*恋のゆくえ*

後編


 花が帰る。

 そんなことは赦されない。

 帰る時まで黙ってしっかり守ろうと思っていた。

 帰る時には笑顔で見送ろうと思っていたのに。

 そんなことは上手く出来そうにはなかった。

 玄徳は心が千切れそうになるのを感じながら、子供たちを見た。

 なるべく冷静でいなければならない。

 ただそれだけだ。

「…みんな、お姉ちゃんがそう言ったのか?」

「そうだよ」

「うん、お姉ちゃんがそう言っていたよ」

「…そうか」

 子供たちが口々に同じことを言うということは、間違いないのだろう。

 玄徳は苦しくてしょうがなかった。

「玄徳様、どうしたら、お姉ちゃんを帰らせないで済むのかなっ!」

「おねーちゃんを帰らせたくはないよっ」

 子供たちは口々に切ない心情を吐露している。

 勿論、玄徳も子供たちと同じだ。

「そうだな…。だが、花には帰るべき場所があるんだ。俺たちの手が届かない遠い場所が。だから引き止めるわけには…」

 玄徳は、まるで自分自身を言い聞かせるように言う。

 自分こそきちんと花を帰してあげなければならないのだ。

「嫌だよっ! おねーちゃんに帰って欲しくないよっ!」

「欲しくないっ!」

 子供たちはみんな泣きそうになっている。

「お姉ちゃん…、玄徳様が結婚してから、元気がなくなった…。玄徳様とお姉ちゃんが結婚したら、帰るなんて言わなくなったのに…」

 女の子のひとりが、鼻を啜りながら呟く。

 それが本当ならば、今直ぐにでも花を妻にするというのに。

 だが、それを花が受け入れてくれるかは解らない。

 花が生まれたところでは、男はひとりの妻しか持たないのだから。

 玄徳もずっとそのつもりだった。

 だが、花が望む平和を守るために、気持ちがない婚礼すら受け入れなければならなかった。

 それがもし花の気持ちを傷付けたのだとしたら、それは本意ではないことを、花に伝えたかった。

「…玄徳様、お姉ちゃんと結婚出来ないの?」

「…それは…」

 玄徳は言葉を濁す。

 もしそれが出来るのならば、玄徳は一生花を大切にする自信はあった。

 花だけを愛することを。

 だが、それが上手く出来ない。

「お姉ちゃんと玄徳様は結婚すると思っていたよ」

「だって、玄徳様は、お姉ちゃんが一番好きでしょう?」

 純粋に子供たちに言われて、玄徳は返答に困る。

 子供たちにバレてしまっているほどにあからさまだったのかと、思わず苦笑いをしてしまった。

「…そんなに分かりやすかったか」

「うん! お姉ちゃんもだよっ!」

 子供たちが素直にやいやい言いながら、かなり盛り上がっている。

 吉羅はその様子を見つめながら、もし、それが事実であるならば、花を妻にするのに。

 だが、玄徳にはそれが本当のことなのかどうかを、上手く理解することが出来なかった。

 花を帰せなくなるからとずっと会いに行かなくなっていた。

 それは切ない恋情からだ。

 しかし、花もまた、玄徳が結婚してからというもの、避けているような気がしてならなかった。

 だから好きでいてくれるはずなんてないと思う。

 だが、もし花が本当に好きでいてくれたとしたから、これほど幸せなことはないだろう。

「…玄徳様、花お姉ちゃんをお嫁さんにして? お願い。お姉ちゃんと玄徳様の結婚式に呼んで貰えたら、嬉しいよ」

 本当に子供たちに囲まれて花と結婚式を挙げられたら、本当に幸せだろう。

「…みんなが望むように出来たら良いけれどな。有り難うな」

 玄徳は、子供たちと同じ目線に下りると、頭を撫でてやった。

 そういえば花の頭を何度もこうして撫でてやったことを思い出す。

 あの頃は本当に妹のように思っていた。

 だが、今は違う。

 ひとりの掛け替えのない素晴らしい女性だと思っている。

