後編
公瑾に休暇を貰うことになった。 今までの激務で疲れていたから、それを癒すためのものだ。 休暇の間は、公瑾の邸で世話になることになった。 ここならばのんびりと出来るだろう。 元気になれば、また公瑾と一緒にいられるのだから、少しならば辛抱することが出来る。 それはとても有り難いと思った。 ひとりで庭を歩いたりしてのんびりとする。 リラックスすることは出来るが、物足りない。 公瑾と少しぐらいは一緒にいたいと思わずにはいられなかった。 それはわがままだと言われるだろう。 まだ一緒に仕事をしていたほうが良いように思えてならなかった。 「花様、少し滋養のあるものを召し上がって下さいね。用意しましたから」 「有り難う」 花は静かに言うと、滋養の良い食べ物を頂くことにした。 もう少し元気になったら、また、元通りに公瑾のそばで勉強をして、働こうと思う。 公瑾には、なるべく迷惑はかけたくはなかった。 公瑾の家であてがわれた部屋は、広くて、のんびりと出来る。 これは本当に有り難かった。 昼寝をしたりして、花はのんびりとした時間を過ごしていた。 花を強引に家に連れていった。 もうここでは生活はさせない。 色々な噂話が花の耳に入るのは、堪え難いことだった。 花にはもうなるべく仕事はさせない。 自分のそばにいさせるのだ。 ずっと。 公瑾は久し振りに仕事を早く終えて、自宅へと向かった。 花に早く逢いたかった。 花が何処にいるかを訊くと、庭にいると言われた。 公瑾が庭に向かうと、花が愁いを滲ませて佇んでいるのが見える。 とても綺麗だ。 だがその横顔は、悩みが隠しきれないようにも思えた。 「…花…」 その名前を呼ぶと、花がゆっくりと振り返る。 それがとても美しくて、公瑾はついうっとりと見つめた。 「おかえりなさい、公瑾さん」 「今日ものんびりとされましたか?」 「はい」 花はにっこりと微笑んでいる。 顔色も随分と良くなった。 それが公瑾には嬉しい。 「随分とお顔の色が良くなりましたね。良かったです」 「沢山お休みを頂きましたから、元気になりましたよ」 「それは良かった」 公瑾は花の頬を優しく撫でると、とても心地が良さそうに目を閉じた。 「これでまた公瑾さんの助手が出来そうです。頑張りますね」 花は嬉しそうに言うが、公瑾は複雑な気分だった。 「余り無理をなさらなくても良いんですよ。花、ここでいつまでもゆっくりとすれば良いんです。戦はもう当分は起きないでしょうから、あなたは気になさらなくても良いんですよ」 公瑾は優しく呟くと、花を抱き締めた。 花は柔らかくて、いつまでもこうしていたいと思わずにはいられない。 「…うちにいて下さい…、花…」 公瑾が語りかけると、花は切なそうな表情をする。 それが泣きそうで堪らなかった。 「…私は…もう、公瑾さんのお手伝いはしなくても良いということですか…?」 花は本当に泣きそうだ。 「…あなたにはうちにいて勉強をしたり、たまには私の助けをして貰ったり…。色々として頂きますよ。これからも…。だけど今のペースでいくと、あなたが本当に参ってしまいますから…」 公瑾は、小さな子供に言い聞かせるような優しい気分で言うと、柔らかく抱き締めた。 「…公瑾さん…。お気遣い有り難うございます。こうして気遣って頂けるのはとても嬉しいです。なるべく…、公瑾さんのお手伝いをしたいと思っていますから、それだけは解って下さい」 「ええ、解っていますよ」 「有り難うございます」 花は頷くと、にっこりと微笑んだ。 「花…」 公瑾は、花の笑顔に吸い寄せられるように唇を近付ける。 甘い甘いキスを交わした後で、公瑾は花の瞳を見た。 幸せそうに潤んだ瞳は、公瑾の心を甘く乱した。 