前編
玄徳と結婚をしてから、三か月が過ぎようとしている。 相変わらず花の旦那様はかなり忙しそうにしている。 やはり民を預かるというのは、並大抵のことではないのだということを、花はつくづく感じていた。 少しでも愛する男性の助けをしてあげたい。 身も心も疲れ果てながらも、民や花をしっかりと守ってくれる大好きな男性。 特に花を全身全霊で守ってくれている。 言葉はなくてもその態度で分かる。 とても幸せなこと。 ここに来たからこそ、出会えたひと。 花は本に出会えたことを心から幸運だと思っていた。 戦災孤児たちが明るく元気に庭を駆け巡っている。 最近の花の仕事は、孤児たちの世話をすることだ。 一番楽しい仕事と言っても良い。 子供たちと漢字の勉強をするのも、とても楽しかった。 子供たちと遊んだり、無邪気に勉強をしたり。 花はこのような機会を与えてくれた愛する玄徳に感謝をしていた。 花が子供たちと遊んでいると、玄徳が姿を表した。 仕事の合間のほんの僅かな時間を作ってきてくれたのだろう。 花はそれには感謝をしていた。 「皆、しっかりと勉強しているか」 「あ! 玄徳様だ!」 「玄徳さまーっ!」 子供たちは本当に嬉しそうに、玄徳に向かって駆け出していく。 花も玄徳と逢えたのが嬉しくて、子供たちと同じように着いていった。 「ご褒美を持ってきたぞ! 胡麻団子だ」 玄徳が袋を見せると、子供たちは誰もが歓声を上げる。 「ちゃんと勉強をしていたヤツにやるからな」 「わあい! みんなでしっかりと勉強していたよー! 花様も一緒にねー」 誰もがニコニコと笑いながら、玄徳を見ている。 玄徳は本当に広い心を持っている。 その心の広さに、花は何度も救われてきたのだ。 これからもずっと救われていくだろう。 ここにいる子供たちも民も、玄徳を慕う者はみんな救われていたのだ。 子供たちを扱うこともとても上手くて、きっと良い父親になるだろうと思う。 良い父親。 花はそこまで考えて、ほんのりと恥ずかしくなる。 玄徳の子供。 生まれたらさぞかし嬉しいだろう。 花は玄徳によく似た、活発な男の子が欲しいとのんびりと考えてみる。 想像するだけで幸せでくすぐったい未来だ。 玄徳はかなり子育てにも積極的に協力をしてくれることだろう。 そう考えるだけで、花はニヤニヤと笑ってしまっていた。 「どうしたんだ、花? そんなにも胡麻団子が嬉しいか?」 玄徳は、まるで子供を見るような優しいまなざしを向けて来る。 「ご、胡麻団子は嬉しいんだけれど…、あ、あの、なんと言うかその…」 花は誤魔化そうとしても上手く出来ない。 まさかふたりの子供を想像していたなんて、恥ずかしくて言えなかった。 「まあ良い。花、お前の胡麻団子だ」 「有り難う」 玄徳に差し出されて、花は嬉しくてにんまりと笑いながら胡麻団子を受け取った。 「俺も食ってから行くかな」 「はい」 玄徳は花の隣に腰を下ろすと、胡麻団子をにっこりと笑いながら口に入れた、 花も隣で胡麻団子を食べる。 いつもとは違う味がする。 花は奇妙な気分を抱きながら、玄徳を見つめた。 「どうしたんだ、花?」 「いつもの胡麻団子とは味が違うような気がするんですが、気のせい…でしょうか…?」 花は小首を傾げながら言うと、玄徳は不思議そうに見つめた。 「いつもの味だぜ。おまえが好きないつもの胡麻団子だ。いつも通りに美味いが…」 「うん。いつもと同じで美味しいよ! 花様!!」 「うんいつも通りだよ!」 子供たちも口々に言うものだから、花は不思議に思った。 味覚が変わってしまったのだろうか。 もう一口食べてもやはり同じ味なのだ。 二口食べたところで、花は気分が悪くなってしまった。 