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「本当にあなたは何度言えば分かるんですか…。全く…」 公瑾のこめかみがひくついていて、かなり怒っているのが分かる。 綺麗な顔なだけあり、迫力は相当なものだ。 怒られるのも、冷たくされるのも慣れてはいるが、こう度重なると、流石に花も凹んでしまう。 元を辿れば自分が悪いのだが、それでも、せめてもう少しだけでも良いから優しく叱って欲しいと、花は思ってしまう。 「花、もう一度、この仕事をやり直して下さい」 「解りました」 花は失敗したのが切なくて、しゅんと小さくなる。 大好きな公瑾の為に、何か役立つことはないかと頑張ってはいるか、空回りばかりだ。 切なくて胸が痛くなる。 「花」 冷たい月のような声に呼び止められて、花は振り返る。 「二度はありませんから」 公瑾はキッパリと言い放つと、静かに立ち上がる。 呆れられたのだろうか。 そんなことを想うと、泣けて来る。 だが、なるべく泣かないように頑張った。 「私は今から軍の演習に向かいます。あなたはその仕事が終わったら、帰って頂いて結構ですから」 キッパリと言われて、花はしょんぼりとするしかなかった。 公瑾が行ってしまった後、花はひとりで仕事をする。 指摘された所を一つずつ確認をする。 間違いがないと解り、ホッとしたころにはかなりの時間が経過していた。 ふと扉が開く音が聞こえて振り返ると、公瑾がいる。 「…まだ、やっていたのですか…」 溜め息混じりの声は何処かうんざりとしている。 「終わりましたから、これで失礼します」 花は立ち上がると、公瑾をわざと見ずに執務室から出る。 「お待ちなさい、花わ私の確認が終わるまでは待って下さい」 公瑾は静かに言うと、花の仕事を素早く確認する。 一瞬、ビクリとしてしまうが、花はなるべく気にしないようにする。 「…まあ、良いでしょう…。及第点ということにしておきましょうか」 公瑾はわざと、しょうがないとばかりに花に言っているのだろう。 花はなるべく怯まないようにした。 「では、失礼します」 「ええ。ご苦労様でした」 公瑾の慇懃な挨拶を聞きながら、花は執務室を後にした。 扉を閉じるなり、花は深々と溜め息を吐く。 恋人同士で、お互いの気持ちはちゃんと解っているはずなのに、どうしてこんなにも距離感があるのだろうか。 花は切なさの余りに。また溜め息を吐いた。 何時になったら、普通の恋人同士のような時間を過ごすことが出来るのだろうか。 花は暗い気持ちになってしまった。 自室に戻る時、ふと噂話が耳に入った。 「周都督はお見合いをなさるそうだぞ」 「らしいな。聞く処によるとかなり身分の高い女性だとか」 「だったら周家は安泰ですなあ」 「全くですよ」 何気ない文官たちの会話に、花の心はざわつく。 公瑾と恋人同士ではあるが、結婚だとかそのような話は、全く出ていない。 だからだろうか。公瑾に見合い話があるのは。 確かに周家は名門で、良家の女性を妻にしなければならないのは解っている。 だが花は何もない。 あるとすれば、公瑾に愛されているという事実があるだけだ。 それも最近ではかなり怪しい。 公瑾の態度がどんどん冷たくなっているからだ。 流石にあのような冷たい態度を連続で取られてしまうと、花も凹んでしまう。 「あれ、花殿ではないですかな?」 目線より下からのんびりとした癒しの声が聞こえて、花はまなざしを綻ばせながら下に向けた。 「子敬さん!」 仲謀軍の優秀な軍師軍団のひとりである子敬が、癒しの笑みを浮かべながら、花を見つめていた。 「どうかされたのかの?」 子敬を見ているだけで、花の心はつい和む。 花は微笑みながら、子敬に訊いてみることにした。 子敬ならば、何か知っているのかもしれない。 「子敬さん、公瑾さんが良家の女性とお見合いをされるというのは、ホントでしょうか?」 花が切羽詰まったように子敬に訊くと、目をぱちくりと見開いた。 「確かにそれは聞いたことがありますが、花殿はどんと構えられて気にしなくても大丈夫ですぞ。ホホホホ」 いつものペースで子敬は話すと、和み系の円らな瞳を向ける。 「花殿は何も心配されなくても大丈夫ですよ。ただ、公瑾殿をお信じになれば大丈夫、大丈夫」 子敬に言われると、そんな気もしてくるのだが、やはり花も恋する乙女の端くれでもある。 不安になるというのは当然のことではあるのだ。 花が不安な気持ちを、つい素直に表情に出すと。子敬は更に優しい慈愛に溢れた笑みを浮かべる。 「不安になると何事も悪い方向でしか考えられなくなりますからの、なるべくでしたら、不安にならないように気分転換を図られたりするのがよろしいかと思いますぞ。ホホホホ」 「…子敬さん…」 「では私はこれで」 「はい、また」 子敬がまるでからくり人形のようにかわいらしくヒョコヒョコと歩くのを見送りながら、花は癒されるのを感じた。 公瑾が見合いをする。 恐らくは、見合いをしなければならないといったところなのだろう。 だが、花にとってそれが辛いことだということは、全く変わりはないのだ。 花は胸の奥がチクチクと痛むのを感じながら、自室へと戻ったわ 自室に戻ると、程なくして扉が叩かれた。 「花、公瑾ですが、お時間はよろしいでしょうか?」 「はい」 花が慌てて扉を開けると、そこには公瑾がいつものようにクールな美貌を輝かせて立っていた。 本当に冷たい表情がよく似合う、1ミリも隙のない美貌だ。 「お話があるのですが、よろしいでしょうか?」 「…どうぞ…」 「有り難うございます」 花は自室に公瑾を通しながらドキドキする。 お見合いのことを告げられるのだろうか。 それとも、そのひととお見合いだけではなく、結婚も前提としなければならないことを、告げられるのだろうか。 考えれば考える程暗い気持ちになってしまう。 子敬が言うように、気にしないなんてことは、今の花には到底、出来ないことでもあった。 「あなたにご協力頂きたいことがありましてね…」 「私にですか?」 意外な展開に、花は思わず公瑾を見た。 「…お見合いをさせられそうなのです…」 やはり噂は真実だったのかと改めて確認し、花の胸は痛くなった。 「…そ、ですか…」 まともに返事をすることも、公瑾をきちんと見ることも、今の花には出来ない。 花がうなだれているのに気付いたのか、公瑾は柔らかくさり気なく、花の小さな手を握り締めてきた。 「…その見合いを断る為に、あなたに協力して頂きたい」 「…え…?」 余りに意外な言葉で、花は驚いて公瑾を見た。 「あなたは私の恋人であるのは事実ですが、そのことをきちんと告げても、引き下がる相手ではありません。そこで、あなたがどれほど素晴らしい女性であるということを、きちんと相手にお教えしなければなりません。そうしなければ、納得出来ないと思われます。ですから花、あなたにはこれから完璧な女性になって頂くために、努力をして頂きたいのです。立ち居振る舞い、礼儀作法、女性としての嗜みなどを、しっかり身につけて頂きたいんです」 公瑾は淡々と話をする。 話を聞いているうちに、花はどんどん不安になった。 「花、あなたを紹介して、彼らに見合いを諦めるために協力をしてはくれませんか?」 公瑾の言葉に、花は頷くことしか出来なかった。 |