 頭を撫で付けるが、とても好きだった。

 今でも、花の頭を撫でると、幸せが溢れてきた。

 花がいなければ本当の意味での幸せはあり得ないことは解っている。

 玄徳は、どうすれば花をこのままここに残せるのだろうかと、そればかりを考える。

「…玄徳様…。玄徳様にしか、お姉ちゃんを説得出来ないから、お姉ちゃんがここからいなくならないようにしてね! お姉ちゃん、何も言わないままでいなくなるような気がするから!」

「…そうだな」

 何も言わずにいなくなる。

 本当にその可能性はかなり高い。

 そう感じたからこそ芙蓉を監視役に付けたのだ。

 本当に恐れている。

 花がいなくなれば、恐らくはもう誰も心から愛することが出来なくなるだろうから。

「解った。俺も出来る限りのことをするから、お前たちも出来る限りで良いから、お姉ちゃんを引き止めてくれ」

「うんっ!」

 子供たちが玄徳に信頼を寄せるように見つめて、笑ってくれる。

 期待に応えられない可能性のほうが高いのは解っている。

 だが、自分が後悔しないためにも、最大限のことをやるべきではないかと、玄徳は考えていた。

 

 玄徳は、最近、会議にも顔を出さなくなった花が、直ぐに消えてしまうのではないかと気が気でなかった。

 相変わらず淡々と恩返しをするかのように、孔明の仕事を手伝っているのだという。

 ふと花がひとりで青空を見上げているのが見えた。

 最初はただの変わった可愛らしい女の子ぐらいにしか思っていなかった。

 子供だと思っていたのに、花はいつの間にか立派な女性になっていた。

 成長した。

 そして誰よりも美しくなった。

 同時に愁いが滲んでいる。

 玄徳はもっと花を見つめていたくて、ついじっくりと見つめた。

「玄徳様、随分とじっくりと花をご覧になられるんですね」

 芙蓉は少し厳しい口調で言うと、鋭いまなざしを玄徳に向けた。

「あの子をどうこうされる気がないのならば、そんなまなざしで見つめないであげて欲しいです。花が期待を持って、傷つく姿は、もう見たくはありませんから…」

「芙蓉…」

 芙蓉はチクチクと針で刺すような口調で続ける。

「…あの子を傷付けないようにして下さるなら、話は別です。このままだと花は本当に参ってしまいますから。…だけど本当は、玄徳様が参ってしまわれるのかもしれないですが」

 芙蓉は痛いところを突いてくる。

 流石はいつも花のそばにいるからだろうか。

「玄徳様、このような話はご存じですか? 人が本物の愛を失ってしまうと、抜け殻になってしまうことを…。あなたは花を失っても、抜け殻にはならないかもしれませんが…、もしそうなら…、私は部下の武人として、花の友達として、あなたにはそうなって欲しくはありません…」

 芙蓉は今にも泣きそうになりながらも、気丈に言った。

「芙蓉…」

 こんなにも皆に心配をかけている。

 誰もが花と玄徳が結ばれることを望んでくれている。

 これはとても嬉しい。

 玄徳は胸が痛むのを感じながら、何とかしなければならないことを感じる。

 既に尚香の偽者との茶番劇もそろそろ限界にきていた。

 それに決着をつければ、花は心を開けてくれるのだろうか。

 玄徳はそれを強く感じる。

 尚香の偽者に逢い妥協策を探らなければならない。

 あちらももう焦っているだろうから、尻尾を出すのは時間の問題だ。

 そして花を少しの間で構わないから、引き止めなければならない。

 そのふたつをしなければ、幸せへとは進むことが出来ない。

 玄徳は、皆の想いに支えられて、先ずは花を探しにゆく。

 廊下まで出たところで、花と偽者の姿を見つける。

 運命が大きくうねりを上げていた。




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