中編
公瑾は慌てて、花が倒れ込むのを何とか受け止める。 「…花、しっかりして下さい! 花っ!」 何度か頬を軽く叩いたが、反応はない。 公瑾は、花をしっかりと抱き上げると、奥にある仮眠用の寝台に連れていった。 直ぐに寝台に寝かせて様子を見る。 花の顔色が全くない。 こんなにまで蒼白な花は見たことがなかった。 公瑾は、花が心配でしょうがなくて、その手をギュッと握り締めた。 「…花…、しっかりして下さい…。お願いします…」 公瑾が声を掛けても、花は全くといって良い程に反応がなかった。 花から目を離す訳にはいかないが、直ぐに医者を呼びに行かなければならない。 公瑾は、素早く医者を呼びに行くことにした。 ここならば医者がいる。 不幸中の幸いだと、公瑾は思わずにはいられなかった。 執務室を出て、直ぐに医者を呼びに行く。 「公瑾ーっ! どうしたのっー!」 タイミングが良いのか悪いのか、大喬と小喬に捕まってしまった。 「どうしたの? いつもの公瑾とは違うよー」 小喬が不思議そうに小首を傾げている。 大喬も同じようなしぐさをした。 「医者を呼びにゆく予定です。申し訳ないですが、お話をしている暇はありません」 いつもならば穏やかに接することが出来るのだが、今回だけはそういうわけにはいかない。 「花ちゃんでしょ!?」 急いで行こうとしたところで小喬が声を出す。 図星だ。 「私たちが呼んで来るから、公瑾は部屋に戻って! 花ちゃんのそばにいてあげてっ!」 公瑾が返事をする前に、賑やかな姉妹は飛び出して行ってしまう。 公瑾は溜め息を吐きながらも、内心は助かったと思わずにはいられなかった。 直ぐに執務室に戻ると、公瑾は花につく。 どうか。 花がこのまま消え去ることがありませんように。 そればかりを祈るだけだ。 花の小さな手を思い切りギュッと握り締めながら、公瑾は祈るような想いだった。 「…花…お願いです…。どうか…私の為に目覚めてくれませんか…? お願いします…。花…」 花がいなければ生きてはいけないのだ。 だからこそ、何処にも行って欲しくはない。 花に依存をしている。 花がいなければどうして生きていけば良いのかが、分からなかった。 「公瑾ーっ! お医者様を連れてきたよー!」 小喬の声に、公瑾は慌てて扉を開ける。 確かに医者を連れてきてくれた。 助かったとしか言い様がない。 「有り難うございます。恐れ入ります、先生、こちらです」 「分りました」 医者は直ぐに花を診察してくれる。 診察されている間も、花は身動きしなかった。 「…過労…ですな…。最近、眠れてはいないようですな…。今はゆっくりと休ませてあげることが必要ですな」 過労。 睡眠不足。 花が追い詰められているのが分る結果に、公瑾は唇を噛むしかなかった。 「今はゆっくりと休ませてあげて下さい。その間は、着いてあげて下され。あなたが気にされているのであればの」 「はい。有り難うございます」 医者は頷くと診察を終える。 「後はゆっくりとさせてあげて下さい。あなたも根を詰めて看病をするのではなく、大きく構えていて下さい」 「有り難うございました」 公瑾は医師を見送る。 すると医師は、大喬と小喬を見た。 「お嬢さん方、おふたりきりにしてあげて差し上げなさい。それが一番の薬だと思いますからな」 「えー! でも、そうかも」 「公瑾、花ちゃんをしっかりと看病してね」 「してね」 大喬小喬の姉妹はそれだけを言い残して、執務室から出た。 公瑾は再び花とふたりきりになり、看病をしっかりとする。 看病をすると言っても、花を見ているだけだ。 そして手をしっかりと握り締める。 「花…、早く、目覚めて下さい…。しっかりなさって下さい…。花…」 公瑾は何度となく花に語りかける。 かつて自身が重体の時に花にしてもらったことだ。 だからこそ自分自身も恩返しをしなければならない。 「…花…」 花が目覚めるというのであれば、いくらだって看病をする。それぐらい、花は大切な女性だった。 「花…」 花がこのまま目覚めなかったらどうなのだろうか。 公瑾は自分自身が生きる気力を失ってしまうだろうと思った。 「…公…瑾さん…」 公瑾の名前を切なげに呼ぶ。 「私は直ぐそばにいますよ、花…!」 公瑾は手をしっかりと握り締める。 すると花が握り返してきた。 「…ん…、公瑾さん…」 熱にうなされているように花は呟きながら、何度となく首を苦しげに動かした。 「花…、しっかりなさって下さい…。花…!」 このまま花が目覚めなかったら。 公瑾の脳裏にはそればかりが過ぎる。 祈るような気持ちで、公瑾は花の手をしっかりと握り締めた。 「…ん…」 花の瞼が苦しげに震えたかと思うと、ゆっくりと瞳が開かれた。 公瑾はホッとして、胸の奥が震えるのを覚える。 「…花…大丈夫てすか!?」 「…はい…。ちょっと、疲れているかもしれませんが…平気です」 花は心配そうに顔を覗き込む公瑾に配慮をしてか、僅かに微笑むだけだ。 「…大丈夫ですか…? 本当に?」 花は問い掛けにしっかりと頷くと、躰を柔らかく起こした。 それが嬉しくて、公瑾は思わず抱き締めた。 花の息が出来なくなるくらいにしっかりと抱き締める。 こうして抱き締めることが出来るのが、何よりも嬉しい。 花の華奢な躰をギュッと抱き締めながら、公瑾はやはり離せないと思った。 たとえ里帰りだといえども、玄徳の元には帰すことは出来ない。 花もまた公瑾に甘えるように躰の総てを預けてきた。 「…花…」 公瑾は花の抱擁を柔らかくすると、その瞳を見つめた。 「…少し…休みを取りますか?」 公瑾は花を真直ぐ見つめる。 すると花は首を横に振った。 「公瑾さんの為に早くお役に立ちたいんです。だから…早く…お仕事を覚えて…」 愛が感じられる花の健気な言葉に、公瑾は胸がグッとくる。 自分のために頑張ってくれた。 それが何よりも嬉しかった。 「…花…ペースを落としましょうか…。だが、あなたは少し休むことが必要です。…あなたが望むならば…玄徳殿のところに一時的に里帰りをしても…」 公瑾は最大限の譲歩を口にしたが、それでも胸が苦しくてしょうがなかった。 花は穏やかな表情のままで首を横に振った。 「公瑾さん、お休みをするなら、あなたのそばで休みたいです…。わがままでしょうか?」 花は恐る恐る訊いているようにも思えた。 花がそばにいてくれる。 それだけで公瑾は嬉しかった。 「勿論です。花…うちでゆっくりしながら、この世界のことをゆっくりと勉強してゆきましょう…。厳しくなってしまうのが、私の悪い癖ですが、あなたと一緒にしっかりと頑張って行こうと思っていますから…」 「はい…」 花はようやくホッとしたような表情をした。 これには公瑾もホッとする。 花をもう一度強く抱き締めると、甘さの含んだ声で呟く。 「…花…、あなたをずっとそばにおいておくつもりですから…」 公瑾の言葉に、花は優しく微笑んだ。 公瑾が本当に気遣ってくれている。 それはとても有り難いと、花は思う。 こうして抱き締められていると安心するし、甘い気持ちにもなる。 公瑾のそばにいたい。 離れたくはない。 そればかりが心の中にくるくると回り続ける。 そばにいて良いと言ってくれたことが、今の救いだと思った。
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