめられた時に、とても甘い薫りがした。 胸がドキドキする。どうしようもないぐらいにときめきを感じる。 アンジェリークはこの激しい鼓動を止めるにはどうしたらいいのか、考えることすら出来なかった。 「待たせたな。遅れちまった上に悪ぃが、俺はこいつと休日を満喫してえんでな。ここで失礼させてもらうぜ」 男はアンジェリークの肩を強く離さないかのように抱いてくる。 レイチェルとエンジュはと言えば、正直驚いているようで、口をあんぐりと開けていた。 アンジェリークは青年の顔を確認しようと、視線を向ける。 高い場所にあるその顔は、信じられないほど整っている。声のイメージにぴったりな顔で、冷たい容貌だ。 「あ、あの…」 アンジェリークは予期もせず現れた”白馬の騎士”に戸惑いを覚えてしまう。 「いいから黙っていろ。おまえも大事な友達に嘘がばれたくはねえだろ?」 青年の強引な物言いに、アンジェリークはすっかり気圧される。 何も言えない。 この青年が何者なのか。考える暇もなく、イキナリ唇を奪われてしまった。 「…!!!」 まるで映画や写真集のとっておきのワンショットのように、青年は歩きながら、アンジェリークにキスをしてくる。 誰か見ているのに…。 けれどもとてもロマンティックで。ずっと夢見ていたものだ。 うっすらと青年の姿が残像になる。プラチナブロンドは、伝説の円卓の騎士のようだ。 途中で、キスが夢見るほど素晴らしいものになってしまい、アンジェリークは青年の残像すら忘れさるほどになっていた。 周りの景色もじっとこちらを見ているひとも、今のアンジェリークには感覚に入らない。ただ、ロマンティックなキスしか感覚にない。 ようやく唇が離れて、アンジェリークはぼんやりとした夢の中のような視界が、はっきりとしてくるのを感じた。 ぼんやりと素敵に思っていた青年が、輪郭がはっきりしていくにつれて、本当に素敵な人物に見えた。 素敵だが、どこか見覚えがある。アンジェリークは、こんなに素敵なひとを見たら忘れないのに、ひっかかるのは何故だろうか。 「…あの、どこかでお会いしたことはありませんか?」 アンジェリークはぼんやりとしている意識と、胸をときめかせながら青年を不思議に見上げる。 不思議と言えば、なぜファーストキスを奪った青年を、怒れないでいるのだろうか。 「クッ! おまえ、あれだけ毎日のように顔を付き合わせているのに、俺のことを忘れたのかよ!?」 「え…」 毎日顔を合わせる? アンジェリークの頭の周りには、クエスチョンマークが多量に飛びまくっている。 じっくり顔を見ても、こんな素敵なひとが果たして自分の周りにいただろうかと、考えずにはいられない。 「おまえ昼休みに、ハートやサカキと一緒に話していて、強がり言ってただろうが。それを俺は偶然聞いていたんだよ」 「あ…」 そうなれば学校関係者だろうか。 アンジェリークはもう一度青年の顔を見る。 その瞬間、黒板と数式が思い浮かぶ。 そして、今はない眼鏡も。 「あーっ! アリオス先生っ!」 きまじめな数学教師アリオス。瓶底のような眼鏡がトレードマークだと言うのに、今はない。 「せんせっ! 眼鏡は!?」 「ああ。あれは伊達に決まってる。今時、あんな渦巻き眼鏡のやつがいるかよ!?」 アリオスはけっと笑いながら、アンジェリークを見据えている。 何時もはきまじめな数学おたくにしか見えないアリオスが、今やスーパーモデルよりも素晴らしい容姿を白日のもとさらしている。 「…友達に嘘をばらされたくなかったら、俺と付き合え」 アリオスは危険な魅力を全面に押し出しながら、アンジェリークに迫ってくる。 危険。だがとてつもなく魅力的に思える。 アンジェリークはアリオスを見つめながら、ただ胸の鼓動を高まらせていた。 |
| コメント 可愛いものを書きたかったんです。 |