「…花…」 公瑾は微笑みながら、花を見つめる。 幸せそうな表情が、公瑾は何よりも嬉しかった。 公瑾のそばで今はのんびりとしよう。 花はそう決めて、ゆっくりとすることにした。 邸の中はとても忙しそうで、バタバタとしている。 何か手伝えることはないかと花は思って、使用人に声を掛けた。 「あの、お手伝い出来ることはありますか?」 「花様! いいえ滅相もないですよ。部屋の改装をしていましてね。もうすぐ出来るんですが、公瑾様がお急ぎのようで。大丈夫ですよ、花様」 「うん。部屋の改装なら、私にお手伝い出来ることはないね」 花は頷くと、改装している部屋に向かった。 どんな風に改装しているのかを、見たかった。 少しだけで良いからと、花は覗きこむ。 するとシンプルだが心地好さそうな内装に変えられている。 「正妻殿のお部屋だからしっかりと作らなければならないね」 「そうだな」 職人たちの会話を聞いて、花は固まった。 正妻。 公瑾はやはり妻を正式に娶るのだろうか。 そうすると、花はここにはいられなくなる。 正妻と愛情を競うなんてことは、花には出来なかった。 「…やっぱり噂話本当…だったんだ…」 また泣きそうになる。 いや泣いていたのかもしれない。だが、花は誰にも知られたくはなくて、そっと忍び泣いた。 部屋に戻ると、一旦、城に戻らなければならないと思う。 ここにはいられないような気がした。 公瑾は、邸に戻るのが楽しみでしかたがないなか、帰宅した。 先ずは花に逢うのだ。 その後にふたりでゆっくりとするのが、定番になっていた。 邸に戻ると、公瑾の部屋の横にある正妻用に作った部屋の内装が終了したと聞いた。 中を見ると、とても愛らしい仕上がりになっている。 公瑾にはそれは嬉しかった。 直ぐに花の部屋に向かう。 「花、私です」 「どうぞお入り下さい」 いつもよりもかなり元気がない花を、公瑾は怪訝に思いながら、部屋の中に入った。 すると花はきちんと身なりを整えて待っていた。 嫌な予感がする。 公瑾は背中に嫌な汗が流れるのを感じた。 「…ここにはもういられません。公瑾さん、城に帰して頂いても良いですか?」 今直ぐ泣いてしまいそうな表情で言われて、公瑾は息を呑んだ。 こんなに苦しい表情は他にはないのではないかと思う。 「どうしてですか!?」 公瑾もまた胸が苦しくて堪らなくて、思わず花に詰め寄った。 「…だって…公瑾さんは…正妻さんを迎えられるのでしょう? だったら私はここにはいられません…」 花は公瑾を正視することなく、涙声で言う。 公瑾は溜め息を吐いた。 呆れたのではない。 花の勘違いにホッとしたのだ。 「…花、来なさい」 公瑾は花の腕を思い切り取る。 花は怯えたように震えていた。 そのまま公瑾の隣りの部屋に連れて行く。 「先ほど見ましたから良いです」 「黙っていて下さい」 公瑾はピシャリと言うと、花を部屋に入れた。 「おっしゃる通りにここは私の妻の部屋になります」 「やっぱり…」 花は俯いたまま切なそうに呟く。 「だけど、あなたの部屋にもなるのですよ。今日から」 「…え…?」 これには花は驚いたようで涙を滲ませた瞳を、公瑾に向けた。 「…だったら…」 「ええ。私はあなただけを正式に妻として迎えるつもりです。誰もいませんよ、他には…。何か不都合でもございますか?」 公瑾の言葉に、花は瞳にいっぱいの涙を溜めると、そのまま抱き着いてきた。 「…公瑾さんっ!」 公瑾はしっかりと花を抱き留める。 「今日からここの主になってくれますか?」 「…はい…!」 花がはにかみながら返事をしてくれる。 それが嬉しくて公瑾は微笑むと、そっと花に口づける。 甘いキスに、公瑾は、これからも花を大切にしてゆくと誓いを立てた。 |