何だか吐き気がしてしまう。 流石にこれはきつい。 「玄徳様、少し気分が悪いみたいです。体調が余り良くないから、味が変わったように思えたのかもしれません…」 玄徳を心配させないようにと、花は何とか笑顔を浮かべた。 「風邪かもしれないな…」 玄徳は心配そうに眉根を寄せると、花を覗き込むように見つめてきた。 「…顔色も余り良くはないな…。戻ろう、花」 玄徳は、子供たちの前でも構わないとばかりに、花を軽々と抱き上げる。 いきなりのこと過ぎて花は恥ずかしくなってしまう。 「おまえたち、胡麻団子を食べたら、しっかりと勉強しろよ。俺は花を送ってくるから」 「はい! 玄徳様!」 子供たちはにっこりと笑いながら頷いている。 夫とはいえ、子どもたちの前抱き上げられるのは、やはり恥ずかしくてしょうがなかった。 玄徳は花を抱き上げたまま、平然と歩いていく。 恥ずかしいが、少しだけ嬉しい。 「花、気分は大丈夫なのか? 無理をしているのではないのか?」 「大丈夫ですよ、玄徳さん…。恐らくは少し休めば治ると想いますし…」 花は、玄徳に申し訳ないと思いながら呟く。 「とにかく、今はおとなしく眠るんだ。今宵は早目に戻ってくるから。きちんと警護の者をつけておくから、安心していて構わない」 「…有り難う…」 玄徳は、ふたりの部屋まで花を運んでくれると、寝台に丁寧に寝かせてくれた。 「…有り難う…」 玄徳は心から心配そうにこちらをじっと見つめている。 「…本当は看病してやりたいんだが…」 「大丈夫ですよ。玄徳さんはしっかりとお仕事をされにいって下さいね。みんな、玄徳さんを頼りにしていますから…」 花は、玄徳を諭すように微笑みながら言う。 玄徳が苦しそうにしているからこそ、今は仕事を優先して欲しかった。 「…じゃあ…行って来る。…花…無理をするな」 「はい。有り難うございます」 花は落ち着いた声で言うと、玄徳を見送った。 その後は眠くなってしまい、花はゆっくりと休んだ。 「花、花…」 優しく名前を呼ばれて、花はゆっくりと目を開ける。 すると玄徳が心配そうに見つめているのが解った。 「花、気分はどうだ?」 「…大丈夫です。今は…」 「だったら何か食べるか?」 「果物があれば食べたいです…」 「解った」 玄徳は優しい声で言うと、花の頭を柔らかく撫でてくれた。 「待ってろ」 玄徳は部屋から出ていく。 ひとりになった花は、躰を僅かに起こした。 直ぐに玄徳が果物を持って部屋に戻ってきてくれる。 「どうぞ」 「有り難う」 きれいに剥かれた果物が入った皿が差し出される。 「美味しそう」 果物なら楽に食べられそうだ。 花が笑顔で果物を食べると、玄徳はホッとしたかのように笑ってくれた。 「花、大丈夫なのか?」 「大丈夫。果物を食べると口の中がさっぱりしてちょうど良いから」 「そうか…。な、躰の具合…本当に大丈夫なのか…?」 「大丈夫だよ、玄徳さん。心配しなくても平気」 「どのような症状があるんだ?」 「ぼーとして眠くて、少しだるいです。後は味覚がおかしいです」 「味覚がおかしい…。薬師にみせたほうが良いのではないだろうか?」 玄徳は心配する余りに、切なそうな顔をしている。 それを見ているとこちらも切なくなってしまう。 「大丈夫ですよ」 「しかし…」 不意に扉が叩かれる音がする。 「…玄徳様、薬師を連れて来たよ」 芙蓉姫の声が聞こえて、花は扉を見る。 すると薬師が立っていた。 「花、症状を説明するんだ」 「はい」 花が症状を説明すると、薬師はにっこりと笑った。 「それは懐妊されているのじゃないかな?」 「え!?」 花も玄徳も思わず驚いた。 |